第二十話
魔物たちを消し去り、私の無事を確認できたアシドは再度悪魔と向き合う。
「次は、お前だ」
アシドの周囲に魔力が集中していく。
「俺では悪魔は祓えないが…その胴体に風穴を開けて、ムラング様の前に突き出すぐらいはできる」
悪魔の天敵と言っても過言ではない、神父。その中でもムラングは、王宮魔法師という経歴を持つアシドの師匠だ。目の前の悪魔にとって、これ以上とない危険人物であることは間違いないだろう。そんな人間の前に大きな傷を負った状態で突き出されるということは、悪魔にとっては死の宣告も同然だ。
何度目かわかない目の前の光景に啞然となっていた悪魔だったが、アシドの言葉にギリッと歯を噛み締めた。
「調子ニ乗ルナヨッ! 魔物ナド、イクラデモ召喚デキル!」
その言葉通り、悪魔が魔力を込めた瞬間、影から魔物が次々と生み出されていく。先ほどよりも数が多い魔物に、アシドが舌を打った。険しい表情を浮かべるアシドに、悪魔は心底愉快そうに笑んだ。
「マズハオ前カラダ…アシド・トリートォォ!!」
悪魔の叫びを合図に魔物たちが動き出していく。
「“風の殲滅球”!」
先ほどの風の弾丸で、魔物を確実に排除していくアシド。魔物の大半を処理したところで、アシドは攻撃対象先を変えた。
「“風の刃”!」
悪魔に向かって放たれた魔法。だが、その風が悪魔に届くことはなかった。悪魔の影から生み出された新たな魔物が壁となり、アシドの攻撃を全て受け止めてしまっている。
ニヤニヤと魔物たちの背後からこちらの様子を眺めている悪魔を、アシドは忌々し気に睨みつけた。
「くそっ、腐っても悪魔か! 小賢しい上に、魔力の量が違いすぎる…!」
魔物の生産もとである悪魔をなんとかしない限り、いくら倒しても意味がない。一向に数が減らない魔物に、アシドの息が徐々に上がっていく。
このままでは消耗戦だ。こちらでまともに戦えるのはアシドのみ。いくらアシドであっても、多勢に無勢。戦闘素人の私が無理に武器を持って立ち向かっても、きっとアシドの邪魔になってしまう。
「ドウシタ、ドウシタ! サッキノ威勢ハドコニイッタァ?」
余裕の笑みを浮かべ、悪魔は言葉を投げつけてくる。そんな悪魔の挑発など気に掛ける余裕はアシドには無く、ひたすら魔物たちに攻撃を繰り出していた。
どうする、私はどうしたらいい? 何か、何かできることは…
必死に思考を巡らせながら何か突破口は無いかと、周囲を見渡していると一匹の魔物が視界に飛び込んできた。アシドの隙をつき、突進してきた魔物の牙が私に向けられる。反応が遅れてしまい、避けることは不可能だと思ったその時―
「“風の拳”!」
風をまとった腕が、魔物を殴り飛ばした。いつの間にか私の近くまで戻っていたアシドが、私に牙が届く前に魔物の対処をしてくれた。
「アシ―」
「ぼうっとするな! 魔物から避けることだけに集中しろ!!」
怒鳴りつけるアシドの息は荒い。魔法を過多に使用したせいで、魔力の消費が激しいことが分かる。それに加え、私というお荷物を守りながらの終わりが見えない戦闘は、体力の消耗も凄まじいはずだ。
そんな追い詰められた状況でも彼が私に求めるのは、加勢でも治癒でもない、私自身の安全のための回避。傷を負っていくアシドを見て、お茶会の時と同じ痛みが胸に広がっていく。
「アハハ! オ前ヲ殺シタラ、ソッチノ悪役令嬢ヲ使ッテ、ヒロインモ攻略対象モ…全テ後ヲ追ワセテヤル!」
残虐な宣言を聞いた瞬間、全ての音が無くなったような感覚に陥った。
私、またこいつに奪われるの? 転生して、アシドやシエルにも出会えて…今度こそスイーツライフを楽しむために奮闘しているのに…また理不尽に奪われるっていうの…?
「そんなの…そんなの絶対に嫌!」
胸の痛みは別のものへと変化し、私の拳を固く握らせる。
「もう誰にも…私のスイーツライフを邪魔させはしないんだから!!」
恐怖にも絶望にも支配されるず、立ち向かっていく私の強い意志に悪魔の顔が醜く歪む。
「今度こそ奪わせはしない。アシドもシエルちゃんも…パルフェ様たち攻略対象たちも! 私の求めるスイーツライフには、皆がいないと意味がないのよ!」
一人で満喫するスイーツも、もちろん魅力的だ。でも、みんなで騒ぎながら食べるスイーツはきっと特別な味がする。食べた時の思い出を笑顔で話せるような、甘くて暖かいそんなスイーツライフ。それが、私が夢見た…いや、目指す未来。
「今世でも私の夢のスイーツライフを奪うっていうなら、悪魔だろうと前世の死因だろうと、私は逃げない。たとえ無力でも、抗ってみせる」
固い決意と強い意志を胸に抱き、覚悟を決めた瞳で敵をしっかりと見据える。一歩も引かない私に、悪魔の目が見開かれていく。怯む悪魔に向かって、私は声高々に宣言した。
「全ては…皆と充実した、スイーツライフのために!!」
そう叫ぶと同時に、私の前に光の玉が現れる。それと同時に、その光に当てられた魔物たちが一斉に塵になっていく。一瞬の出来事に、悪魔は驚くながらもすぐさま新たな魔物を召喚しようとしていた。だが、悪魔の影はただ静かに床に張り付いているだけだ。
「クソッ、ドウナッテイル!? 魔物ガ召喚デキナイ…! 貴様、何ヲシタ!?」
悪魔が荒々しい声を上げているが、私の意識は眼前の光の玉だけに集中していた。
「これって…」
手を伸ばすと、光の玉は私の手の平の上にふわりと乗った。心地いい温度を感じると、光は消え失せてしまった。そして、代わりに姿を現したのは…
「スイーツノート…?」
前世の私の宝物。場違いな物の登場に困惑してしまう。すると、戸惑いを上書きするかのように脳内に一つの声が響く。
『やっと揃ったな』
勢いよく周囲を見渡すも、そこに声の主らしき人物はいない。
「な、なに? 誰なの?」
直接脳に話しかけてくる声に狼狽している私になどお構いなしに、声の主は語りかけてくる。
『頭の中に浮かんだ詠唱を声に出せ』
「へ?」
『ささっとしろ』
よく分からないけど、この状況を変えられる可能性があるのなら賭けてみるしかない。一か八か私は脳内に響く指示に従った。乱れた心を落ち着かせると、ゆっくりと脳内に響く詠唱を口にする。
『「異界の者に問う。無限に湧き続ける欲を喰らう覚悟が汝にあるかと…是なる者は、我が前に姿を現し、その胎を満たすがいい―」』
私が詠唱を唱え始めると、床に大きな魔法陣が現れていく。私の魔力を吸収していくほどに、魔法陣は濃くなり鈍い光を放ちだした。
これが、魔力…初の魔法が詠唱魔法になるなんて思いもしなかった。慣れない感覚に戸惑いながらも、魔法陣を完成させるため、魔力を込めることに集中していく。
「これは、召喚魔法…? いや、違う。これは…」
「マ、マサカ…止メロォ!!」
悪魔は焦った表情で、私に向かって鋭い爪を伸ばした。が、同時に巻き起こった旋風の壁に阻まれ、その腕が私に届くことは無かった。
「貴様ッ!」
「さっきのお返しだ」
したり顔のアシドに、悪魔から歯ぎしりの音が鳴る。
「せっかくの初魔法なんだ。年長者として、見守ってやろうぜ」
口の片端を上げる悪人面のアシドを横目に、私は魔法を発動させた。
「“異界者の契り”」
魔法陣に集まっていた私の魔力が解き放たれていく。それと同時に、全身から力が抜けていった。力だけじゃない。手元にあったはずの重みと共に心の奥底にある何かも、私の中から失われていく感覚に襲われる。
凄まじい喪失感は私の身体はふらつかせてしまう。傾いていく体は、アシドがすぐに抱き留めてくれた。
「ごめ、アシド…身体が…」
「あれだけの魔力を消費したんだ、無理もない。それよりも…」
アシドは真正面に目を向ける。その視線を追うように私も目を向けると、そこには新たな生物が佇んでいた。
「あぁ…やっと、こっちに来れた」
姿を現したものが喜色を浮かべると、役目を終えた魔法陣が静かに消えていった。
見ただけで分かる…この生き物は危険だ。外見は普通の成人男性であるが、纏っている空気があまりに異質すぎる。ビタネスに憑りついていた悪魔とは比べ物にならないくらいに、魔力も高く圧倒的な存在感が肌を刺す。それはアシドも感じていることなのだろう。私を抱いている腕の力が一層強くなっていた。
「安心しろ。その女に危害を加える気はない」
敵か味方か…判断が出来ずに全身に緊張感を張り巡らせている私たちに、ギザギザの歯を見せながらそいつは宣言した。それでも、アシドの警戒が解けるとこがない。いつでも応戦できるように、残り少ない魔力を纏いながら身構えている。
「信用ねぇな。俺様は嘘じゃないぞ」
「悪魔の言葉を信じるほど、馬鹿じゃないでね」
「そいつは結構なことだ。だがな、この俺様をそこら辺の小者と一緒にすんな。俺様は名のある悪魔だぞ」
そう言った瞬間、アシドの顔が驚愕の色に染まった。
「俺様の名はデビハン。異界で一番グルメな悪魔だ」
どこか自慢げな悪魔こと、デビハン。不敵な笑みを浮かべながら、翼を広げるその姿は絶対的な自信に満ち溢れていた。
「俺様ほどの悪魔が、お前のような弱者に嘘をつく必要なんてあると思うか?」
デビハンの問いかけに、アシドが言葉で答えることはない。だが体中に巡らせていた緊張を解いていくのが、何よりもの回答だろう。
「…お前、なんてもんを召喚したんだ」
「え? そんなマズイやつを召喚しちゃったの?」
事の重大さを全く理解していない私に、アシドはげんなりした表情だ。
「名前のある悪魔は、かなりの上位種だ。大悪魔とは違うが、そいつらと並ぶ危険生物だ」
「名前があるだけで、そんなに違うの!?」
驚きの声を上げる私にアシドは大きく頷いた。そういえば、ビタネスに憑りついていた悪魔とデビハンは同じ悪魔なのに全然違う。圧倒的にデビハンの方が強者だ、と断言できる。格が違うといっても大袈裟でないくらいにデビハンから感じる魔力は膨大だ。
「そんな大物、なんで私なんかが召喚できたんだろ…?」
「その前に、なんで契約魔法の詠唱を知っていたんだ?」
「それは、声がして…」
「声?」
「あぁ、それは俺様だ」
会話に入ってきたデビハンは、言葉を続ける。
「お前の魂は異世界のものだからな。だから、異界に住む俺様が干渉できたのさ」
頭じゃなくて、魂そのものに語りかけてたってこと!? もしかして、ビタネスみたいに憑りつこうとしていたとか…?
様々な可能性が脳裏をよぎり固唾を飲みこむと、恐る恐る問うてみた。
「な、なんでそんなこと…」
「んなもん、決まってるだろ」
デビハンは真剣な顔つきなり、鋭い爪で私を指さす。
「お前の欲望を喰いたかったからだ」
「欲、望…?」
言っている意味が分かっていない私に、デビハンは歪んだ空間から一冊のノートを取り出し見せつけてきた。見覚えしかないノートの登場に、思わずその名を呟いてしまう。
「スイーツノート…?」
魔法発動と同時に消えてしまった、私の宝物であるスイーツノート。どうしてデビハンが持っているのか…意味が全く分からない。デビハンは持ち主の許可も無く、パラパラとノートを捲っていく。
「長年、色んな人間を見てきたが…これだけ食い意地の張った欲望を持った奴は珍しい。しかも、スイーツを食べたいってだけでだぞ!? たったそれだけで、これほど強い欲望を感じたのは初めてだ! グルメ家として、興味を持つってのが普通だろ」
鼻息荒く語る上位種の悪魔。デビハンが熱く語れば語るほど、アシドの瞳の色が失われていく。ちらりと、向けられた白い目から私は全力で逃げた。
「お前…」
「お願い、何も言わないで」
アシドの言わんとしていることは分かる。だが、それを言われたら私の中にある羞恥が刺激されると察したので、アシドに制止をかけた。そんな中でも、興奮が冷めないデビハンの熱弁は続く。
「しかもだ! その欲望が具現化して、世界を超えてきたんだぞ!? これはかなり濃厚な欲望とだと、俺様は確信した。だから、召喚の対価として俺様はお前の欲望の塊であるスイーツノートをもらったんだ!」
満足気にスイーツノートを握りしめているデビハンを見て、さすがの私でも恥ずかしくなってきた。スイーツノートの正体が自分自身の欲望の塊だと知った今、神の導きだとか言っていた記憶を消し去りたい。だが、今更そんなこと思おうが過去は修正できないのだ。
深く呼吸し、羞恥を追い出すため大きく息を吐き出す。顔を引き締めると、真剣な眼差しでデビハンを見据える。そして、確認すべきことを声にのせた。
「…私の欲望は美味しかった?」
「いや、そこかよ」
「絶品だったぞ!」
「いや、美味いのかよ」
「美味しいんだって!」
「いや、どや顔するなよ」
アシドのリズミカルなツッコミを気にすることなく、デビハンは私の欲望の味の感想を伝えてくれる。
「あんなに濃厚で甘い欲望は初めてだ! くせになりそうだ!」
「甘いの!? やっぱりスイーツのことだから、欲望もスイーツ味なの!?」
「関係ない、とは言い切れねぇな」
「…お前ら、今の状況分かってるか?」
うーん、と腕を組み考え込む私とデビハンだったが、アシドの言葉で現状を思い出した。
スイーツノートを異空間に仕舞いこんだデビハンは、ずっと黙ったままの悪魔へとくるりと身体を向ける。予想もしない上位種の登場に呆然となっている悪魔。デビハンは悪魔の全身に目線を滑らせ、品定めをしていく。
「見たところ、三下だな。使い魔もいないか…ま、名前がないなら当然か…」
「ナッ!? 名前クライデ、何ダ! 所詮、同ジ悪魔ダロウガ!!」
「名前の重要性も知らねぇ上に、言葉も片言…三下以下だな」
デビハンは肩をすくめると、悪魔へ慈悲を与えた。
「今すぐ異界へと消えろ。俺様は今、機嫌がいいからな。特別に見逃してやるぞ」
犬猫を追い払うように、手をひらひらさせるデビハン。完全に格下扱いされ頭に血が上った悪魔は無謀にもデビハンに挑む。
「オ前ガ消エロ!」
魔物が召喚できなくなった悪魔ではあるが、魔法が封じられたわけではないようだ。掌を掲げ、攻撃魔法を唱える。
「“異界の獄炎”!」
禍々しい魔力が混ざった黒い火球が、悪魔の手から放たれた。轟炎を目前にしても、デビハンの顔に焦りは微塵もない。デビハンの大口がゆったりと開かれていく。
―バクッ!!
「ハ…?」
悪魔の火球は、デビハンに喰われた。
一瞬にして消えてしまった火球。手品のような光景に、私もアシドも同族である悪魔でさえも言葉を失ってしまっている。
誰もが唖然となる中、デビハンは口内に収めている火球を飴玉のように舌で転がしている。火球の味を十分堪能し咀嚼し終えると、デビハンの喉がゴクリと動く。
「うげぇ…さすが三下以下の魔力だな。くっそ不味い」
不愉快そうにデビハンは舌を出すと、口の中に残っていた魔力の残骸をペッペッと吐き出した。
「あとでお前の欲望、もう一回喰わせろ」
「え? 私の欲望はもう食べたはずじゃ…」
「何言ってるんだ。人間の欲望ってのは尽きることがねぇ。その証拠に、お前のスイーツ愛は消えてねぇだろ?」
確かにそうだ。欲望を食べられたというのに、私のスイーツへの渇望は消えていない。こんな状況でも、シエルの作ったお菓子が恋しい…
「お前が死なない限り、その欲望は消えない。つまり、あの極上の欲望を喰い放題ってわけだ!」
好物を目の前にした子供のように瞳を輝かせるデビハンに、私は複雑な気持ちを抱いた。
さて、とデビハンは改めて悪魔へと意識を向ける。デビハンの金色の瞳に捉えられ、悪魔の肩がビクリと大きく揺れた。
「これで分かっただろ? 俺様とお前じゃ、同じ悪魔でも格が違うってことが」
「ヒィッ!」
悪魔は短く悲鳴を上げ、ブルブルとその身を震わせる。そんな悪魔に、デビハンは口角を歪なまでに吊り上げるとクツクツと身を揺らす。
「安心しろ。グルメな俺様がお前みたいな弱者、喰うわけねぇ」
「ジャア…!」
「だが、逃がしはしない。この俺様に敵意を向けたんだ、それなりの報復は受けてもらう…どういう意味か、分るよなぁ?」
「ダッタラ…!」
悪魔の瞳に宿った希望が一瞬で絶望へと化けた。追い詰められ言葉を失っている悪魔だったが、唇をギリッと噛み締めると勢いよく、私たちへ顔を向けてくる。悪魔の血走った瞳の悍ましさに、ゾクリッと嫌な気配が背中を這った。
「セメテ、オ前ダケデモ粛正シテヤル!! アシド・トリートォォ!」
最後の悪足搔きのように、悪魔が襲い掛かってくる。目的が私たち二人ではなく、アシド個人のようだ。そう認識した瞬間、アシドは私を突き放し自身から遠ざける。応戦しようと身構えるアシドだったが、悪魔の尖った爪が彼に届くことはなかった。
「ァガッ!?」
「往生際が悪いぞ」
デビハンの大きな手が、悪魔の頭を捕らえる。片手で鷲掴みにした頭部をそのまま持ち上げると、ミシッと骨が軋む嫌な音が聞こえてきた。痛みと恐怖から逃れようと、必死に悪魔は藻掻く。だが、そんなものデビハンには関係ないようだ。
下位種にとって全力の抵抗でも、上位種には些細なものでしかない。デビハンの指に徐々に力が入っていくのが分かる。
「このまま握り潰してやるよ…その魂ごとな!」
「!? 待ッ―」
「“魂の終焉”」
パシュンッ! と呆気ない音と同時に、悪魔の姿は塵へとなっていく。デビハンの手から放れた塵は空気に溶けていき、やがてこの世から消え去った。
肉体を失った悪魔の消失の確証を得るため、私は恐る恐る問いかける。
「死んだの…?」
「死んでねぇよ、消滅させたんだ」
即答された内容がいまいち理解できなかった。消滅と死…一体、何が違うのだろう?
疑問で埋め尽くされている私の顔を見て、デビハンは言葉を付け加えてくれる。
「死には生まれ変わるという再生の道があるが、消滅はそういったものがない。存在そのものが完全に消え去るってことだ」
「じゃあ、あの男は…」
「あいつの魂が輪廻の中に戻ることは、未来永劫ないってことだ」
くわぁっ…と欠伸をしながらの言葉は、とても恐ろしいものだった。
あの男の魂の結末になど興味がないデビハンは、早々に話題を変えてくる。
「さてと、三下以下を消してやったんだ。さっさと契約するぞ」
「は…? 契約って…」
「俺様とお前のだよ」
「………いやいやいや!」
ブンブン、と勢いよく首を横に振る私にデビハンは不服そうだ。
「なんでだよ、俺様はお前のスイーツライフの障害を排除してやったんだぞ?」
「確かにそうだけど! でも、なんで契約!?」
「俺様がお前の欲望を喰い続けたいからだ」
「欲望を食べただけなら、別に契約する必要ないでしょ!?」
こんな強力な召喚獣を従える自信なんて無い。なんとか異界に帰ってもらおう、それがいい。
そんな私の意思を読み取ったのか、デビハンの瞳が細められる。
「お前、また召喚魔法を使う気があるのか?」
「えっ?…それは…」
「ほらな。だから、契約して確実に喰える環境を作り上げる。絶対にだ」
「何その固い決心!? どんだけ食い意地張ってるのよ!?」
「失礼な、グルメと呼べ」
「呼ばないわよ! それにね、そんな頻繁に欲望を食べられたら…私のスイーツ愛が失われてしまうかもしれないじゃない!」
なんとしても、それだけは避けなければいけない。今度こそ、スイーツライフを楽しむためにも!
私の真剣な訴えに、デビハンは目を瞬かせると腹を抱えて大笑いしだした。
「あり得ねぇ! お前がスイーツ愛を失くす? 絶対、無いことだ!」
「な!? なんで言い切れるのよ?」
「じゃあ、聞くが…お前、自分がスイーツを食わない未来が想像できるのか?」
そう言われて、一回想像してみる。ティータイムにカップケーキもクッキーもなく、ただ紅茶だけをお淑やかに嗜む未来…駄目だ、そんなの苦痛でしかない。
苦悩の表情のまま言葉を返さない私に、デビハンは勝ち誇った表情を浮かべる。
「な? 出来ねぇだろ? ということは、お前の欲望は消えないってことだ」
「うぅ、欲望に勝てない自分が情けない」
「何言ってんだ?」
落ち込む私にデビハンは心底不思議そうだ。
「欲望ってのは、生きていくのに必要なエネルギーだ。それが尽きねぇってことは、生命エネルギーがあるってことだろ? それのどこが情けないんだ?」
言われてみれば、そうだ。
欲望という言葉には悪い印象を抱きがちだが、その本質は強く願う心でもある。食べたい、寝たいといった自己的な願いも、愛したい、助けたいといった他者を想う気持ちも…人の強い望みであることに間違いはない。そして、その願望は時に人を大きく動かす原動力になっていることも確かだ。
「お前ら人間は、その欲望を暴走させるから質が悪い。ちゃんと手綱を握っていれば、欲望ってのは悪いようにならねぇよ」
悪魔たちの中では常識なのか、デビハンは当たり前のことのように言い放つ。その姿があまりに普通で、私の肩の力が抜けていく。
「そっか…そうよね。いいこと言うじゃない」
思わず微笑むと、デビハンも笑顔を返してくれる。平和的な空間だ。と思っていたら、ガシッ! と手を掴まれた。戸惑う私にデビハンの笑みが深まる。
「そんないいことを言う俺様と契約するよな? というか、するからな」
「え!? 拒否権無し!? ちょっ、まっ、アシドー!!」
強引なデビハンから逃れるため、黙って状況を見守っているアシドへと助けを求めた。緊迫した空気から一変したからなのか、疲労が一気に爆発したアシドはどこか投げやりに言葉を放つ。
「似た者同士なんだ。仲良くやっとけ」
「まさかの賛成!?」
「よぉーし、許可も出たし契約するぞ」
「本人の意見は!?」
「魔法を発動させた時点で、契約の意思ありとなるのは当然だろ」
「詐欺じゃん!?」
ギャーギャー騒ぎながらも、デビハンによって契約は着々と進んでいってしまった。握られた手から流れ込んでくる膨大な魔力。その魔力が全身に巡っていったと思ったら、手の甲に紋様が浮かんだ。
あぁ、契約が完了してしまったんだ…
疲れ切った肉体と緊張の糸が解けた精神状態で、大きすぎる魔力を受け取ったせいなのか意識が遠のいていく。
薄れていく意識の中で聞こえたのは、アシドの焦ったような声と何かの破壊音だった。
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