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傲慢かつ勇猛  作者: 凡人
学園編
3/5

第三話

 放課後、俺は珍しく学校に残っていた。

 教室には俺とアンネ以外誰もいないものの、児童たちの騒ぐ声がする。窓をのぞき込むと複数人が外で遊んでいるのが見えた。少し混ざりたいという気持ちがあったものの、アンネとの会話の方が今の自分にとって魅力的だということを知り、少し驚く。


「なー、ダニエル。お前さー、学園の入学試験で何をやるか知ってんの?」

「ああ、父さんから聞いたよ。何でも面接ですべてが決まるんだろ?」

「何だ、知ってたのか。てっきり私が学園に行くのがさみしくて思いつきで決めたんだと思ってたわ」

 その通りだ、なんて言えるわけがない。言えたらどんなに幸せだろうか。あいにく俺はそんな度胸を持ち合わせていない。


「そ、そんなわけないだろ」

「まあそうだよな。少し、いや、かなり自意識過剰だな。でも私はうれしかったんだよ。お前が学園の入学試験を受けるって聞いて。なんだなんだ私はお前といるのが結構楽しいんだ」


 そういったアンネの顔は今までに無く美しく見えた。外から差し込む太陽の光が彼女を照らし、さらに彼女の魅力を引き出したように見える。その姿に見とれて声を出すこともできなかった。

 俺の心臓は口から出てしまうのではないかと言うほどに高鳴り、このとき初めて自分の恋心に気づいた。


 アンネは俺が何か言うのを期待していたんだろう。俺の方をチラチラ見てくる。

「おい、なんかいえよ。恥ずかしいだろうが」

「ごめん。見惚れてた」

 ここで自分の失態に気づいた。こんなの告白してるようなものじゃないか。

 頬が熱を持ち出す。

 体が熱い。

 彼女の顔をまともに見ることができない。

 でも彼女の顔を見てみたいという誘惑に耐えられず、戦々恐々と顔をあげた。


 アンネと一瞬目が合ったような気がしたが、彼女はすぐに顔を背けてしまったので彼女の反応を確認仕切れなかった。

(あれ?頬が赤い?)

 違和感を覚えた。だが、自分にとって都合の良くなるように情報を改竄しているのかもしれない。


「チッ。しまらねーな。まあ、この話は置いておこう。元々入学試験について話し合うために残ったんだ。でだ。お前はもう出願したのか?」

「いや、まだだけど?」

「なら今日出願しに行くぞ。出願書類に必要な情報はそんなないっていうし、それに学園は入学料も授業料も完全免除だから金もいらないしな」

「え!?今から?明日じゃダメか?ちょうど休みの日だし」


 俺は内心ドッキドキのバックバクだった。今日即決で試験を受けることに決めたのだ。さすがに両親に相談せずに事を進めるのははばかられた。


「ばーか。休みの日じゃ混んじまうじゃないか。少しでも遅れたら出願書類ももらえなくなっちまうかもしれないだろ?ってことでとっとと出発するぞ!」

 アンネは俺の手を取るとぐいぐいと歩みを進めていく。

「まじかよーー!」

 学校中に俺の悲鳴がこだました。


◆ ◆ ◆


「よしっ!なんとか出願できたな」

「ああ、……ほんとギリギリだったけどな」

 俺たちが学園に着いた頃、残り5分の張り紙がかかっていた。結果を顧みるとアンネが手をひっぱってでも進んでくれて良かったのかもしれない。


 ただ、一つだけ頭の痛い事情が生じた。互いに言うべきタイミングを逃したのだろう。学校を出てからアンネと手をつないだままだったのである。向かっている道中は良かったのだが、受付のお姉さんに生暖かい物でも見るような目を向けられたときにはあまりの恥ずかしさに穴があったら入りたくなった。わざわざ蒸し返すようなことでもないので口には出さないが。


「なあ、アンネ。入学者の枠5つしかないってかなりやばくないか?」

「そんなこと最初からわかってたことだろ。学園は狭き門なんだ。だから最初はダニエルに話さなくてもいいかなー。とも思っていたんだ」

「それを言われるとそうなんだがなー」


 俺たちが現在いるのはアンネの家の前である。彼女の家族は結構癖が強い。一度あったらもう二度と忘れないだろうと思ったほどだ。だからなんだろうな。アンネがこんなに優秀なのは。


「まあ、私とダニエルなら大丈夫だろ。きっと受かるさ」

「おいおい、その傲慢さはどこから来るんだよ。俺たちは井の中のかわずかもしれないんだぜ?」

「そんときは不合格だったときに落ち込めばいいさ。落とされる前から失敗することを考えるなんて二流もいいとこだ」


 他の人間が言うと何言ってんだ。と思うような言葉でも彼女が言うと正しいようにしか思えなくなる。これは彼女の生まれ持った才能なのだろう。


「じゃあ今日はありがとな。学園の入学試験は明後日の午前中って言ってたから、また明後日に会場で会おう。じゃあねー」

 アンネはそう言うと俺に背を向け家に入っていった。


◆ ◆ ◆


 俺にはまだしなければならないことがある。それを考えると気分が暗くならざるを得ない。父さんと母さんは俺が学園に行きたいなんて言ったらなんて言うか。かなり不安である。


 家に着く頃にはあたりは暗闇で満ちていた。まるで俺の気持ちを代弁しているようである。さすがに考えすぎであろうか。


「ただいまー」

「「おかえりー」」


 昨日とは違い家の中から返事が返ってきた。二人の仕事はもう終わっていたらしい。そりゃ当たり前か。もうこんなに真っ暗だしな。


「ダニエルー。もう食事はできてるわよー。荷物を部屋に置いてきたら晩ご飯食べましょ」

「ああ、久しぶりにこんな遅くまで帰ってこなかったんだ。土産話でも聞かせてくれ」

 よく見ると母さんは父さんの膝の上で座っていた。どうせ二人でイチャイチャしていたのだろう。いい年こいてよくやるよ。そう思ったが口には出さなかった。言っても無駄だからだ。


「わかった。俺もそのことについて父さんと母さんに話しておかなければいけないと思っていたんだ。すぐ戻るよ」

 俺は機敏な動きで階段を上ると、自室に鞄を放り投げ、急いで階段を降りる。それから水道に向かい、手洗いうがいを入念にしてから父さんと母さんがいるところに向かった。


 父さんと母さんは向かい合うようにして座っている。俺はいつものように彼らの間の席に腰を下ろした。


「よし!そろったな。じゃあいただきまーす」

 そう言うと父さんは今日のメインディッシュである牛肉のステーキにかぶりつく。酪農を営んでいるのに嬉々として牛肉にかぶりつく父親を見るのはなんだか違和感が凄い。とはいえ仕方ないことでもある。酪農の仕事の大半は力仕事であり、休みの日が一日もない。そのため力を蓄えるために多くのエネルギーを摂取する必要があるのだ。


「うめーな。やっぱキイスの料理は最高だよ」

「もー。あなたはお世辞が上手なんだから。ありがと」


 息子がいるのにイチャイチャする両親に思うところもあるが、悪い気はしない。この家の雰囲気の良さは周りに自慢しても良いぐらいだ。


「そーだ、ダニエル。今日は何をしてたんだ?」


 そう。俺はこの言葉が来るのを待っていたのだ。俺がお願いする立場なのだからこちらから話題を振るべきなのだろうが、なんと切り出せば良いかわからなかった。


「ああー、えっとね。そのー」

 そこまで言って俺は自分の経験の無さに驚愕した。なんだかんだ一度話し始めてしまえばどうにか事情を説明できると思っていたからだ。そういえば人に対してお願いをすることなんて俺が覚えている限り一度も無い。それでもなんとか言葉を紡いでいった。


「いや、一旦やめよう。それを説明する前に、謝らなければいけないこと、違うな。お願いが一つあるんだ。どうか学園の入学試験を受けさせて欲しい。そしてもし受かったら学園に編入させて欲しいんだ。昨日、父さんの話を聞いて学園に興味がわいたんだ。こんなやりたいことがない俺でも学園に入学することができれば、夢を見つけることができるかもって。それだけじゃないな。学校の友達も学園に行きたいって行っているんだ。あいつも行くんなら安心だなって思ってさ。いろいろ文脈がぐちゃぐちゃだな。でも、どうかお願いします」


 俺はそう言って頭を下げた。

 なんて言葉が返ってくるだろうか予想ができない。こんなことは普段しないからだ。


 それから父さんを見ると薄く笑っていた。肩の荷が下りたかのように。

 母さんの方を見ると静かに笑っていた。少しさみしそうな顔をして。


 父さんと母さんは互いに見つめあうと苦笑した。

「私たちはダニエルが決めたことなら否定はしないわ」

「ああ、ダニエルは断られるかもって思ったかもしれないけどな。それより、俺たちはうれしいんだ。今まで自分の意見を持たずに流されて生きてきたダニエルがやってみたいことを決めたんだ。応援こそするが否定なんてしないさ。まあ、学園に入れるかどうかは知らないけどな」


 目頭が熱いと思った時にはすでに遅かった。涙を我慢するまでもない。最初から涙のダムが決壊していたのだ。一滴、また一滴としずくが頬を伝う。


「ありがとう。とうさん、かあさん。頑張ってみるよ」

 そう言って食った飯はかなりしょっぱかった。


 


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