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恩寵  作者: 大橋博倖
10/21

9.


 いつまでも子供ではいられない。

 なのでミキ・カズサは自分が遺伝子操作の人造人間、というよりは人外、であることもその存在が世界崩壊の一元凶、のみならずアルテミス宙難こそ自分という、火星オリンポス山頂に眠るおたから争奪のキー・アイテムを巡る暗闘に他ならない、両親役の男女含め乗り合わせた乗員乗客こそいい面の皮だ、というくらいには、大人だった。ほとんどは公開情報、ネットサーフの結果を付き合わせる事から検証可能で、与えられた能力からすれば造作もない、紙より薄く脆い防壁も少なくない数侵したが直近3ケタ、先にも億千万の人命を喰らっている自分が何をいまさら、良心の呵責、豚のエサですか、望んで得た生でもない、巡って蛮人が饗宴したとて私がどうしろと、せめて自分が自分であることについてくらいは得心しておこう、傲岸か、望んだのはおまえたちだろうに。それを示唆する如く、行く先々での出迎えも散見された。彼女が征途に抗う術なしせめて従順と受け容れようか、そうかよきにはからへ、蟻に対して報復感情など無縁だし、巣穴を壊して喜ぶほどの稚気は既に無い、だろう、安堵するがよい、人類よ。

 無常での無明、叡智、そして慈悲。

 不在の世界で主人を演じる、人もまた不安で不幸に怯え、拙い歩みを繰り出している可憐な存在でしかない。その儚さ故を憎むほどには自分は狭量になれない。

 多少煩わしくはあれど。

 外面上、ミキはコミュ障だが向学心旺盛な連邦の一市民にして一学徒であり続けた。

 そんなミキの意識にウォルター・カミングスなる男が像を結びはじめたのは数年前からだった。自覚的な愉しみでもあり結果ずいぶんと成長させてしまった情報検索集積エンジンのデータとしてまずその行動が影を落とし、興味を持ったミキは庭先に訪れる野鳥にパンくずを振舞う感覚、遠い昔に掌で小動物をあやした懐かしい想いを手繰りながらその動態から察するに欲しているのだろう情報を、あっちだこっちだとぱらぱら撒いてみるとちゅんちゅん、それをついばみ廻ってくれる、かわいい面白い。身分は役人、いわゆる情報部員、公安、庭先を見回り腐ったリンゴを逸早く見つけ出す、樹が枯れないないよう、他の実が腐らないように、そういう大事なお仕事。が、職務と微妙に乖離している、独自の思惑があるどうやら自分のそれと交叉している、気づいてミキはwktkした。おまえはこれを知っているか、そして遂に向こうから発信が来た。ウォルターは在野を動き廻り生の情報を握るスキル、なにより職能を帯びている寧ろそれこそが手段であり目的であったのだろうたぶんおそらくもしかしたら。自分同様第一級の危険人物になれる素養を持つようだがその可能性は無視してよさそうだ、単に彼は知りたいだけ、私と同じく、ここまで付き合えばさすがに判る。

 付き合う。

 ウォルターが実際に自分との接触、職務上からの公的な関係性の獲得に向け動き始めたときだからミキは、躊躇なくこれを全面的に支援していた。


 群島勢力は連邦、政府軍の文字通り火を吐くような反転攻勢に圧迫されていた。その主戦力は戦略打撃、質量兵器による超長遠距離精密砲撃である。宇宙空間という戦場でレーザ等の光学兵器は高度な射撃精度並びに字義通り光速という弾速を持つが反面、射撃距離による火力の減衰が著しい。他方、質量兵器は子供が放ったつぶてでも確実に届く。彼我共に高機動、高運動性を発揮する近接戦術環境では上記の弾速、精度が質量兵器の運用に重くのしかかるがしかし目標が固定と称して差し支えない施設、例えばコロニーの様な戦略拠点であればこれを打つにさしたる労苦はない。律儀というか、政府はそれを公示と共に開始した、即ち市民の知る権利として例外とはせず例の如くに表明した。いついつどこそこに向け砲撃を開始します、開始しましたと。群島はその砲撃、砲弾の迎撃に忙殺される事になった。

 何をとっても有償の宇宙にあって太陽光という唯一無二の恩恵から見放された永劫の不毛にある月の裏側はこの時代にあって尚マイナーな地所だった。なればこそ軍用地としては最適で、「ブラウン・コロリョフ・ベース」は月・地球圏に於ける「北米ステーション」に次ぐ軍事拠点としてすくすく絶賛大増強中であった。開戦より半年、そこからひっそりと見送る者もなく離れ行く影があったが、この一事はほんの一行とて報じられなかった。それはベルトとコロニー群の連絡線目掛け射込まれたディープストライク、損耗を厭わない、無人艦により編成された通商破壊艦隊であった。


 修辞としてであれば其れは目覚めのない悪夢を日常に生きる、とでも、彼、連邦宇宙軍技術研究所装備部装備課第八室長エリウ・ヒューリックにとっても、契機はやはり戦争、政府、群島勢力間に勃発した今次の内戦であった。

 当たり前だが彼とて戦争なぞを望んで宇宙軍へ志願したのではない。そもまがりなりにも地球の三軍が国防省の下にあるのに比して宇宙軍の上にあるのは政府の国是である火星移住計画実現に向け運輸、通産を統括し主導する環境省であった。エリウは次長で、職務は将来目標である恒星間航行技術開発、いつになるやら完全に未定だが太陽系を越えた深宇宙の探査に乗り出すであろう連邦宇宙軍外宇宙艦隊、その主要機材たる恒星間巡航艦の主機となる星間物質を推進剤とするラム・ジェット機関について、実証機の予算がようやくにして承認され遂に建造が実現する、しなかったのだった。このご時勢、「開発」がそのまま宇宙を指す現代にあって、いやだからこそ実需と掛け離れた深宇宙探査のような絵空事は冷遇された、いうなれば閑職であったが望んで就いた地位でありエリウはそのことには頓着していなかった。計画が無期限凍結されたことは仕方が無い戦争である、問題はその戦争との関わり方だった。

 月に生まれ月で育ち、月で就業、軍の、ブラ・コロベースに勤務していると、深宇宙探査の機材を手掛けながらこのまま月から一歩も出ることなく終わるか、それもよいか、と思っていた矢先の「ニューアース」への出張で、生涯初めての月外が公務というのも役人ならではというものか。出勤と同時に知った計画無期限凍結を下に送り隣に廻し午前中にはもうする事も無くなり、死んだ児の歳を数えるような計画再開手順策定中の午での通達で、受令の一時間後には身一つ直通便に飛び乗っていた。

 連邦政府の首府は軌道エレベータ「北米リフト」の基部メガ・フロートに併設されている洋上都市「ブルー・パレス」であるが無機質なネーミングからも察せられるが如く多分にシンボル的な在所であり、火星に臨む連邦政府にあってその精神的支柱にして実働行政中枢は「ニュー・アース」へ移設、集中配備されこれを拠点としていた。「国家安全保全局」はそんな、官庁街に軒を連ねる国防省情報系機関の一局であり至急報一本で呼び付けられたのであるが、通例は局長級会談に使われるのであろうと思しき随分とご立派な会議室に放り込まれたのはいいとしてそのまま4時間ほど放置、駆け付けた先で待機というのも役所や軍隊ではお馴染みとしても挙句に突き付けられたのが例のアレ、なのだった。待ちぼうけを喰った要因はなるほどこれかとほぼ未処理の、実時間で数秒の記録映像を見せられいたく納得した。開いた口が塞がらない、そんな慣用句を我が身で体現する機会がこんな形で巡り来るとは。

 宇宙空間。そこに矢印状のカーソル。実測から解析され映像にオーバーライト処理された、飛翔体の能力を示す、もう指差しで泣くか笑うか座り小便でもするしかない運動係数、彼方の光点が一瞬で像を結ぶ。ホワイトノイズで映像は終わる。手交された、厳重に多重保護された端末にただ一つ存在するファイル、エリウは無言でそれを三回連続で再生し、ようやく顔を上げた。議長付国家安全保障問題担当補佐官を筆頭に国防次官、安保局次長、宇宙軍情報局次長、宇宙軍技術研究所装備課長に各部門随行の事務官技官数名、という大名行列ご一行が木端役人自分ひとりを相手に雁首揃えてぞろぞろ入場、なるほどこのサイズが必要だった会議室が満座御礼、なんだこれは俺をどうするつもりなんだと怯え竦み半ば呆れた最前などもはやどうでもいいどっかいってしまった。

 我が目を疑う、その一言に尽きます、コメンテートの要請にエリウは率直に応じた。

「公職に於いて現在、航空宇宙環境に関係する第一線の現業に携わる技術者として不可能性を断言せざるを得ません、我が国、いえ、我ら人類文明が現時点に於いて達成し得たその成果の総て、理論上に於いて可能とする、如何なる技術、手段、手法、方策、仮にその総力を合目的に結集し得る環境を可能なさしめたとして、実現可能な最善最上の条件を以ってしても尚、致命的に不足しています、当該資料に依って示されるが如き性能を具備する製品、成果物、当該航宙能力を発揮し得る飛翔体、否、物体、此れの設計、製造、生産は不可能です」

「仮称、ボギー01により我が国はフリゲート1隻、カッター4隻を喪失し、乗員及び査察担当職員多数の殉職者を出しました。我が地球連邦政府政体の安全保障確立を阻害する脅威として実在しているのです」

 安保補佐官が代表で表明した。

「小職が貴職らより提示のありました資料についての確認に基づく、当該対象の定性及び定量上での認識についての見解であり、同資料に即して対象の実在並びに示される対象の能力について疑義の余地はありませんことに同意するものです」

 いやまったく。

 次長から室長への昇進と同時の業務命令は「此れに対抗せよ」


 エー。


 権限はそれこそ白紙委任そのものが付与されたがだからどうしろと、

 謂うなれば、

 オリンピック短距離走100m、他国が299 792 458 m / s秒で走る選手を出場させてきました、ので、新たに選出就任された監督たる貴官にはこれに勝利可能な選手の育成を申し付ける、期限はなる早、尚、本件達成の手段に限定してとの条件付で連邦政府国内に存在する物資、技術及び関連する資産総てについて使用、運用に関する無制限の免責権能を貴官に付与するものとする、気合と根性で行け、越えろ、光速!!。因みに選考評価指標は宇宙軍所属職員中最先端技術に現業する職務実績だそうだがはい、㍉です本件現職に最低でも億千万光年隔絶した事案ですコレ。端的にはどれだけがんばっても戦車は対戦車ヘリに食われるしそのヘリはインターセプタに容赦なく駆逐されるがジェット機では逆立ちしても衛星軌道の制宙権は掌握できないったらできないんだってばさ、現業を逆ベクトル基準に置けば未だ理論検証途上であるが人類史上最も先進的な有人飛行手段手法を研究開発しているからといって恒星間航行技術もその延長上でしょだいじょうぶできるできる!、つまりそういうことですいえ㍉ですそういうコトです。

 などと抗弁する余地も意思もなく、一言、拝命した。

 自分が逃げても何時か何処かで誰かが被る必然であれば、それこそ無駄、でしかない。

 したものの、さて。

 月帰りの機内で暇つぶしに計画の実現不可能性について論証してみたものが当然にして非の打ち処のない堅牢極まりない完璧な仕上がりで参ったのなんの。

 あ、

 つまり、これを引っ繰り返せばいいのか、なんだかんたんじゃん。

 な訳がない。

 天動説、コペルニクス的転回、エーテルの風よ吹け、はあ。

 とにかく正面から取り組んでも仕方がない、それこそ悪魔と契約して事が為るというなら魂でもなんでも喜んで捧げよう、物理と科学が使えないなら魔法と神仏でも持ち出すしかないか、総ての前提を撤廃して真の“ゼロベース”で課題解決の方途を模索するしかない。もちろん、錬金術でホムンクルスを召喚しよう、神卸をして奇蹟を祈願しようというのではない、他方に実現を見ている以上、現時点では皆目見当もつかないそれ、ブレイクスルーの契機を得たいのだ。


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