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小さな宝箱  作者: Veda
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00:プロローグ

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「あいよーお待ちー!」

 最後のピザを届け終わったとき、この日のビスキーの仕事は終わった。

 あとはお金と伝票と制服を、お店に置いていけば家に帰れる。

 ビスキーは自電車に飛び乗り、力強く踏みこんだ。

 肩に掛けたカバンが、自転車をこぐ際の膝にぶつかり激しく上下し、中身に入っている小銭がやかましくチャラチャラと鳴った。

 学校で20ドル余りで譲ってもらった安っぽい腕時計に目をやると、日付が変わっていた。

 いやすでに、深夜1時を回ろうとしているではないか。

 ビスキーは腕時計をした方の手で、あっちゃーと頭を抱えた。

 翌朝また寝坊して、学校に遅刻しなきゃいいけど。

 大体あの店の店長は人使いが荒い。

 本当は10時に帰れるはずなのに(そもそもその時間まで中学生を働かせること事態おかしいが)、いろいろな理由を付けて帰らせてくれない。

 そのくせ、延長分の時給は払ってくれないのだ。それを申し立てしたらしたで、「不満があるなら辞めてもいいんだ」と、人前で容赦なく怒鳴られる。

 辞めたくても辞められない。今、辞めたら、学費が払えなくなる。母親に生活費を出してもらっている分、申し訳ない。


 ビスキーは急にハンドルを切った。キッとタイヤと地面が擦れる甲高い音が一瞬響き、小さなタイヤ痕を地面に描いた。

 近道になる路地裏を選んだのだ。

 通常の道を通るより、11分も短縮できる。

 だが、昼間すら日が当らないここは、昼夜問わずいろいろな事件がが多発しているし、ちょっと目を凝らすとビスキーと同じくらいの子供が影で麻薬を吸っていたりするのだ。

 絡まれれば、命すら危うくなる。


 だがビスキーは、万が一それらに遭遇しても、逃げ切れる絶対的な自信があった。

 ウサギとして持って生まれたこの耳と足は、ただのお飾りなどではない。

 長い耳は、レーダーのように不審な音をいち早く察知することができる。

 それに、走ったり自電車をこいだりするときには、ポパイの腕のようにパンパンに膨れ上がるこの脚に、ついてこられる者はそうそういないのだ。



 あと数メートルほどで3つ目の角に差し掛かろうとしたとき、ビスキーはブレーキを掛けた。

 人の声が聞こえる。

 ビスキーは耳を澄ませた。

 声の主は男2人と、5、6歳ぐらいの小さな女の子が1人―― 女の子は何かで口をふさがれているらしく、うめき声しか聞こえない。

 「誘拐」という2文字がビスキーの脳裏をよぎった。

 ビスキーは何か熱いものが自分の中で弾けたような気がした。そして、こうなるともう自分が止まらないことも知っていた。

 頭で考えるよりも早く、カバンの中から護身用として持っていたトンファー(※)を出すと、迷わず声がする方向へ駆けて行った。


「やめろぉ!」


 その声は人通りの少ない路地裏にこだました。

 男2人は一瞬、ハッとしたような顔を見せたが、相手が中学生ぐらいの子供だと気づくとその顔は笑みに変わった。


「なんだ……ガキか……」

「その子を放せ!」

「あぁ、放すよ。この子が持っている物を渡してくれたらね」


 女の子が硬く何かを握りしめた手を振りほどくのに飽きたのか、小柄な方の男が軽く舌打ちをすると、右手をズボンのポケットに入れた。

 銃が出るのだと思ったビスキーは、脇目も振らず突進した。

 小柄な男は、子供相手に油断していたのだろう。一瞬、ビスキーが近づいてくるのに気付かなかった。

 気づいた時にはもう遅かった。

 高々と飛びあがったビスキーの足が、目の前に迫ってきていた。避けられるはずもなく、見事にそれを顔に食らった。

 液体が入った小瓶が、小柄な男の右手から滑り落ちる。


「ってめぇ!!」


 仲間を目の前でやられて頭に血が上ったもう1人の――大柄な方の男が、懐から銃を出そうとした。

 ビスキーは、今自分がしたことで動揺しており、その一瞬に気づいていない。

 だが、今度は女の子の反撃に出た。

 大柄な男がふさいでいた口が自由になったため、思いっきり男の右手に噛みついたのだ。

 その体格には似つかわしくない情けない悲鳴を上げると、大柄な男は銃を落とした。


「このガキが!!」


 腕を振りほどき逃げようとする女の子を、大柄な男は怒りにまかせて平手打ちをした。

 小さな体は驚くほど遠くに飛び、地面に叩きつけられた後も何回かバウンドした。


 ハッと我に返ったビスキーだったが、大柄な男が繰り出すパンチを防御するのに精一杯だった。

 足技を得意としていたが、上半身の防御は甘かった。

 そのため、少しでも上半身の防御の効果を上げるため、〝知り合い〟の助言でトンファーを持っていた。

 彼の場合、決して攻撃するためのものではなかった。


 だが、そもそも防御そのものに慣れていない。

 そのため大柄な男が繰り出したパンチをまともに受け止めた時、トンファーを通しての凄まじい衝撃に耐えられなかった。

 足を踏ん張り倒れるのは何とか防いだものの、代わりに左腕が悲鳴を上げた。

 このときになって初めて、ビスキーは「恐怖」を覚えた。

 大柄な男は続けざまに右フックを繰り出してきた。女の子の時とは違い、平手ではなく硬く握りしめられた容赦ない拳だった。


 防御する間もなくまともに食らい、ビスキーも宙に舞う。

 女の子ほどは飛ばされなかったものの、頭から地面に激しく叩きつけられた。

 激痛で、すぐに体制を立て直すことができない。その時鼻に生暖かいものが流れ出てくるのを感じた。

 鼻血だった。


 ようやく体を起こそうと地面に手をついた時、手先に何かがあるのに気づいた。

 指輪のケースだ。おそらく、女の子が持っていたものだろう。

 ビスキーは痛みでなかなか起き上がれないふりをして、その指輪のケースをポケットにしまった。

 幼い女の子が、必死に守ろうとしたものだ。簡単に渡してたまるかと思った。


 大柄な男と、さっき蹴り飛ばされすごい形相になった小柄な男が、近づいてくる。

 ビスキーは気を失っている女の子を抱きかかえると、走りだした。


「待てぇ!」


 気味悪い男の声が、辺りに響き渡る。

 ビスキーは痛みを忘れて、必死に走った。


 ふっと、風が吹いた。

 柔らかい風だ。


 気づくと、目の前に白く美しい長い髪を持つ女性のオオカミが居た。

 いつの間に――

 一瞬、敵の仲間かと思ったが、オオカミは「行け」という風に首を斜め上に傾けた。「後は私に任せろ」と、そう目で語っていた。


 ビスキーはそのまま走りぬけた。お礼は言わない。そんな余裕などなかった。


 逃げ切れれば後はこっちのものだと、ビスキーは思った。

 ビルとビルの間の狭い隙間に入ってしまえば、そこから先は大人は入れない。

 その代り、そこに入る為には肩に掛けたカバンを捨てなければならなかった。


 入り組んだ迷路のような道を、服を擦りながらほぼ横歩きで進んで行く。

 この先の道をもう少し行った右側を行けば、少し広い路地に出る。そこからまた進んだ数メートル先は、人通りの多い大通りだ。


 もう少し……

 もう少ししたら、この子を真っ先に病院へ連れて行ける。

 親の元に帰すことができる――


※:45センチメートルの長さの棒の片方の端近くに、握りになるよう垂直に短い棒が付けられている。

  2本1組になっており、左右それぞれの手で持つ。


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