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傲慢かつ勇猛  作者: 凡人
学園編
4/5

第四話

 あまり聞かない話ではあるが、当日に受験会場には行くが緊張して、試験を受けずに帰ってしまう者がいるらしい。何でも出願した際は俺ならいけるだろうと言う根拠のない自信を持っていたのだが、試験を受ける直前になるとその自信は打ち砕かれるのだという。


 試験を受けるくらいはしろよ、受験料もバカにならないんだぞ、と言いたくもあるが、今の俺はそいつに共感してしまっていた。


「なあ、アンネ。俺、今から帰ってもいいかな?」

「何言ってやがる。試験会場まで来て何もせずに帰るなんて馬鹿みてえじゃねえか。そんなこと言ってないでとっとと行くぞ」

「いや、ほら俺なんてウジ虫だしー。金魚の糞みたいな存在だしー」


 アンネは俺のケツを蹴り飛ばすと、無言で歩いて行ってしまった。


 本音を言うとめんどくさいからこのまま帰ってしまいたい。でも、そんな薄情なこと最初からできるわけもなく。

 俺を送り出してくれた両親のためにも、俺といるのを楽しいと言ってくれたアンネのためにも全力で取り組まないといけないのは明白だった。


「冗談だよ。先に行くなって」


 アンネは立ち止まると俺の顔をきれいな黒目でのぞき込んだ。

「私はダニエルなら合格すると思ってる。なあ、ダニエル。私は嘘をついたことあるか?」


 時間をかければ何かは思い出せるのだろうが、アンネが言いたいのはそういうことではないだろう。俺は彼女の瞳に焦点を合わせ、力なく笑った。

「ないな」

「わかったならよし。時間が無いんだからとっとといくぞ」


 先ほどまで鉛のように重かった足が綿毛のように軽く感じる。相変わらず俺の反応を伺うアンネに苦笑してしまった。どうやらずいぶんと心配をかけてしまったらしい。このままではまずいな。そう思った俺は全力で破顔した。


 いきなり態度の変わった俺を見て、表情に戸惑いの色を浮かべるアンネを見て虚勢を張って答える。

「ああ!とっとと試験に合格してかわいい子につばをつけてやるか!」

「お前、そんなキャラじゃないだろう」

 俺はジト目でにらみつけてきたアンネを無視して歩みを進めた。


◆ ◆ ◆


「じゃあ、頑張れよ」

「ああ、ダニエルもな」

 そんなやりとりを済ませて俺たちは各々の試験室に向かっていった。俺は試験室の扉の前に立つと一度深呼吸した。それから中をゆっくりとのぞき込み、そろりそろりと忍び足で自分の席に着いた。すでに俺以外の受験者は席に着いていた。試験会場特有の雰囲気だった。6人いるのに誰一人しゃべっていない。


 アンネのことを全く気にかけていないわけではないが、それほど心配はしていない。彼女は昔から何でもそつなくこなしていた。俺が受かって彼女だけが落ちるなんてあり得ないのだ。だからまずは自分のことを考えなければならない。


 しかし、俺の頭の中はアンネでいっぱいだった。

 学園に興味があったのは事実だ。そして、実際に試験を受けに来てみて俺の直感は間違っていなかったと悟った。外から見た学園はただの山のようにしか見えなかった。しかし、一旦中に入ってみるとその評価が間違っていることに気づいた。学園内部は俺が今まで見たことがないものであふれていた。自分がそれほど都会に住んでいるとは思っていなかった。だが、これほどまでに栄えている場所があるなんて思ってもみなかった。首が痛くなるほど上を向かなければ頂上を見ることができない建物。まだ20歳にも見えない若者たちがせっせと働く大通り。すべてが架空の物のように見えた。


 それでも一番大きいのは彼女と離れたくないという自分勝手な女々しい理由だ。一番楽だったのはアンネをどうにか説得して地元に縛り付けることだ。しかし、俺はそれを選択することができなかった。彼女は非常に賢い。もし、学園に入れなかったとしても別の方法で外の世界に出て行ってしまうかもしれない。だったらまだ一緒に学園に入った方がましなまである。


 キーンコーンカーンコーン。

 聞き覚えのあるチャイムが流れると3人の試験官が俺たち受験者の正面にやってきた。


「みなさん、こんにちは。私学園教員のゴードンと申します。そして横におります二人が、ストラウスとアンジェ。二人とも私と同じ学園の教員でございます。短い間ですがよろしくお願いします」


 俺が「よろしくお願いします」というと他の受験者もここぞと言わんばかりに挨拶をした。その様子を満足げな表情をして見ていたゴードンが切り出した。


「これは皆さんを選別するための作業でもありますが、もう一つ重要な役割を持っています。それは皆さんに経験を積ませることです。もし、この試験で落ちたとしても皆さんの人生はまだまだ続きます。ここで失敗した経験を生かして人間として成長することができるのです。皆さんもわかっているでしょうが、学園は大規模な機関ですが世界の一部にすぎません。あなたたちの人生には他にもたくさんの道があるのであまり肩に力を入れすぎないようにしましょう。それでは試験内容を説明していきます」


 それからゴードンの説明は続いた。要約すると、試験では二人ペアを3組作り、それぞれ一人の試験官が担当する。試験官は俺たちにそれぞれ3つの質問をしてくるので、まずそれに答える。最後に、ペアになった人物に対して質問を一つ考えて、互いの質問を答え合う姿を見て試験官が採点するらしい。


 思っていた形式とは少し違うがたいした差は無いだろう。俺は詐欺師のようなニコニコとした笑みを貼り付け、試験に挑んだ。


◆ ◆ ◆


 試験室を出た俺は、今までに無いほどすがすがしい気分だった。今の俺ならば、両親が玄関で房事しているのを目撃してもなんとも思わないだろう。いや、やっぱ思うところはあるわ!


 誰もが俺を見てこいつ手応えあったんだな。と思うような表情を浮かべている自覚はある。だが、正直なところ、俺はこの面接試験で落ちている気がする。それでもこんなに開放的な気分でいるのは、あんな重苦しくって座ってるだけでゲロ吐きそうになるような面接が終わったからだろう。


 聞いた話によると結果発表は今日の18時らしい。まだ午前中なのでどこかで暇つぶしをしていれば良いだろう。まずはアンネと合流しなければならない。行きの道中待ち合わせ場所に選んだ噴水のところへ行くとアンネを発見した。


「アンネお疲れ」

「ああ、ダニエルも終わったのか。お疲れ」

「いろいろ聞きたいこともあるけど、まず食堂に行こうぜ。ちょっと早いかもしれないけど昼時はすげえ混むだろうし、早めに行くに越したことはないだろ」

「そうするかー」


 アンネは俺の提案に賛成すると歩き始めた。自信の無い者の後ろ姿ではない。確かな足取りで進んでいく。学園には基本大通りしかなく、覚えやすい構造にはなっているがかなり広い。俺がすべてを覚えきるには一ヶ月はかかるだろう。


「アンネは凄いな。地図を見なくてももう食堂がどこにあるか知ってるんだな」


 俺は小走りでアンネに追いつき、そう言った。すると彼女は足を止めた。どうしたのかと彼女の顔をのぞき込むと、こちらを見向きもせず正面を眺めている。


「ダニエル、ごめん。私、なんも考えてなかった」


 そういった彼女の表情には何の感情も浮かんでなかった。正直言って驚いた。アンネは比較的静かな性格をしているが、こんな状態になっているのは見たことがない。俺は少し考えてからこう言った。

「やっぱ食堂じゃなくって二人になれるところにいこうか」


 



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