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第十八話

 ドルチェット家の優秀な執事であるアシドによって積み重ねられていく誤算は、アラモドの怒りを刺激しまくったようだ。忌々し気に吊り上げた瞳で私たちを睨むが、稚拙さを強化させただけの第一王子にそんなことをされても、恐れを抱くことはできない。


 平然としている私。その隣には軽蔑した目を向け続けるアシド。思い通りにならない私たちに、アラモドの癇癪が爆発した。


「その女は大罪人だ! 次期国王のこの俺の命に背き、あまつさえ不敬な言動をとった! さらに、その執事は暴言を吐いたのだぞ!? 従者の罪は主人たる、その女の罪だ!!」


 血走った眼で意味不明なことを吐くアラモドに、正直引いた。地団駄でも踏みそうな勢いのアラモドに、思わず息が零れてしまう。


「あんた何歳よ…暴言や不敬だって言ってるけど、結局は自分にとって不都合なことをしている人を罪人にしたいだけじゃない」


呆れ混じりの指摘に、アラモドは言葉に詰まっている。


「それに、私たちの発言が暴言だって言うなら、あんたはどうなのよ? パルフェ様に対して、酷いことばっかり言ってたじゃない」

「ハッ、酷いだと? 俺はあいつに、悪意に慣れさせる機会を与えてやったんだ」

「悪意に慣れさせる…?」


 意味は分からないが、聞き捨ててはいけない言葉の羅列が耳に入ってきた。気になる部分をなぞる私に向けて、アラモドは胸を張って声高々に答える。


「あぁ、そうだ。あいつの容姿は異質だからな。そういった悪意に今から慣れさせてやるのが、兄としての優しさってものだろ?」


 そう言い放つアラモドの自慢げな態度に、呆然としてしまう。


 パルフェへ向けられた言葉の刃たち。それがどれだけ彼の心を削ったか、私はその一端を目の当たりにした。私で見れたのだ。もっと近くで長い時間を共に過ごした、パルフェの家族であるアラモドが知らないとは言わせない。ましてや、こいつが元凶であるなら尚更だ。


 アラモドによって意図的に蒔かれてしまった、悪意の種。それが芽吹いたせいで深い傷を負ったパルフェ。心を痛める弟を見ても、兄であり痛みの原因である男は反省するどころか、その愚行を“優しさ”だと言い切りやがったのだ。


 自分の心がひどく荒立つ。私は大きく息を吸い込むと、胸の中を満たす不快なものを一気に吐き出した。


「馬っ鹿じゃないの!」


 私の中で暴れ回っていた感情は、部屋の空気を揺らすほどの声量へと化けた。全員の目がまん丸になろうと、私は口を閉じる気など毛頭ない。


「何が“悪意に慣れさせてやる”よ…そんなもの慣れるもんじゃないわ! ましてや、身内からの言葉はトラウマ級の傷を負わせるのよ!? そんなことも分からないの!? 兄として弟の気持ちすら見えていないの!?」


 アンチや愉快犯たちは、しょせん他人。傷つきはするが、心のどこかで割り切ることだって時間が経てばできる。けれど、家族は違う。身近な存在だからこそ、その傷は深く何年経っても癒えることはない。


 そんなことも考えられない人間が、国の頂点に立つなどありえない。


 捲し立て終えた私の脳内が急激に冷静なっていく。乱れた呼吸を整え、私はまっすぐにアラモドを見据える。


「自分は痛みから逃げるくせに、人のことは平気で人を傷つける。そんな人、王に相応しくない」


 ドルチェット家の証であるサファイアの瞳に第一王子を映し、力強い声でゆっくりと言葉を紡いだ。


 はっきりと真正面からの否定は、温室育ちのアラモドにとってよほど衝撃的だったのか、キャラメル色の瞳が限界まで見開かれている。彼の脳が私の言葉を咀嚼し終えた頃、体を震わせアラモドは沸き上がる感情のまま声を荒げだした。


「では、パルフェが王に相応しいというのか!? 第一王子はこの俺だぞ!」

「どっちが王に相応しいなんて、私には分からないわよ。でも、生まれた順番なんか関係ないでしょ」

「なっ!?」

「ただ一つ言えるのは…パルフェ様はあんたと違って、現実から逃げずに人の心に寄り添う強さを持っている。それだけよ」


 心を削られる原因が兄である現実と向き合っても、パルフェはアラモドを決して責めなかった。かつて感じたアラモドの優しさの欠片の残骸を信じながらでも、パルフェは変わってしまった兄と向き合う覚悟を決めたのだ。


 騎士団長のホウルが言っていた、逃げない覚悟。その教えを胸に抱き、パルフェは腹を括った。目の前の第一王子よりも幼い年齢であるにもかかわらず、だ。


 それが王として必要なものというならば、王位継承争いの勝敗は見えたも同然。


「国民を守るために王として必要なものを、あんたは持ってないわ」


 アラモドの荒ぶった感情は私の言葉によってねじ伏せられた。と思っていたが、どうやら彼の怒りの炎はそう簡単には鎮火できなかったようだ。


「ふざけるな…パルフェを王にはさせない!」


 もう何度目かわからない怒声に、私もアシドも呆れ返ってしまう。それでも、アラモドは怒りの咆哮は止まることが無かった。


「パルフェが王座に就けば、他国との交流の場に姿を現さなければならないのだぞ! その意味が分かっているのか!?」


 何を当たり前のことを言っているのだろうか。


 国同士の関係性を円滑にさせるために、国王が他国の人間と接するのは当然のこと。誰でも分かることだ。そんな簡単なことをアラモドが何故、今この場でその話題が出してきたのか…その真意が分からず、ただ静かに彼の言葉の続きを待つしかない。


「国内でも蔑む者がいるのに他国に行けばあいつは…あの異質な容姿はきっと見世物のようになる! 半分とはいえ、俺と同じ血を持つ者だぞ! そんな屈辱的なことさせられるか! だから、俺が王にならないといけないんだ!!」


 アラモドの本心に、私は衝撃を受けた。


「それって…」


 アラモドの本心と王位にこだわる本当の理由。それは私に大きな衝撃を与えた。


 はぁはぁ、と息を切らせながら心の内側をぶつけてきたアラモド。私は拳を軽く握った。


「そう思っているなら…どうしてパルフェ様を傷つけるようなことをするのよ!?」


 本当は弟のことを守りたいはずなのに…その思いが妙な方向へねじ曲がってしまった、不器用な少年。王位継承争いの重圧が彼をそうさせたのか、それとも薄気味悪い男の手引きなのか分からない。でも、今の言葉を聞いて、アラモドの中にはまだパルフェが信じる欠片が息づいていることだけは分かる。


 失わせてはいけないものの息を吹き返させたい。そんな強い想いを込めた私の言葉に、アラモドがすぐさま反論してきた。


「俺だって最初は王族の権威を使って、周りの奴らを黙らせてきた! だが、あいつへの悪意が止むことはなかった…だったら、もう悪意に慣れさせるしか―」

「物理的に守るんじゃない! パルフェ様の心を守ってあげればよかったのよ!!」

「こ…ころ…?」

「そうよ! 周りの声をかき消すくらいに家族として…兄として、肩を並べてたった一言“大丈夫だ”って言ってあげればよかったのよ!」


 アラモドにとって浮かびもしなかった考えなのだろう。目を白黒させてながら、猪みたいだった勢いが徐々に弱まっていく。


「そんな言葉だけで…」

「小さなことで、人は救われるものよ!」


 瞬時の断言によって、アラモドの勢いは完全に失われた。呆然となっているアラモドに、私の興奮もゆっくりと静まっていく。


「パルフェ様が言ってたわ。子供の頃、泣いていた自分に兄上がおやつを分けてくれたって…その優しさが嬉しかったって」


 幼き日の思い出が彼の中でよみがえったのか、アラモドの瞳が揺らいだ。


「そんな些細なこと…あいつは嬉しかったのか…?」

「向けられた優しさに大きさは関係ない。大切なのは、ちゃんと相手だけを見ているかどうかよ」


 どれだけ親切にしてもらっても、そこに別の目的があればそれは一瞬にして色褪せる。でも、本気でその人のことだけを思いやっての行動は、多少皮肉めいていたとしても相手に優しい本心を届けられる。


 生まれた世界が違っても、人の心根はきっと変わりはしない。


 前世で私が学んだことを、不器用なお兄さんに諭すように告げる。すると彼は黙り込み、何かを考えるように少し間をおいてから顔を俯かせた。


「俺は…間違っていたのか…?」


 ぽつりと落とされたアラモドの言葉に、ビタネスが小さく舌打ちをした。アラモドの耳元に近づくと、そっ…と囁く。


「アラモド様、このような小娘の言葉に耳を傾ける必要はありません。あなたは正しいのです。王族であり、次期国王であるアラモド様の言葉に反する者が愚かなだけです」

「ビタ、ネス…?」


 ビタネスの姿を映した途端、アラモドの瞳に陰りがさした。


「そうだ…俺は正しい…ビタネスがそう教えてくれたんだ…俺は間違えてなんか…」


 ブツブツと呪文のように小声を繰り返すアラモドに、ビタネスが満足そうに笑んでいる。


 やっぱり、アラモドがねじ曲がったのはコイツのせいだったんだ!!


 アラモドの本心を邪魔するビタネスの呪詛。彼に絡みついて離れないそれを排除すべく、私は全力で言葉を投げかけていく。


「あんた第一王子なんでしょ!? だったら、いい加減自分の頭で考えなさい! そんな薄気味悪い男の意見一つでグラついてんじゃないわよ!」

「俺は…俺は…」

「あんたの脳みそは、その男にくっついてんの!? 違うでしょ! アラモド・テイストの本心は、アラモド・テイストだけが知るものなのよ!」

「俺の…本心…? ぅぐっ!」


 頭を抱え、ふらつくアラモドの体から何かが立ち上った。浮かび上がる黒い靄のようなものから感じるのは、魔力だ。


「何、あれ?」

「あぁ! もう、面倒だ!」


 ビタネスは苛立ったように声を荒げると、アラモドの腕を乱暴に掴んだ。突然の出来事に私とアシドは状況が読み込めず、ただ驚いてビタネスたちを見ることしかできない。


「悪役令嬢でなくとも、召喚くらい王族を使えば事足りる!」

「ビタネス…?」


 状況が理解できないのはアラモドも同じようだ。目を丸くしているアラモドを無視して、ビタネスは不敵な笑みを浮かべた。そして靄に手を翳し、自身の魔力を込めだした。靄はビタネスの魔力を受けた瞬間、禍々しい魔力を放つ魔法陣へと姿を変えた。


「できた…できたぞ! 召喚魔法の完成だ!! あとは贄だ!」


 歓喜の声を上げビタネスが魔法陣に差し出すは、アラモドだ。生まれた魔法陣は、アラモドの肉体に埋め込まれた。己の肉体に浮かび上がる魔法陣に、アラモドはぎょっとしている。


「なっ!? これは…!」

「な、なに…?」

「まさか…アラモド様をお嬢様の代わりにしようとしているのか!?」


 私の代わり、ということは…アラモドを召喚魔法の生贄ってこと!?


「そんな…! 止めないと!」

「駄目だ!!」

「でも!」

「お前まで巻き込まれるぞ!」


 アラモドへ伸ばした手を、アシドが止める。駆け寄ろうとした私をアシドは抱え込み、可能な限りビタネスたちから距離を取った。口調が素に戻っていることから、アシドが相当焦っていることが分かる。


 アシドの腕の中で私はアラモドに目を向けた。ビタネスが魔法陣に再び魔力を込めると、アラモドの体から魔力が吸い出されていく。抜け落ちた魔力が集まるのは、身体に浮かび上がっている魔法陣。強制的な魔力の搾取は、アラモドの顔を苦痛で歪ませていく。


「ビ、タ…ネス…なぜ…?」

「もうお前は用なしだ。さっさと贄となれ」

「ふざけ…ぁぐっ!」


 苦し気な声を上げながら抵抗していたアラモドだったが、やがてその声も腕も力を失くした。魔力が空っぽになった肉体に注がれるのは、ビタネスの禍々しい魔力だ。魔法陣を介して、禍々しい魔力にアラモドが飲まれていくほどに、ビタネスの不気味な笑みは深まっていく。


「やっとだ…やっと我が肉体が返ってくる!!」


 狂気的な声を上げながら歓喜しているビタネスの姿は、人とは思えないほどに恐ろしいものだった。震える私の身体を抱き込んだアシドの表情が険しくなっていく。


 アラモドの意識までもがビタネスの魔力に支配されてしまった。すると、この時を待っていたとばかりに、ビタネスの唇がゆっくりと開いていく。


「“異界者の誕生(バリエントバース)”」


 魔法が発動した瞬間、ビタネスの肉体からどす黒い何かが抜け出していった。


読んでいただき、ありがとうございます。


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