第二十一話
ふっ…と意識が浮上し瞼を開くと、見慣れぬ天井が視界に広がっていた。
「ここは…?」
瞼が持ち上がっていくにしたがって、他の感覚も徐々に目を覚ましていく。
ぼんやりした頭で、自分が今どこにいるのか…場所を詮索してみる。
ふかふかとした感触が全身を暖かく包んでくれるこの空間が、ベッドだと察するに時間はかからなかった。しかし天井を見るに、ここは自室ではないことは明らかだ。場所の特定のため情報を求め、身体を起こし部屋を見回す。
すると、ガチャリと音を立て部屋の扉が開かれていく。
部屋に入ってきたのは、双子の兄であるカソナードとシエルだった。起き上がっている私を見た瞬間、二人の目が大きく見開かれる。
「お兄様と…シエルちゃん…?」
名を呼ぶと、シエルが弾かれたように駆け出す。その走る勢いのまま、シエルは私に抱き着いてきた。シエルが怪我などしないように、私は慌てて彼女を受け止める。
「シエルちゃん、どうし―」
「ゾルドざまぁ、ご無事でよがっだぁぁ!!」
ヒロインの衣を脱ぎ捨て、シエルは男らしく泣き叫ぶ。せっかくの可愛い顔が台無しなくらい、涙や鼻水やらを全力で流し続けるシエルに、私はただ混乱するしかできない。
「ソルト、気分はどうだ?」
「へ? 別になんとも…それよりも、ここはどこなんですか?」
遅れて近寄ってきたカソナードは神妙な面持ちだったが、私の返答に緊張が解けたようだ。安堵の息を吐くと、今度は私の質問に答えてくれる。
「ここは王宮の一室だ」
「王宮?」
「あぁ。お前は丸一日、眠っていたんだ」
「丸一日!?」
衝撃の事実に、思わず声を上げてしまった。
唖然となる中で、私が最初に悔やんだのが、おやつタイムを一回逃してしまったことだ。こんな時でもスイーツのことが考えられる、そんな自分のスイーツ愛に拍手を送りたい。
自分に酔いしれていると、カソナードが私が眠っていた間に起きた出来事について順を追って説明していってくれた。
私とアシドが消えてから、すぐに転移魔法の転移先は特定できたらしい。そして転移先を聞いた瞬間、パルフェが一人飛び出したそうだ。パルフェだけでなく、シエルやケイク、ラートも駆け出してしまい、騎士団は大慌てて彼らの後を追いかけた。周りの制止も振り切り、儀式の間へと辿り着いたパルフェ達は迷うことなく部屋へと足を踏み入れようとしたが…残念ながら、その勇気は結界に阻まれてしまったようだ。これで彼らが止まる、と騎士団がホッとしたのも束の間…パルフェが魔法で壁をぶち壊したという。
破壊された頑丈な石壁。その無残な姿に唖然となっている皆を気にすることなく、パルフェはそのまま部屋へと乗り込んでいってしまった、とのこと。
あの時の破壊音は、パルフェだったのか…
通常に稼働し始めた脳で、記憶を呼び起こす。デビハンと契約して、意識を失う間際に聞こえてきた轟音の正体に思わず苦笑してしまった。
「パルフェ様にしては、珍しく乱暴なやり方ですね」
「そうみたいだな。騎士団も驚いていた」
策略家ではあるが、基本戦いを好まない温厚な第二王子の荒業に、騎士団はもちろん全員が驚いたに違いない。その時の皆の顔を想像すると少し可笑しい。
「笑い事じゃない」
「フフッ、ごめんなさい…それで? その後はどうなったんですか?」
カソナードからの咎めを受け流し、私は話の先を促す。絵本の続きを待つような私に、カソナードは肩を竦めると静かに続きを話しだした。
儀式の間での光景は、あまりに異質なものだった。床に倒れ込む第一王子と伯爵、退屈そうに欠伸をする異界の生物、そして誘拐された令嬢とその執事…
この場で一体何が起こったのか、誰も想像ができず一同はただ呆然と立ち尽くしていた。そんな彼らに簡易的な説明をしたのが、私を抱えたアシドだった。
アシドの腕の中で意識を失いぐったりとしている私を見た瞬間、パルフェとシエルが弾かれたように動き出し、私はすぐさま医務室へと運ばれたそうだ。幸い大きな怪我は無かったのだが、念ため意識が戻るまではこの部屋で様子を見ることとなった。
アシドはというと、意識がはっきりしていたことから治療を受けつつも、あの部屋で起こった出来事の詳細を騎士団に報告しているらしい。情報の共有を迅速に行う。流石はアシドだ。
「シエル殿は意識が無いお前の傍に、ずっといてくれたんだ」
「シエルちゃん…心配かけて、ごめんね。もう大丈夫だよ」
彼女の頭を優しく撫で、活力を伝えるため力強く今の自分の体調を告げる。シエルからの返答はない。代わりに、抱き着く腕の力が強くなった。シエルの体温が伝わってきて、じんわりと心が温かくなっていく。
その姿を見ていたカソナードは小さく笑った。
「誰が何を言っても、彼女は離れなかったんだ。引き離そうとすれば、ベッドにしがみついて大人たちを威嚇していたよ」
何それ、すごく可愛いじゃない…とは、さすがに口に出せない。起きて間もない頭でも、その言葉はこの場には相応しくないと分かる。
「本当に強く心優しい人だ」
カソナードの慈しむような表情。ほんの一瞬だけだが、兄が家族以外に向けたその瞬間を、私は見逃さなかった。
もしや、これは…シエルの幸せライフにフラグが立ったのでは!?
だが、胸に宿った淡いはすぐさま消え去ってしまう。カソナードの柔らかな瞳の矛先が、すぐにシエルから私に移り変わってしまったのだ。
「僕がここにいるのは、父上に無理を言って同行させてもらったんだ。ソルトが心配で…」
「お兄様…」
「本当に、無事でよかった」
そう言って頭を撫でてくれるカソナードの手つきがあまりに優しくて、涙腺が緩んでしまう。柔らかな光が灯る瞳に涙なんか見せたくなくて、この空気を変える手段を必死に探した。
―コンコンコン
不意に響く、ノックの音。カソナードが私の許可を伺うように目を向けてきたので、小さく頷く。
「どうぞ」
「失礼します」
部屋に入ってきたのは、パルフェだった。
「ソルトさん…! よかった、目が覚めたんですね」
体を起こし、カソナードたちと会話している私の姿を見て、パルフェは心底安心したような笑みを浮かべた。
「ご心配をおかけしました。もう大丈夫です!」
両腕を上げてマッスルポーズで回復をアピールする。そんな私にパルフェが微笑みを携えて一歩近づいた瞬間、カソナードが私とパルフェの間にその身を挟ませてきた。
「お兄様?」
壁となっているカソナードから、ただならぬ空気を感じる。頭を軽く下げながらもカソナードの眼光は、パルフェを射貫く。鋭い視線を受けたパルフェの足は、縫われたようにその場に留まってしまった。
「殿下、不敬をお許しください。しかし、ソルトの気持ちを確認させて下さい」
「かまいません…僕の方こそ、無神経でした」
申し訳ない、と第二王子が頭を下げるも、カソナードの瞳の鋭さが和らぐことは無い。敵を前にした時のような鋭利な空気を纏う兄に、私は戸惑った。
「お兄様、どうかされたんですか? パルフェ様にそんな態度をとるなんて…」
「ソルト」
カソナードの真剣な声音に、思わず身が固くなる。緊張が走った体に、シエルは小さく笑うと抱き着きを解除し、私から距離をおいた。それを合図にカソナードは身を屈め、困惑している私の顔を覗き込んでくる。
「今回の件、主犯はアピタイト卿だが王族の助力があったことも確かだ…そして、お前を誘拐したのは他の誰でもない、第一王子であるアラモド様だということは分かっているな?」
「へ? あ、はい」
コクンと、首を縦に振る。カソナードの口が一旦閉じられた。やがてその口は言葉を選ぶように、ゆっくりと重々しく開いていく。
「そんなことがあった後でも、お前は王族と…パルフェ様と、これからも普通に接していけるか?」
「当たり前じゃないですか」
私の即答に、カソナードとパルフェの目が大きく見開かれた。
「…大丈夫なのか?」
「何がですか?」
「その、王族を前にして怖かったり、不快な気持ちにはならないか?」
「? 別になんともないです」
「本当にか? 無理していないか?」
「無理などしていません」
心配そうに念を押してくる兄に、私は大きく頷いた。
今回の事件は確かに恐ろしいものだった。でも、それはあの悪魔が仕向けたこと。アラモドやビタネスの協力はあったが、そこにパルフェには関係ない。むしろ、手当てをして王宮の一室まで提供してくれているのだ。感謝以外に何を抱けというのか、私には分からなかった。
ケロリとした私の態度に、カソナードはポカンとしてしまっている。だが、数秒後には小さな笑みを浮かべていた。
「僕の妹は、本当に器が大きいみたいだ…」
そう呟くカソナードの声に、棘などもう無い。安堵したような気の抜けたような、穏やかな空気を漂わせるカソナードは身を起こすと、改まってパルフェと向き合った。
「申し訳ございません、パルフェ様。このようなことがあっても、この子には関係ないようです。我が妹はどんなことにも臆したりなどしない、強き心の持ち主…まさに、肝っ玉令嬢でございます」
「ちょっ!?」
「えぇ。そのようですね」
「待って、待って! 何で、今その俗称が出てくるんですか!?」
不名誉に近い俗称の登場に騒いでいると、カソナードが小首を傾げている。
「いい二つ名じゃないか」
「…もういいです」
カソナードの純粋な瞳を前に、私はむくれるしかない。せめてもの不満を表す私を見て、パルフェはクスクスと上品に笑っていた。
「パルフェ様まで…酷いです」
「すみません。でも、本当にお元気そうで安心しました」
そんな優しく微笑まれては、もう何も言えない。反論する気持ちを削がれてしまっていると、そういえば、と気になることを思い出した。
「アシドの様子はどうなんですか?」
報告できるほど意識がはっきりしているといっても、あれだけの魔物と対峙したのだ。しかも一人で。大小かかわらず、傷もあるはず。緊張の糸が切れた瞬間、アシドが倒れてしまっても不思議ではない。
だが、それは杞憂に終わった。
「アシドさんは治療も終えて、今はもう全快に近い状態です」
「そうですか」
よかった、と胸をなでおろす。と、同時に別の気になることが浮上してきた。
アシドのことだ。事件の発端である前世のことや転生者のこととかは、上手く誤魔化してくれるだろう。そのことに関しては何の心配もしていない。
気がかりなのは、私と契約したはずの上位種の悪魔―デビハンのことだ。
先ほどから姿が見えない召喚獣の行方を、とりあえず目玉だけを動かし探してみる。すると、一部の空間が歪んだ。と思ったら、ポコンッ! と黒い物体が飛び出してきた。
「お、起きたか」
黒い物体、もとい真ん丸の生物の声に私は目を見開く。
「その声…もしかして、デビハン!?」
驚愕の声を上げる私の視線の先を、全員が追ってしまう。
「今まで、どこにいたの? というか、その姿は…」
「荷造りのため異界に帰っていたんだ。あと、この姿は省エネモードだ。本来の姿でいると腹が減って仕方がないからな」
パタパタと小さな翼を動かしながら胸を張るデビハン。その外見は最初に会った時と違い、威厳も危険性も何も感じないくらいに可愛らしい。まるでマスコットだ。
とはいえ、デビハンが召喚獣で上位種の悪魔であることに変わりはない。今回の詳細を知っているパルフェ達からすれば、私と契約しているといっても、この事件の主犯である悪魔と同種であるデビハンを警戒しているはず。
なんとか穏便にこの場を収めなければ!
と、身構えたのだが…
「おかえりなさい、デビハンさん。荷造りは終わったんですね」
「お疲れ様、デビちゃん。お腹空いたならお菓子を用意したから、ソルト様と食べてね」
「デビハン殿、お荷物はどちらに? よければ、屋敷の者を呼びましょうか?」
デビハンに対して全員が歓迎モードというか…めちゃくちゃ馴染んでいた。
「あの~、皆さん。デビハンは悪魔だって知ってます?」
予想外すぎる事態に呆然となりつつも、恐る恐る尋ねる。すると、全員の首が迷わず縦に動いた。
「もちろんです。ソルトさんと契約を交わした上位種の悪魔、ですよね?」
「そうなんですけど…それにしては皆、警戒心が薄すぎませんか?」
私の指摘に、思い出したようにシエルが手を打った。
「デビちゃんは、ソルト様が眠っている間にお仕事をしてくれたんです」
「へ? 仕事?」
悪魔の仕事って何? てか、デビちゃんって…
意味が全く理解できない私は、デビハンを見つめる。空中でゆったりとくつろいでいたデビハンだったが、律儀にも回答を与えてくれた。
「あの第一王子に巣食っていた欲望を喰ってやったんだよ」
とても端的な説明。いまいち芯の部分が理解できていない私を見て、面倒そうながらもデビハンの口は再度開かれる。
「第一王子の欲望は、あの三下の力で無理やり膨れ上がっていたんだ。本人の意思なく膨張した欲望は、精神だけじゃなく、やがては肉体すらも崩壊させてしまう。そうなる前に、欲望を調整する必要があるんだ。そこで俺様が、その過剰分を喰ってやったってことだ」
追加された説明のおかげで、デビハンの仕事内容が把握できた。
つまり、あの悪魔の魔法のせいで異常なまでに膨れ上がってしまったアラモドの欲望が爆発する前に、デビハンが処理したということなのだろう。
空腹からか善意からなのか…その真意は不明だが、周囲からすればデビハンはアラモドを助けた、ということになっている。だから、悪魔であっても皆に受け入れられているということなのだろう。
デビハンの周囲との溶け込みの早さに納得していると、別の疑問が浮かび上がってきた。
「アピタイト卿とアラモド様は、どうなったんですか?」
事の元凶である二人の末路。被害者としては知っておく必要があると思い、誰とは決めず問いかけてみる。
水を打ったように静まり返った部屋。数秒の間の後、言葉を落としたのはパルフェだった。
「僕から説明しますね…」
落ち着きながらも、どこか憂いを含ませた声。パルフェの言葉を一つたりとも聞き逃さないように、私は聴覚に全神経を注いだ。
今回の事件。その主犯はビタネスであると、決定づけられた。ビタネスへ課された罰は大きく、爵位はもちろん剥奪され、今は牢獄にいるそうだが状況が落ち着き次第、辺境の地で監視のもと肉体労働に従事してもらうことになっている。だが長い年月の間、悪魔に肉体を支配されていたビタネスの現在の精神状態はあまり良くなく、もはや廃人に近いものとなっているらしい。悪魔が抜け、中身が空っぽのビタネスはブツブツと何か言いながら、虚ろな瞳で空を眺めているとのこと。
アラモドは公爵令嬢誘拐と殺害未遂の手助けをしたとして、しばらくは厳しい監視下に置かれることになり、後日、隣国への留学が決定している。牢獄や辺境の地での労働を免れたのは、悪魔にそそのかされ正気を失っていた、というデビハンの助言が入ったからだ。我が国と親交が深い異国にて心身ともに鍛え直せ、という陛下の計らいには温情があるように思えるが…実際はそうではない。何故なら、この留学には期限がないのだ。つまり、留学という名の国外追放であり、実質的に王位継承権を剥奪したということ。王位を継ぐことに執着していたアラモドにとって、これ以上に辛い判決はなかったのかもしれない。
全てを話し終えた後、パルフェは深々と頭を下げた。
「すみません。僕が兄上を止められなかったから、こんなことに…本当に申し訳ありません」
「パルフェ様…」
王族の一人として謝罪する第二王子。パルフェは悪くない、関係ない、と言葉で否定したところで彼の心の引っ掛かりは取れないだろう。
だったら、押してダメなら引いてみようの逆、『引くのではなく、押してみよう作戦』だ!
一向に頭を上げる気配がないパルフェに、私は提案してみる。
「では、私の頼みを一つ聞いてくれますか? それで今回ことは、帳消しということにしましょう」
「…そんなことでいいのですか?」
キョトンとしているパルフェに思わず苦笑いを浮かべてしまう。第二王子に頼み事をするのが、どれだけ恐れ多いことなのか…パルフェは分かっていないようだ。
身分差など全く気にしないパルフェの人柄を再確認できたところで、私は行動を開始した。
「では、パルフェ様。私と一緒に行きましょうか」
「行くって…?」
「決まってます」
ベッドから降り、私はニカッと歯を見せる。
「馬鹿のところです」
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