第十話 転生陰陽師は式を打つ
「おれがやる。アレはおれによってきてるから……いいよね?」
「……仕方ない。魔術師吉田直毘人の初戦だ、気張れよ?」
「うん」
「はぁ……まず初めに魔力はヘソで作るとされている。ヘソで作ったエネルギーを頭で命令し、胸で燃やし発動させる……この一連の動きを補助してくれるのが呪符だ」
俺はこれを知っている。
丹田は三種類存在するものの、この時代では一般的に丹田と言えば下丹田や正丹田を指す。
【上丹田】は神(生理・精神活動)を、【中丹田】は気(万物を構成する要素)を、【下丹田】は性(エネルギー源)をそれぞれ宿す。
道教を参考にした日本の魔術では、胸の中央にある中丹田で生まれた『氣』を燃料として、下丹田で『性』との『神』を呼吸を吹い込むことで魔力や霊力と呼ばれる霊的エネルギーに錬成し術のエネルギーとする。
「外国人にはチャクラ、忍術! って言うと喜ばれるし伝わりやすいんだど……」なんて苦笑いを浮かべた。
チャクラという言葉に聞き覚えがあった。唐に留学した僧侶の弟子の話によると、天竺(インド)や吐蕃(チベット)では『輪(チャクラ)』と呼ばれる道教の内丹術にそっくりな術があると聞いていたが、ここでつながるとは……家に帰ったら続きを調べなければ……
「胸に意識を向けろ!」
胸に意識を向ける。
胸で熱い何かがうごめくのを感じる。
「胸に熱い何かを感じたらそれをおなかに動かせ」
言われた通りに腹の中で動かす。
「拍動する心臓の動きに合わせてエネルギーを送って腹で燃やすイメージだ」
燃やす。
燃やす。
エネルギーを炉心である腹で吼え猛る炎のように圧縮し爆発させ燃やす。
ぼうっと音を立てて燃え盛る炎のようなものが腹で揺らめくのを感じる。
「できたようだな……次に呪詩……祝詞や真言と言った神様への祈りの言葉を唱える。今回は、『祓詞』と呼ばれる基本的な祝詞を唱える……続けていいなさい」
「わかった」
「「掛けまくも畏き伊邪那岐の大神筑紫の日向たの橘の小門の阿波岐原に禊ぎ祓へ給ひし時に生り坐せる祓戸の大神等諸諸の禍事罪穢有らむをば祓へ給ひ清め給へと白す事を聞こし食せと恐み恐みも白す」」
呪符……除霊符は開けた窓から飛び立つと、風の抵抗など物理法則から外れた挙動で飛行し禍津日に張り付くと、淡い光を放つ。まるでブラックホールに吸い込まれるように消滅する。
「よくやった。さすがは俺の息子だ」
「でも、弱かったんでしょ?」
「……六級下位と言ったところだな。だが、三歳で祓ったのは立派なことだ」
「えへへへへ」
褒められて悪い気はしない。
「だが、妖魔はもっと強い。神ならぬただ人の怨念など、たかが知れている。今日の成功を糧に修行に励むように」
「はーい」
まるで勉強をしろ!と言われているようで、反射的に嫌な気分になる。
「今のは『祓詞』と言って、祓戸大神と呼ばれる。四柱の神の権能・能力……力をお借りして、妖魔や禍津日を祓う祝詞だ」
「スーパー戦隊やアイドルみたいに、チームやユニットが神様にもあるのよ」
「式を打って置いた方が良さそうだな」
「そうですね。急急如律令」
母が呪文を唱えた瞬間、呪符がカラスに変化し、開けた窓から飛び立つ。
「カラスだ!」
「今のは式神と言って、私たち術者なら皆使える術なのよ」
「俺も使いたい!」
「直毘人にはまだ難しいわよ」
「ぜったいやるもん!」
ある程度の難易度があるものの、前世で使えたのだから今生で使えない道理はない。
「じゃあ、練習しましょうか……」
たわいない話をしながら車は走り、高速道路に乗る。
低級禍津日の襲撃があったにせよ、俺たち一家は無事、お台場にあるホテルに向けて車を走らせるのであった。
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父直樹は息子の才能に嫉妬を覚えた。
真言や祝詞は神仏への思いで効果が変わるとされている。
しかし、呪符と併用することで術の難易度が変わるとは言え、初めてで『祓詞』を成功させるのはまさに偉業と言える。
――神童、天才、麒麟児。
唐突にそんな言葉が直樹の脳裏を過った。
筆舌に尽くし難い才覚は十年? いや、数百、もしかしたら千年単位で一人の歴史を作る天才と言えるかもしれない。
思わずゴクリと喉が鳴る。
現在適合者と呼ばれる異能者は、稀に世紀の天才が生まれると歴史が示している。
例えば開祖である役小角や吉備真備。新風を吹き込んだ安倍晴明、蘆屋道満だ。
適合者は殉職率が高く、お世辞にも安全な仕事とは言えない。
おまけに血統によって魔力が遺伝するため、お役目から逃れることも難しい。
適合者協会と呼ばれる機関が禍津日や怨霊を評価し、依頼として仕事を割り振っているため、ここ百年ほど殉職率は下降しているが……不慮の事故は起こる。
事実、オレ自身何度か等級違いの妖魔と戦闘し、何十人もの仲間を見送ってきた。
天上に住まう神仏による呪い……すなわち天呪を授かれば僥倖とは言えるが、それは高望みというモノだろう。
恵まれた才能を持った我が子にみすみす死んでほしくないと言うのは当然の親心だ。
帰ったらしっかりと修行を付けてやらねば……直樹は強い決意をし、車の中で式神術を教えるのだった。




