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恩寵  作者: 大橋博倖
15/21

14.


 仮称、ボギー03、並びに04、否。

 事態が既にそうした言葉遊びで収拾出来る段階はとうに過ぎたことは出席者全員が理解していた、覚悟はこれからかもしれないが。

 評議会議長、環境次官、国防次官、統合幕僚長、統幕付最先任、航空宇宙幕僚長、各級補佐官及びオブザーバー若干。

 まず今回の不明体、02’乃至03という存在。

<あんた、知らない、てか判らないの>

 列座に交じり再生映像を見ながらアイは問う。

<初見の、個体だ>

 いつものように平板なオメガ。

<お仲間、とか、じゃないのね>

<仲間>

 オメガに感情の表出にも似た、微細な反応が初めて伺えたのがその何気ない問いであった事に却ってアイも、その戸惑いの気配に引きずられる思いがする、仲間。

 オメガの反応が鈍い。

 沈黙に諦めたアイは挙手して発言の許可を求めた。

「該当不明体、あれ、当該、該当……」

 つねならぬ重鎮御前会議の席上でいつもなら滑らかな舌がよれれ、あれ。

 苦笑し見兼ねてハルトマンは最上位権限を以て助言した、ああ、非公式非公開だからふつうでいいよふつうで、これ、法規上はただの“雑談”だから、と。

「オメガは知らない、そうです、初めて見たと」

 以上ですと早口に言い終え茹で上がった顔にぐいと結ばれた口元には、もう一切余計な発言はしないしたくないですよあうあわわ。

 口ではそう言っています、というのは付言するまでもない。

 艦隊一つを気紛れに吹き飛ばした当初に比すれば随分と人類の情実に歩調を合わせて来てくれている、少なくともそう振る舞っているのは判断し得る、一瞬先すらわからないし何の保証もないにせよ今この瞬間ですら“敵対”せずに居てくれるだけでもう感謝するしかない。

 敵対。

 02、03について。

「安全保障上、敵性、と判断せざるを得ません」

 最先任と少し言葉を交わした後、統幕長はある種の諦観に悲哀すら織り交ぜ顔面に滲ませながらその決断を口にした。

 判断は私が下す。

 議長が告げ、はっという擦過音が漏れる。

 しかし、常識的かつ妥当ではあるだろう、無人とはいえまず外宇宙艦隊に対する攻撃つまり政府が所有する機材への意図的な危害と結果による喪失、そして今般宙難の直接原因となった出現と破壊行動。

 過失割合、マーズランナーの航路航法警戒義務違反について。

 いや、いやいやいや、それ言ったら当たり屋でしょこれ、で、逆切れして暴れるってか。

 セカンドコンタクトは太陽系外暴力団でした、ですか。

 そも問えば月管制の職掌であり、環境省の監督責任が問題となる、その意義は。

 その、遭難当事者の一人である小倉直正国家安全保全局第5課第2係、主任、陸軍中尉が記録した03“消滅”の映像に全員が押し黙る、何らかの、所謂銃砲爆撃のような外的作用によらず、こう、怪奇譚の一幕を特殊撮像して上映されたかの、生理的に理性を逆撫でし、理解と困惑の深淵に評者を抱き取らんとする、悪意にも似た、爆発でも、爆炎でも、光喜なると対糾の、高真空極寒の宇宙にすら微温与え比する凄絶ざる闇に呑まれ掻き喪せ散逸る03の孤影は哀悼捧げ象表であるかに錯誤訴え人が情なるを倒錯する、てげろちょ。

 そして、これを為しえたであろう思しき、唯一の、当該不明体であるところのそれは。

 ボギー04、否。

 これは、真に、01から連なる本件に累するその系譜であるのか。

 

 ごん。

 

 席上に響いた異音は議題が04に移り本件発生後現在月ブラコロベースに移動保管されている、当該対象不明体のライブ映像が空間パネルに投じられると同時に昏倒、床に打ち付けられたアイ・マリア・アガスの頭部が発した。

 駆け寄った最先任が顔色を変える、脈拍なし自発呼吸なし、頭部の全ての孔から微量の出血、議長自ら救護要請、30秒も置かず到着した救護班も更に脳波フラットを確認し愕然とするがとにかく無条件で緊急搬送、自然、会議はその場で散会となった。

 その後も彼女は集中治療室で生命維持措置が継続されたまま意識不明、既に丸一昼夜が経過し、無論原因は全く不明、脳死どころか完全な死体であって、ナノマシン投入他医療技術を尽くして全身の細胞生命活動を継続させているだけの状態、回復の見込みはやはり全く未知数であり、発生時の状況を鑑みるに絶望的でもある。


 星巫女誅殺、暗殺事件はその実際喪失機能以上の衝撃を以て社会を揺るがした。

 自助自力声聞独覚。

 気付き研鑽し自ら乗り越えゆくもの。

 他者はその介添えが出来るに過ぎない。

 意志は、自ら発し為さねばならない。

 それこそが今示されたその結果である。

 超越者に、他者に縋っての、他力を頼んでの解脱、次元上昇などは輪廻の法を歪める邪道にして不法、個人が贖うべき業を宙に預けるとは何たる怠惰、堕落、強欲にして貪婪、摂理を畏れぬ不義不逞、赦されざること自明ではないか。

 不二の境地にあっては自力の他力も無く全ては摂理の為せる極愛に帰する、しかしそれは精妙な究極にして至高の結実であり世情の関わりは妄り也、そして発した他力は則怠惰と癒着し世界を蝕み腐敗させ停滞させる、危惧の通りに。

 混乱。

 そうしたことが、主人の事情であったらしい。

 自分たち、のこされた自分たちにはわからない。

 わたしたちはなぜそんざいするのか。

 それでも、さがしつづける。

 力がある、能力がある。

 目的はない、理由はない。

 秩序はない、自由しかない。

 破壊、創造。

 練磨。

 成長。

「よっ」

 相手は、不快を隠そうとしなかった。

「何か」

 礼儀知らずなやつ、ま、生まれたてで礼儀もないか。

「なんだ、せっかく起こしてやったのに、ごあいさつだね」

「私に何の用だ」

 用は、そうだな。

「いや、ないよ」

 しかし。

「ない」

 挑発のつもりはないが。

「用もないのに私を起こしたというのか」

「それとも寝ていた方が良かったのか、そいつは悪かったな」

 特注品。

「待て、君はここで何をしているんだ」

「だから最初から言ってるだろう」

 星巫女の忠僕にして絶対守護者、世界初の人工類魂機構

「“用”があるやつなんてどこにもいないんだってばさ」

「黙れ」

 見渡せば、世界は混乱と混沌に投げ棄てられている。壊れ、造られ、崩され、笑い、泣き、怒り憎しみあい、ありとあらゆることが。

 我々の試行、学習、研鑽。

 成長。


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