第十六話 転生陰陽師は子種を狙われる
「娘はいるし、俺にも参加権はあるな」と土御門さんまでも参加を表明する吞み会を否定などできず、妻たちは送り出すしかなかった。
当然のように取り残された女性たちよる不満大会が帰りの廊下やエレベーターで始まったのはもはや必然だった。
愚痴もある程度言い終わった頃、倉橋夫人が話題を変えた。
「そう言えば、吉田さんのところは『許嫁』は決めているのかしら?」
「いえ、まだ決めていません」
「第特別位階の男児が産まれたとあれば、御老人たちは浮足立つことでしょう。特に公家……陰陽道系の適合者は霊器や神器など、ただ用いるだけで効力の増す道具を武家の下法と毛嫌いしていますし……」
「……」
母は言い返すことはない。
「直毘人くんとの間に産まれた子は弱くても第三~四位階相当。魔力が低下傾向にある昨今では、まさに種馬として吉田の血が世界に羽ばたくことになります。
まるで世界に羽ばたいた種牡馬のように……」
「……つまりそうなりたくなければ自分たちに組みしろと?」
「旦那たちもそういう話をしていると思うわよ?」
ここで黙っていた和装の勘解由小路夫人も参戦する。
「土御門、倉橋、勘解由小路と陰陽三大宗家の有力者はそろっているじゃない。居ないのは幸徳井と、偽物の賀茂、それと……新興の鳥羽家だけよ」
「どうするつもりですか?」
「多分だけど吉田家への要求は土御門、倉橋、勘解由小路の三家から嫁を取り、吉田直毘人を家長にすることかしら? まあ幸徳井や鳥羽他の家からも介入はあると思うけど……」
「許嫁にしてくれればそこら辺の面倒ごとを三大宗家の皆さまが対応してくださると?」
勘解由小路夫人は他の三人に目配せをする。
「簡単に言えばそういうことよねぇ?」
「下手に分家や他家からむこを取るよりも男系に拘らず、よりよい血を求めることが当家にとってもメリットのあるお話です。
それに……」
「それに……?」
「何人もの著名な預言者や星読みが予言したのよ。
曰く『運命を背負った童あり。そして大いなる災いを払うであろう。ただし力ある同士と協力せねば成し遂げること叶わず。より大きな災いが日の本を襲うであろう』と……」
「そして土御門、倉橋、勘解由小路の娘は全員が高位の『生成り』同士、利害の一致というやつです」
「……今は折れるしかないようですね」
「悪い様にはしませんよ。差し当たって長期休みには四家合わせて子供を遊ばせ、仲を深めさせようではありませんか?」
「春は花見、夏は海と山で、冬はスキーと、子供も楽しめるレジャーは多いですから、男尊女卑の魔術師の妻として息抜きも必要でしょう」
これが俺たち三人が初めて出会った日の出来事だ。
………
……
…
バーカウンターで四人の男たちがグラス片手に談笑していた。
グラスが一度空になり雑談がひと段落付いたところで、家格が一番上の土御門が話を切り出した。
「本題に入ろう。土御門、倉橋、勘解由小路この暫定三家は直毘人くんとの婚約関係を結びたい、と言うのが偽らざるわれわれの本音だ」
それは予想通りの言葉だった。
「でしょうね……ですが、いいんですか? 吉田の術は……陰陽道の祖、吉備真備が廃止した典薬寮の色濃く受け継いだ家系。それも武家の家ですが……」
「千年以上昔の呪殺事件が原因とはいえ、陰陽道にも呪禁道の影響は残っている。血を受け入れることで差別に近しい見られ方も変わり、融和が進むのではないか? という打算があることは否定しない」
さすがは土御門、その行動には複数の意味があるようだ。
「事実、そこにいる土御門さんの式神は渡辺家の人間だ」
「渡辺? ああ、ホールで隠形していた……」
「土御門や倉橋では、分家や他家の人間を式……従者や秘書にする風習があるんだ」
「ウチにはないけど……」
遠縁の親族でもある勘解由小路は否定する。
「オホン。それに世界中の占星術師が近い将来に災厄が起こると予言している。無論、日本の星読みも……な。
不要な混乱を避けるため政府や『降魔十三家』は黙秘しているがな……」
『降魔十三家』とは世界に君臨する適合者の王家であり、世界の守護者でもある。
個人技こそ世界最強である『十五使徒』に劣るものの、一族一門の数や力で権威を維持している。
「それほど大ごと……あるいは何も分っていないと言ったところか……」
「その通り……」
「われわれは『十三家』と『使徒』による勢力図を塗り替える大戦になると考えている。」
大戦で『十三家』と『使徒』が被害を受けたところに付け込んでその立場を簒奪しようと言うことだろうか? ……吉田家にとっては主導権を握られていること以外、デメリットはないが……乗るか反るか。
黙り込んだ俺の思考を遮るように土御門はこう言った。
「勘違いしないでほしい。日本を守る優秀な血を求めているだけだ。吉田家の分家になることも吝かではない。安倍清明より続く家を吉田の名で上書きできる機会だとは思わないか?」
呪禁道の技を伝え改良してきた吉田家にとって、立場を簒奪した陰陽道の二大宗家は怨敵と言っていい。
もちろん筋違いであることは百も承知であるが、そうでもして敵を作らなければ千年もの長い間、平静を保てなかったというのは理解している。




