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第二話


「落ち着け…落ち着くのよ、私」


 自分に言い聞かせるため呪文のように唱えながら、机に向かって紙とペンを握る。そして、深呼吸をすると今の状況を整理するために、ペンを走らせた。


 名前は、ソルト・ドルチェット。公爵家の娘で、年齢は十歳。両親は健在で、兄が一人いる。こんなもんだろう。容姿は…さっき大きな姿見で確認したことを簡単に書いていく。


 次に把握すべきは、この世界について。


 前世の記憶が蘇った、といっても今世の記憶は消えたわけではない。十年分の記憶を頼りに様々な事を書き出す。


 この王国の名前は、フレーバー王国。大陸の中でも勢力は大きく、豊かな国だ。


 そして、この世界では魔法が存在する。自分の中にある魔力をエネルギーにして、自分に適した属性魔法を使用することができる。属性は『火』・『水』・『土』・『風』・『光』・『闇』・『全』といった、七つ存在する。


 『火』・『水』・『風』・『土』はその名の通り、自然界の力を魔力で操ることができる。各自然界には精霊という存在があり、その子たちの力を借りて魔法を使っているという考えが一般的らしい。大半の人は、この四つのどれかの属性に判定される。


 『全』は自然界の属性魔法を全て扱える特別なものだ。この属性魔法に判定される者の共通点は、魔力が膨大であること。故に、生まれながら精霊に愛された者のみに与えられた属性だと言われている。『全』の属性判定だった者は、長い歴史の中でも数が少なく珍しい属性だ。


 そして、そんな『全』でも扱うことができない属性魔法が『闇』と『光』だ。


 『闇』は、悪魔や天使や魔獣などの異界に存在する生物達を召喚することができる。召喚した生物は、召喚獣と呼ばれ、召喚獣の強さは召喚した者の魔力量と比例する。ただし、強力な異界の生物を召喚するには魔力以外の代償が必要とされている、と古代の魔法書物に記載されていた。


 『光』は、人の体に大きな影響を与えることができる。身体能力向上、治癒、解呪などといったプラスの部分もある。だが、逆に人体に悪影響を与えることもできるのが恐ろしいところだ。適正者の人格が問われる属性魔法でもある。


 まとめると…一般的なのが『火』・『水』・『土』・『風』、優秀な者が『全』、特殊なのが『闇』・『光』といった認識だ。


「魔法かぁ…」


 ポツリとこぼれた独り言。前世の世界では魔法なんて、アニメや漫画の世界の話。半信半疑で自分の手を見つめた。目を閉じて、集中してみる。すると、血液と一緒に暖かい何かが流れているのを感じた。おそらく、これが魔力なのだろう。


 前世の記憶が戻っただけなのに、今まで当たり前に思っていた魔法の存在に感動してしまう。


「えっと、ゲームでのソルトの属性は確か…」


 ゲームの内でソルトの魔法属性は『闇』だ。そして、先日行われた属性判定での私の属性魔法は『闇』だった。


 ダメだ…逃げ道がない…


 思い出せば思い出すほどに『Sweet Loves』の悪役令嬢であるソルト・ドルチェットと共通している点しかない。むしろ違う個所を見つける方が困難なくらいだ。


 認めたくないがここはゲームの世界。しかも私は悪役令嬢になってしまったようだ。


「ソルトって、ゲームでどうなるんだっけ!?」


 逃げられないのならば、突き進むしかない! 新しい紙に、今度は思い出せるだけのゲームの内容を書き込んでいく。


 『Sweet Loves』通称スイラブのヒロインは、平民街にある小さなお菓子屋さんのパティシエ見習。ヒロインは平民なのだが、属性魔法が『光』と判定された。ヒロインは皆が元気になるように、と店の商品に身体強化魔法や治癒魔法を付与させていく。その噂を聞きつけた攻略対象達が店に来店し、親交を深めていく。


 これを面白く思わなかったのが、悪役令嬢であるソルトだ。たかが平民であるヒロインが、皆に愛されている…その嫉妬心が、ヒロインに対しての嫌がらせに繋がっていくのだ。そして、ソルトの行動はどんどんエスカレートしていく。しかし、ヒロインと攻略対象達は協力していき、トラブルを解決させながら愛を育んでいく。


 ソルトの嫉妬心はどんどん膨れ上がり、やがて憎悪に変化していく。その憎悪の矛先はヒロイン以外にも向けられていく。ソルトは自分を愛してくれない国を滅ぼそうと自身の膨大な魔力を使い、召喚魔法で大悪魔を呼び出す。国を守るため、ヒロインと攻略対象達がソルトと対峙するのが最終局面だ。


「ソルトって悪役令嬢であり、ラスボスだったのよね」


 書き出してみるソルトという存在が、ゲームにおいていかに重要か理解する。言ってしまえば、ヒロインと攻略対象の最後の愛の試練だ。悪役令嬢とラスボスを兼任するなんて…ソルトはとても働き者だと感心してしまう。


 そして私は最も重要である、結末についての記憶を掘り起こした。


 どの攻略ルートの最終回でも、ソルトの運命を左右するのはヒロインと攻略対象の親密度の高さのみ。親密度が高ければ、ハッピーエンド。それ以外はバットエンドだ。


 ハッピーエンドならソルトがヒロイン達の優しさに触れて、自分が愛されていたことを知り、涙を流す。そして、自らの肉体に大悪魔を封印し微笑みながら消滅していく。ソルトのおかげで平和になった世界で、ヒロインと攻略対象が結ばれる。


 バットエンドなら、ヒロイン達の手を振り払い嫉妬と孤独に駆られた感情を利用され、大悪魔に肉体を乗っ取られる。世界を守るため、大悪魔もろともヒロイン達に倒され死亡。世界は平和になったが、ソルトを救えなかった罪悪感から、ヒロインが聖女になる道を選び攻略対象に別れを告げ旅に出る。


 つまり、ソルトの末路はハッピーであろうとバットであろうと、この世界から存在が消える…


「こんなのって…」


 ギリッと指に力が入る。ペンが折れてしまいそうなほど、強く握ってしまう。


「こんなのってないわ!」


 ソルトの末路を書き出し、私は思わず叫んでしまった。


「こんな…こんなことになったら…またスイーツを満喫できないじゃない!」


 ダンッ! とテーブルに拳を叩きつけてしまった。


 食べたいスイーツの種類はかなり多い。しかも、季節によって限定品があったり、パティシエ達が試行錯誤し生み出される新作のスイーツもある。それに私がまだ知らないスイーツもきっとある。


 前世と同じように若くして命を落としてしまったら…食べたいスイーツが全て味わう時間が足りない!


「それだけは、絶対に嫌!」


 前世ではさんざん我慢した大好きなスイーツ。いや、スイーツだけではない。スタイル維持のために、やれダイエットだのなんだのと言われ、大好きなお菓子すらも中々食べられなかったのだ。プロとして仕方ないことだったのかもしれない。でも、死に際に抱いた後悔…同じ思いなんてしたくない。


「消滅がソルトの…私の運命だっていうなら、抗ってやろうじゃない」


 今世では寿命を全うは勿論、スタイル維持を気にすることなく、老後までのんびりと食べたかったスイーツをたっぷりと堪能するのだ。そんな私の幸せ計画を邪魔しようというのなら、全力で立ち向かうしかない。運命という強大かつ漠然とした相手だけど、私は必ず打ち勝ってみせる!


「全ては充実したスイーツ生活のために!」


 声高々に宣言し拳を天井に向かって突き上げた。すると、ふわりと目の前に柔らかな光が現れた。


 ふわふわと目の前で浮く、白くて丸い光。不思議と恐怖心は無く、むしろ暖かささえ感じた。手を伸ばし光に触れると光は私の手に集まり、一つの個体となった。


「ノート…?」


 どこか見覚えのあるノートをパラパラと開いてみる。


「これって…」


 もう一度、ノートの表紙を確認する。自分の手にとても馴染む、どこにでもある大学ノート。中身を見ると、びっしりと雑誌の切り抜きがスクラップされている。洋菓子に和菓子、はたまたスナック菓子まで。


 そうだ…これは私が前世で大切にしていたスイーツスクラップノートだ!


 食べたかったスイーツやお菓子達の記事や情報をまとめておいた、大切なノート。仕事で疲れ果てた時、自分の欲望に負けそうになった時、どれだけこのノートに救われただろう。私にとって心の栄養剤だった大切なノートをギュッと抱きしめる。


 どうしてここに? と疑問が浮かんだが、ハッと気が付いた。


「これは…運命の女神様がスイーツを食べなさい、と私に言ってくれているのね!」


 運命の女神様の粋な計らいに、私は感動した。どこか冷静な自分が「いやいや…」と否定しているように思ったが、背中を自分でおした…もとい、女神さまに押された私には聞こえなかった。


 力強い後押しに、私はノートを胸に抱いたまま改めて宣言する。


「よぉーし!頑張って運命に立ち向かうわよぉ!」

「運命…ですか?」

「うひょわ!?」


 自分を鼓舞する私の声に返事が返ってきて、思わず変な声が出てしまった。


 ギギギ…と錆びたロボットのように、首を声の方に向けた。そこには、木製のティートロリーで紅茶などを運ぶアシドが不思議そうな顔で立っていた。


「ア、アシド!? いつの間に…」

「ノックはしたのですが、お返事がなく心配で…失礼ですが、勝手に入らせていただきました」


 ノックなんて全く聞こえなかった。でも、優秀なアシドが令嬢の部屋を不躾に入ってくるわけがない。自分の事に必死で周りの音をシャットダウンしてしまっていたのだろう。全面的に私が悪い。申し訳なさそうにするアシドに、私の良心がチクチク刺される。


 そんな私をよそに、アシドは机の上に目を向けていた。


「スイラブ?」


 ハッとして、慌てて紙を自分の体の下に隠そうとしたが遅かった。アシドはひょい、と一枚の紙を手に取ると、じっくりと内容を読み込んでいる。


 見られたぁ! という悲鳴は、私の心の中だけで木霊していった。

読んでいただき、ありがとうございます。

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