第一話
学校が終わり、ダニエルはいつも通り一人で帰路につく。いつもそうだ。他のクラスメイトたちと一緒に遊びたいと思ってはいるものの、彼の家は他の子供たちよりも離れている。一緒に遊んだとしても帰りが遅くならないようにするため、一人だけ早く切り上げることとなる。ならば遊ぶ約束などしなければいい。そう考えていたのだ。
だが時になんともいえぬ危機感を覚えることがある。このまま誰とも遊ばないでいると、将来誰かと遊びに行きたいと考えたとしても、誘い方がわからなくなってしまうのではないか、と。
そんなときは、さらに不安がわき上がってくるものだ。将来何をして稼ごうか、というか俺にできることなんて存在するのか?自分一人ですら養えるようになるのかもわからない。これらは学校で出てくる単純な一つの答えがあるような問題ではない。いつも考えなければならないと試みてはみるものの、機械が突然ショートしたかのように何の考えも浮かばなくなってしまう。
ぼー、とした頭に浮き上がるのは周囲の人の自分に対する評価だ。それだけが脳内をぐるぐるぐるぐる駆け回る。
学校の教師は書類を見ながらこう言う。
「ダニエル、君は授業態度が良く、成績も悪くない。このまま頑張りなさい」
よく話すクラスメイトの一人は笑いながらこう言う。
「お前は悪いやつではないけど、特定の人としかしゃべろうとしないし、勉強はそこそこできるのに常識を知らない。何でなんだろうな。人間と話すのは向いてないのかもな」
両親は心配そうな顔をしてこう言う。
「何か将来についての展望を考えておいたほうが無難だぞ。それと社会で必要なことを人任せにするのではなく、自分でもできるようにしておいたほうが良い。友達に聞いてもいいし、何なら私たちに尋ねてもいいから。普通は友達と遊びに行ったりして自然と覚えていくような物なんだけどな」
彼は脇道にそれ、そこで見つけた木の下で寝そべり、頭を抱え込んで上空を見上げた。
「やっぱダメだ!なんも思い浮かばねえーー!ってか、なんでみんなは自分の夢を見つけられるんだよ。憧れの人のまねをすればいいやーー。なんて考えてたけど憧れの人なんていねーよ!どうやって憧れればいいんだよ。もう訳がわかんねーよ!」
言いたいことを言えてすっきりした彼は冷静になることができた。
だからなのだろう。彼が驚愕したのは。北西から今まで見たこともないような物体が目に飛び込んできた。まだかなり距離があるのでよくわからないが所々に傷が付いているようだ。だがこれだけは確かなことがある。今まで見た物の中で最も大きい物だと!
(何だあれは……!?)
◆ ◆ ◆
家に着く頃には、周囲は薄暗くなっていた。視界に広がるのは背の高いトウモロコシがたくさん植えられた畑と一列にきれいに生えそろっている巨大なイチョウの木、それに大きな牛舎である。家で暮らすことは好きではあるが、唯一不満点を述べるならば家に入るまでは牛舎から牛の糞尿の匂いが漂うことだ。
「ただいまー」
家に到着し、口に発してみたものの返事はない。まあそれも当然と言えば当然である。なぜならこの時間に両親は牛舎で仕事をしているため室内には誰もいないからだ。それでも「ただいま」を口に出すのは小さい頃から学校でそれをするべきだという常識を教えられてきたからなのだろう。
先ほど巨大な物体を見た感想を共有したかったのだがこればかりは仕方ない。まあ暗くなってきたんだからそろそろ戻ってくるだろ。そう思った俺は、けだるげに階段を上り自室にむかう。他の友達のように住宅地で暮らす人は基本的に家が狭いので、自室という物を持っていない者が大半だが、俺のように周囲に住宅がほとんど無い家は敷地が広いので、それに比例して暮らす建物自体も大きくなる。故にかなり広めな自分の部屋という物が手に入ったのだ。
「今日の宿題はー、えーと…。おー!自学ノート1ページやるだけじゃんか!かなり楽、だな」
普段は授業中にやり残した部分を先にやっておかなければいけないなんてことはざらにあるが、今日は珍しくすべてやり終えているようである。俄然やる気が出るという物だ。
とはいえ、自学を一日1ページやることに意味があるのかよくわかっていない。宿題を出さないと怒られるのでなんとなく決めた物を書き写しているだけなのだ。
宿題が終わった頃、ちょうど玄関から物音がする。両親の仕事が終わったようだ。
「おかえりー」
俺がそう言いながら階段を降りていくと二人はすでにきれいな服装に着替え終えていた。牛の身の回りの仕事をしていると服が糞尿で汚れてしまうので、仕事で使う用の服と家の中で着る服は別にしているのだ。
「あらー、ダニエル。もう帰っていたの。早いわね。今日も一人で帰ってきたの?」
「まあ、そうだけど別にいいだろ?」
それを言われると俺は少しだけ惨めな気持ちになる。それを母さんに察知されないようにぶっきらぼうな態度をとった。
「おいおい。たまには友達と遊んでこいよー。友人と思いっきり遊べるのなんて今だけだぜ?前遊びに行ったのが半年前だろ」
「気が向いたらねー」
父さんは俺をまじまじとながめた。
「そういうとこだぞ」
「どういうとこだよ」
いつも父さんは何か含みのある言葉を発してくる。なんとなくその意図は把握しているものの、気づかないふりをしている。愚鈍な人物を演じる方が楽なのだから。
俺はこの話題を続けたくなかったので無理矢理話の内容をすげ替えることにした。
「そういえば、今日ものすごくでかい物体が空を飛んで来たんだけど二人は見た?」
「え?見てないわねえ。何かしら」
「俺も見てないなー。あっ、そうだよキイス!”学園”じゃないか!?前回飛び立っていってからそろそろ10年が経つだろ」
「そう言われてみるとそうね!前はダニエルが2歳だったもの。そっかー。年月が経つのは早いわねー」
二人は何やら思い当たる節があるらしいが俺は全く心当たりがない。
「学園?なにそれ?」
「そういえばダニエルには学園の話をしてなかったけか」
父さんはそれから言葉を紡ごうと口を動かそうとしたが、一旦制止し、まぶしいほどの笑顔をみせた。
「ここで教えてもいいんだけど父さん、風呂に入りたくってさー。どうだ?風呂に入りながらでもその話をしてみようじゃないか!最近一緒に入ってなかったな」
「えーと、父さんが風呂を出てからでもいいかな」
12歳になっても父親と風呂に入るのは小っ恥ずかしいと思い、最近避けていたのだ。
「あら?いいじゃない。二人で入ってきたらどう?」
だが、母さんが空気を読まずに追撃をかましてきた。どうやら俺に逃げ場所はないらしい。
「わかったよ。じゃあ、父さん風呂で学園について教えてくれよ」
俺は、俺の言葉を聞いて「ああ」とうれしそうに答えた父親と共に自宅の風呂に向かった。