第二十二話
あれから私は簡易的だが、身だしなみを整えた。そして今、別室にて挑んでいるのは面会だ。
清潔感溢れるテーブルの上には、紅茶の入ったカップが三つ。
一つは私、もう一つは私の隣で緊張した面持ちで座っているパルフェの分。そして最後の一杯は、私たちの目の前の人物に用意されたもの。
「こんな罪人に面会とは、次期国王はよほどお暇なようだ」
フンッ、と相変わらず傲慢な態度のアラモド。
彼がここにいる理由は、私が面会を希望したという単純なもの。罪人との面会、ということになるので本来であれば手続きとかに時間はかかるが、被害者である私の強い申し出ということで今回のみ、場所と時間をすぐに設けてくれた。ただし、面会時間は短く尚且つ私とパルフェにはそれぞれ護衛を同行させることが条件。
ちらり、と背後で待機しているホウルとアシドに目を向ける。横柄な第一王子を前にしても、二人は膝をつかないし何も言わない。アラモドの背後に立っている監視官である男性も静かに佇むのみ。
この部屋にいるが、私とパルフェとアラモド以外の存在は自分の出番まで空気と化すことを決め込んでいるようだ。
状況を完璧に把握した私は紅茶に口を付けながら、アラモドに目を向ける。悪魔の召喚に利用されていたので心配していたが、思ったより元気そうでよかった。少し疲労の色が見えるが、皮肉めいた言葉を吐けるほど、精神は安定しているようだ。
「面会に応じて下さり、ありがとうございます」
ゆっくりカップを置きながら、儀礼的な言葉に笑みを添えた。
「罪人の俺の意思など関係ない」
「はいはい、そういった嫌味はいいですから」
刺々しい言葉を、さらりと受け流す。
「本当に会いたくないなら、椅子に腰を据えたりはしないはずです」
その言葉に、アラモドは小さく舌打ちをした。そして少々乱暴にカップを持つと、中身を一気に飲み干していく。まるでヤケ酒を煽っているようだ。本当にパルフェの兄なのか思うくらい、アラモドの所作は乱雑である。
対称的な兄弟が顔を見合わせるテーブル。面会とは思えないほどに、緊張の糸が張り巡らされている。
この緊迫した空間を少しでも和ませるためには、あれが必要だ。だがその重要アイテムがこのテーブルには欠けていることに、誰も気が付いてないように思える。
仕方がない。ここは私が指摘するしかないか…!
コホンッとわざとらしく咳払いをし、皆の意識を集める。
「ところで、この紅茶に合うスイーツはまだでしょうか?」
チラッと部屋の出入り口に期待を込めた視線を向けた。だが、その扉は微動だにしない。代わりに、部屋を占めていた空気が妙な雰囲気へと変化しているように感じる。
大丈夫。あの魅惑的な食べ物、スイーツさえ登場すれば万事解決なのだ。
凛と姿勢を正し、私は優雅にスイーツを待つことにした。
緊張感ある話し合いで、必須というべき存在…甘くて美味しいスイーツ!
美味しいものを食べている時、人は心に余裕が生まれる。さらにそこに甘さが加わることで、脳の疲労が回復。スイーツの話題を皮切りに、気まずい沈黙も消え去り、穏やかな雰囲気を保ったまま、話し合いは順調に進むというものだ。
何度でも言おう…スイーツとは平和的で円滑な話し合いの場には、絶対的に必要な存在なのだ!
「やはり紅茶に合うと言ったら、クッキーでしょうか? あ、でもカップケーキもいいですよね。マカロンも捨てがたいですが…私的にはマドレーヌといった焼き菓子がピッタリかと思います。大穴としては、プリンの可能性もありますが…」
ドタバタしていたせいでスイーツ不足となっているのか、私の溢れ出すスイーツ愛が勝手に口から零れ落ちていく。
熱く語り続ける私に、パルフェが遠慮がちに声をかけてくる。
「あの、ソルトさん…」
「パルフェ様は何だと思いますか?」
弾む気持ちのままパルフェに意見を求めた。期待に瞳を輝かせる私に、パルフェは困ったような笑みで何やら口ごもっている。アラモドは大きく息を吐くと、言葉を選んでいるパルフェを見かねて、無情な現実を容赦なく突き付けてきた。
「そんなものあるわけないだろ」
「え!? そ、そんなぁ…!」
「罪人との面会だぞ。紅茶があるだけでも異例だ」
「…ケチ」
ボソッと文句をつける私に、アラモドは呆れ返ってしまっている。
「相変わらず、度胸のある令嬢だな」
アラモドのその言葉に、何故か全員が頷いたような空気を感じ取った。
「私のことはいいんです! スイーツのことも…………今は我慢しましょう」
「なんだ、その長い間は」
「だってぇ…紅茶があるなら期待するじゃないですかぁ」
「知らん。それと、語尾を伸ばすな。鬱陶しい」
細かい事を指摘してくるアラモドは、まるで小姑のようだ。そんな第一王子の煩わしさとスイーツが無いとことの憂いを吐き出すため、わざと大きな音を立ててため息を吐いた。
そのままテーブルに項垂れようと思ったが、背後からの咳払いに背筋が伸びる。恐る恐る背後に顔を向けると、口元に手を置くアシドと目が合った。
恐らく、先ほどの咳払いはアシドだ。私と目が合った瞬間、彼の鋭い瞳が叱責を飛ばしてくる…真面目にやれ、と…
腹を抱え器用にも声を出さず笑っているホウルの呑気さを羨みつつ、本題に入るため私は気持ちを急いで切り替える。深く大きく呼吸を一つし、顔を引き締め真剣な空気を纏い、今回の面会の目的を彼らに告げた。
「今日はお二人に、面と向かって本心で話してほしいんです」
「ソルトさん…?」
「…どういう意味だ?」
「そのままの意味です」
怪訝な顔を浮かべる二人。私は端的に、でもしっかりと想いを込めて答える。
人伝えだと、言葉というのは捻りに捻じ曲がって相手へと伝わってしまう。それでは意味がない。この不器用な兄と優しすぎる弟は、真正面から相手と言葉を交わす必要がある。
誰かの思惑や利益が入り混ざった濁った言葉ではなく、本人たちだけが語ることができる純粋な心から出る飾らない言葉。
それをぶつけ合うために、私はこの場を設けたのだ。
「本心、か…」
ぽつりと、アラモドは私の言葉をなぞった。一瞬だけ、その顔が伏せられる。持ちあげられたキャラメル色の瞳は、スッ…とパルフェへと滑っていく。アラモドと目が合った瞬間、パルフェの瞳が微かに揺れ動いた。だが、パルフェがアラモドの視線を自ら切ることはない。
兄弟の瞳が、しっかりと真正面から交わった。
「俺は…焦っていた。兄として弟を導かないといけないのに、お前はいつも俺の先の道を歩んでいた。視察の報告書を呼んだ時、つくづく思ったよ」
アラモドから語られる内容に、パルフェは驚愕の表情を浮かべた。まさか、兄が自分のことをそんな風に思っているなど夢にも見なかったのだろう。
驚愕の表情のパルフェに気遣うことなく、アラモドは胸中を吐露していく。
「魔法も剣術も勉強も…後から生まれたのに、お前のほうが覚えが早い。貴族たちがお前を王にしたがっているのも納得した。俺が唯一お前よりも優位だったのは、生まれた順番だけだったんだ」
「そんなことは…」
「下手な謙遜は止めろ。余計にみじめになる」
アラモドは自嘲気味に軽く笑うと肩を竦めた。
否定しても肯定しても、相手を傷つけてしまう。そのことが分かっているパルフェは押し黙るしかない。そんなパルフェを、じっ…とアラモドは静かに観察していた。
「…お前は、こんな俺の心にも寄り添おうとするんだな」
「え…?」
「恨み言や罵声の一つ浴びせず、まだ俺に歩み寄ろうとしている。とんだ甘ちゃんだな」
「そ、うでしょうか…」
「あぁ。その性格では、この先苦労するだろうな。でも…」
言葉を一旦切り、アラモドはしっかりとパルフェをその瞳に映す。
「国民に寄り添える、いい王になる」
悔しそうな声音の中に隠れるのは喜びの感情。アラモドの口の両端が上がっているのが、何よりもの証拠だ。
兄からとてつもない誉め言葉をもらった、パルフェの瞳が大きく見開かれていく。じわりと、滲み出す水滴を零さぬように、腕で目元を強く擦った。
「きっと俺は、お前が羨ましかったんだろうなぁ」
他人事のように呟くのは、きっとアラモドも初めて己の本心と真正面から向き合ったからなのだろう。
自分でも知らなかった…いや、目を背けていた自分自身の心の中。
それを知ることができたアラモドの表情は、様々な感情の混ざった複雑なものだった。そして、その想いを打ち明けられたパルフェも…
受け取った言葉を脳が受け止めきれないのか、はたまた感情を上手く整理できないのか…アラモドにかける言葉を、必死に探し続けるパルフェの口が開いたり閉じたりしている。
「あ―」
「そろそろ、お時間です」
「分かった」
無慈悲な監視官の宣言に、パルフェの開きかけた口がゆっくりと閉じられてしまった。
まだまだ話したいことがあるのだろう。でも、何から話していいのか分からないのだ。だが、与えられた時間以上にアラモドを引き留めることはできない。全てを語り合うには、この場に残された時間はあまりに短すぎる。
アラモドは端的に監視官に返事をした後、何やら緊張した面持ちになった。どこか落ち着かない様子でチラチラとパルフェを見ている。やがて、アラモドの口がおずおずと開かれた。
「パルフェ…ごめんな」
アラモドは微かに、でも確かにそう呟いた。これにはパルフェだけでなく、この部屋にいる全員が驚きの表情だ。
あの傲慢なアラモドが、パルフェに謝罪した。
衝撃の事実に固まっている全員の視線から逃げるように、アラモドは顔を俯かせる。
「その…お前の見た目のことで、酷いことばかり…お前のその髪も瞳も、幻想的で綺麗だと、思う…」
罪悪感と照れから、歯切れが悪くなるアラモド。そんな兄の珍しい姿を映した弟の瞳が、柔和な弧を描いた。雲が晴れたかのような笑みを伴って、パルフェもゆっくりと唇を開く。
「僕のことを守ろうとしてくれているのは、なんとなく分かっていました…だから、僕は最後まであなたの愛情を信じようとしていたんです」
穏やかに…けれど自分の想いが相手に届くように、しっかりと強く言葉を紡いでいく。そんなパルフェに、アラモドはバツが悪そうだ。
「別に、俺はお前を守ろうとなんて…」
「いいえ。あなたは不器用なだけで優しい人です。昔からずっと…」
懐かしむパルフェの顔は、どこまでも優しいものだった。暖かな思い出に浸っていたパルフェは、現実に意識を戻すと深紅の瞳でアラモドを見据える。
「自信家で矜持が高くて、愛情の渡しかたが下手くそ。でも心根はとても優しい、僕の自慢の兄。それがアラモド・テイストです!」
ニカッと快活な笑顔を、パルフェはアラモドに向ける。幼子のようなその笑顔は、アラモドの中にある遠い記憶を呼び起こしたのだろう。あふれ出す懐かしい思い出が、アラモドの頬に一粒の水を伝わせる。
これ以上みっともない姿を見られたくないのか、アラモドはあふれ出しそうな感情を抑えつけるため慌てて涙を拭う。
アラモドは微かに震える唇で、パルフェに問いかけた。
「こんな愚かな俺を、まだ、兄と呼んでくれるのか…?」
「当たり前です」
迷いのない真っ直ぐな返答に添えられるのは、嘘偽りのないパルフェの強い瞳。不純物が一切ない想いを正面から受け止め、アラモドはフッと頬の筋肉を緩めた。
「我が弟よ、この国の未来は任せたぞ」
「はい。ご期待に沿えるよう、より一層の努力を重ねます」
兄の期待に、真摯に応えようとする弟。
微笑み合った二人の表情は、とても優しくて穏やかで…とてもよく似ていた。
ここでアラモドが私のほうに顔を向けると、頭を軽く下げてきた。予想していなかった行動に、私の目が瞬く。
「ソルト嬢、この場を設けてくれたこと感謝する」
「感謝する気持ちがあるなら、異国のお菓子をご馳走してください」
「抜け目がない令嬢だ…美味いやつを探しておこう」
嫌味か、と怒られるかと思ったが、アラモドは小さく笑ってくれた。
異国のお菓子を食せる約束をこぎつけたところで、面会時間は終了となってしまった。アラモドは席を立つと、監視官の指示に従い部屋の出口へと向かう。その姿にパルフェの拳が固くなる。
部屋を出る間際、アラモドは首だけを後ろに振り向かせた。
「ソルト嬢と幸せにな、パルフェ」
「…ありがとう、アラモド兄さん」
部屋から去り行くアラモドの背を、パルフェはどこまでも穏やかな顔つきで見送った。
パタンッ…と扉が閉まる音がやけに大きく響く。沈黙が漂う部屋の空気は少し重く感じた。
「ソルトさん、ありがとうございました」
静寂の口火を切ったのは、パルフェだ。
「今度、美味しいお菓子をご用意します。落ち着いたら、一緒に楽しみましょう」
「是非!」
感謝と共に提案されたお誘いに、私は心でガッツポーズをとる。食い気味に頷く私に、パルフェは嬉しそうに微笑んだ。だが、その笑みに別の感情が混ざっていく。
「兄上と初めて話せたように思います。ずっと一緒に暮らしていたのに…変、ですよね」
「パルフェ様…」
「今日みたいに、もっと話せていたら、もっと僕に勇気があれば、喧嘩してでも兄上とぶつかり合えていたら、なんて…在りもしない未来を思い描いてしまいます」
後悔を滲ませた言葉。それは深紅の瞳を伏せさせる。
「こんなにも簡単なことだったのに、僕は何をしていたんでしょうね…」
切れてしまうのではないかと思うくらい、唇を強く噛み締めるパルフェ。彼の表情にさしていく陰りを取り払うように、私は硬く握られた拳に、そっ…と手を重ねた。
「これから…これから、もっと話していけばいいんです。直接は無理でも、文通という手段もあります! それに、隣国ならいつでも会いにだって行けます」
「ソルトさん…」
「もし、不安でしたら…私と一緒に行きましょう。異国でも大丈夫です! だって私は―」
「肝っ玉令嬢だから、ですか?」
小首を傾け、からかい交じりに問うてくるパルフェから、影はもう立ち去っていた。いつもの調子に戻ったパルフェに、私は胸をドンッと叩く。
「えぇ! 任せてください! それにアラモド様には、異国のお菓子をご馳走していただかないといけませんし!」
「そうですね。僕も兄上の選ぶお菓子がどんなのか、気になります」
「アラモド様のセンスが試されますね」
「フフッ、必死にお菓子を選ぶ兄上を想像すると少し面白いです」
「私はものすごく愉快です」
「意地悪ですね」
クスクスと二人して笑い合う。視界の端に見えた大人たちは、顔を見合わせると安堵したように強張った顔を緩めていた。こんなにも心配してもらえるパルフェはアラモドの言う通り、いい国王になれそうだ。
これで万事解決! と思い、私はパルフェの手から自分の手を退けようとした。だが、その手は、パルフェのもう片方の手に覆われてしまう。
「…ソルトさん、もう少しだけ付き合ってください」
強く握り込まれる手。あまりに真剣すぎるパルフェの声音に、私は小首を傾げて彼を見つめた。
「行きたい場所があるんです」
決意を固めたような力強い深紅の瞳。そんな目で見つめられては、首を横に振ることなどできない。
コクン、と私は小さく頷いた。
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