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1 そこは侍の国。かつて僕らの国はそ……ってちがうちがう。


美亜、やっと会えるね。

臆病な僕だけど、ようやく君に会う決心ができたよ――。



「おい、坊主。そんなとこから落ちても死なねーぞ」

「!」

ビルの屋上のフェンスから乗り出している僕に誰かが話しかける。反射的に振り返って、声のした方を見た。真っ黒なスーツに身を包んだ細身の男。煙草をくわえ、無精ひげを生やしている。

……。そんなこと言われたって僕はもう――。

「打ちどころが悪けりゃ、即あの世行きだが、まあせいぜい骨折、車椅子、はたまた植物人間ってとこか」

ふぅ~、と煙草の煙と共に、そんな言葉を吐き出した。

「だ、黙ってください! 落ち方はちゃんと考えてるんですから! 確実に死ねる落ち方を!」

「なるほど。突発的なものってわけじゃないみてぇだな。だがな、若人。放っておいてもいつか絶対に人は死ぬ。それを急ぐこたぁねぇだろ。お、お前綺麗な面してんじゃねぇか。ちょうど」

いつの間にか男は僕の至近距離にいて、むんずと顎を掴まれた。

「うわ! くっさ! あ……」

「え」

男はかなりのヘビースモーカーなのだろう。煙草を加えた口から放たれた口臭はとても我慢できるものではなく、僕は予定より早くフェンスから手を放してしまった。

「うわわぁぁぁぁぁぁああああああぁぁぁぁぁぁあああああぁぁぁあああぁあぁああぁぁ」

「ちっ、バカがっ」

ヤバ、これ僕死ぬじゃん。いや元々死ぬ予定だったんだけど……だけど結局僕は最後の最後まで勇気を出せなかった……情けない……。

「待てこら坊主ぅ! 俺はなぁ人一倍匂いには気をつけてんだぞぉ! おねぇちゃんからだって大人気なんだからなぁ!」

驚いて目を開けると、先程の男が壁を走りながら降りて(落ちて?)きていた。

え、人間ってこんな事出来たっけ……。

「俺のこと臭くないって言わせるまでは死なせねぇからなぁぁぁ!!!」

でも、もう地面に――


シュバッ


何かに抱かれたと同時に、落ちる速度が遅くなる。

……あれ? 痛く、ない……?

瞬間瞑ってしまった目を恐る恐る開くと、あの男の腕の中にいた。どうやら男はパラシュートをつけており、それにより落下速度が遅くなったようだ。

「何で、ってかどうしてあのまま!」

「あ? せっかく助けてやったのにお礼じゃなく文句かよ。ほら、着いたぜ」

僕は素早く男から離れる。

「……みあに」

「何だ? 大きな声でハキハキ喋らないとお兄さん聞こえません」

「よ、余計なことしないでください! せっかく! せっかく美亜の所に行く決心が出来てたのに!」

男はくわえていた煙草を、持っていた携帯灰皿に捨てた。

「さっきも言っただろ? どうしてそんなに死に急ぐのかって。それに俺は断じて臭くないしな。すこ~しセクシーなダンディー臭が強いだけで」

「ふざけないでください! 僕は真剣に」

「こんなことしてたってことはどうせ他にやることもないんだろ。つーわけで今からお前は俺の下で働いてもらう」

「は? 何を」

「いやぁ、探偵会社を作ったはいいんだが、俺一人ってのもなんだか味気なくてな。それで人を集めようと考えたんだが求人広告を出す金がもったいなくてよ。だから自らスカウトしてたって訳だ、ついでに面接も出来て一石二鳥だしな」

「それなら違う人にしてください。僕は何もする気ないですから」

「バッカお前! お前みたいな貴重な人材逃すわけねぇだろ」

「僕みたいな人なんて他にも」

「だから言ったじゃねぇか。 覚えてねぇのか? 『綺麗な面してる』って。今の時代、店には何かしら目立つもんがねぇと駄目なんだよ。いわゆる”映え”ってやつだ。俺はスタイルは良い方なんだが、いかんせん(ツラ)の方は下の下でな……自分で言うのも悲しいが……。いくら口が上手かろうがそんな探偵なんてパッとしない。華やかさに欠けるんだよ。でもどうだ? そこにお前が加わっただけで依頼は殺到するだろう、特に女性のな」

「でも僕は」

「よし、決まりだな! 早速勤務開始だ」

僕は逃げようとしたが、腕をものすごい力で引っ張られ、男についていかざるを得なかった。


「さあ、着いたぞ。ここがわが探偵事務所『』だ。とりあえずここで呼び込みだ。えーと確か名前は」

「渚央です。小橋渚央。って八百屋じゃあるまいし客が来るわけ」

そう言って顔をあげると、目の前に厚化粧の女性の顔があった。

「これは」

「で、おいくら?」

「えっと」

「やーね。これよ、これ」

そう言って女性の指さす先を見る。指先はちょうど僕の胸元に向かっていた。

? 『貴女の悲しみ、今宵僕が癒してさしあげます♡』

……………。

「コースはどういったものがあるのかしら?」

「いや、これは何かの間違いで」

「失礼。彼は今日が初日なもので。お店にご案内しますので、そこでコースや料金、あとはおもcy」

「って何してくれてんだ! これじゃ違うお店になってるじゃねぇか! お前がやりてぇのは探偵事務所だろ! これじゃ俺たちの方が調査されんだろうが!」

「でも映画とかだってこういうこと多いじゃん? 予告ではすんごく面白そうに期待させといて、実際の本編は映画館で見るほどのものでもなかったなってやつ」

「あんた今いろんな大人を敵に回したよ」

「いいんだよ、結局映画館に入らせたらこっちの勝ちってもんだろ。しかし最初からこれだけの人が集まるなんてな……あれ?」

「ってどうした」

さっきまで僕の前にあった長蛇の列はなくなっており、代わりに初老の執事がたった一人残っているだけだった。

「と、ところでおいくらかな? わ、私はこういうのは初めてで」

「大丈夫ですよー! 手取り足取りこちらで精一杯調きょ」

「ふざけんな。じいさんもいつまで照れてんだ。用がないならさっさと」

「こりゃ失敬。皆様のご様子が楽しそうでつい。今回はこちらのマダムが可愛がっていらっしゃるエリザベート様を捜索して頂きたいのです」

執事の陰から、品のよい貴婦人が現れた。

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