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第十七話

 トンッと足先から伝わってくる固い感触。それを合図にアシドの腕の力が緩まった。アシドから解放された私は転移魔法の到着地を確認すべく、ゆっくりと瞼を持ち上げる。


「ここは…?」


 目の前に広がる景色、とういうか内装はあまりに殺風景だった。


 灰色の石壁に囲まれた空間。天井と扉があるので、室内であることは間違いないだろう。しかし、この部屋には椅子もテーブルも何もない。唯一の装飾といえば、石の壁に飾られた王家の紋章くらいだった。


 ここがどこなのか全くわからず、キョロキョロと周辺を見回す。そんな私とは対称的に、アシドは大きな存在感を放つ紋章を見ただけでこの部屋の名称が特定できたようだ。


「儀式の間、か…」

「瞬時に当てるとは…さすが、アシド・トリートだな」


 背後から聞こえてきた、覚えの声。勢いよく振り返ると、そこに立っていたのは予想通りの人物たちだった。


「アラモド様、ビタネス様」


 固い声が彼らの名を紡ぐ。腕を組んでいるアラモドがフンッと鼻を鳴らした。


「久しぶりだな、ソルト嬢」

「…何か用ですか?」


 率直な質問にアラモの顔が不快そうに歪む。


「この俺に挨拶も無しに問うとは…礼儀がなってないな」

「誘拐まがいなことをする人に、礼儀を問われる筋合いはありません」


 敬語を使っているだけでもありがたいと思え、と副音声を交え、傲慢な第一王子と向き合う。私の態度にアラモドの機嫌はさらに降下していった。


「この俺が国王になったら、ドルチェット家の教育方針は一から見直す必要があるな」

「どうぞご自由に。そんな未来など生涯こないでしょうけど、妄想するのは個人の自由ですからね」


 お前に王など無理だ、という特大の嫌味を添えた言葉。とどめに、ハンッ! と鼻で笑ってやった。


 アラモドの顔がみるみる赤く染まっていき、肩が怒りでわなわなと震えている。感情を全身で表現しているアラモドはちょっとした玩具のようで、ある意味で面白い。


「このっ!」

「殿下、まずは目的を果たしましょう」


 アラモドの怒声を制したのは、またもやビタネスだ。


 薄気味悪い声に私の肩がピクリッと跳ねてしまう。その僅かな反応をアシドは見逃さなかった。すぐに一歩ほど前に出て、私とビタネスたちの間にその身を滑り込ませてくれる。


「アシド…」

「俺がいる」


 端的で私にだけしか聞こえないような小さな囁き。でもその声は力強く、絶対的な自信に満ちていた。


 アシドが傍にいてくれる。


 そう思った瞬間、ビタネスに対する異常なまでの恐怖が体から抜け落ちていく。以前の恐怖が嘘のように消え失せ、ひどく凪いだ心で血色の悪い男を見ることができた。私は一つ深呼吸すると、顔を引き締め対峙すべき彼らを見据える。


 アシドはほんの一瞬フッと笑んでくれたが、すぐにその表情は執事の彼に戻された。


「恐れながら、目的とは何でございましょうか?」

「孤児院出身の者が、出しゃばるな」

「そうはいきません」


 嫌悪感丸出しのビタネスの言葉を、アシドは一蹴した。


「私はお嬢様を護るよう命じられております。お嬢様の身を危険にさらすというならば、いくら殿下や伯爵様であっても排除対象となります」


 レンズの奥の瞳が細められる。騎士団長と互角に渡り合えるほどの実力者から放たれる殺気。それは軽くであったとしても、アラモドとビタネスを黙らせるには十分なものだった。


「もう一度、お伺いいたします。第一王子であるアラモド様がこのような誘拐まがいのことを、公爵家の長女であるお嬢様になさった理由をお教えいただけますでしょうか?」


 圧をかけて再び問うと、アラモドから小さな悲鳴が上がる。


 アシドの静かな威圧。彼の怒りを何度もかっている私はその恐ろしさを身をもってよく知っているので、アラモドには少しだけ同情した。


 怯むアラモドにビタネスは小さく舌を打つと、渋々といった感じでアシドの質問に答えていく。


「その令嬢の持つ魔力が必要なのだ」

「私の魔力…?」


 目的を聞いても、いまいち芯の部分が理解できない。疑問符を浮かべる私と違って、アシドは彼らの目的が分かったのか「そういうことか…」と納得していた。


 私はアシドに顔を向ける。言葉にせずとも私の脳内の疑問を読み取った優秀な執事は、解説を始めてくれた。


「ここは確かに王宮内にある儀式の間ですが、別名『契約の間』とも呼ばれています」

「儀式? 契約?」

「儀式とは、天使や悪魔といった異界の者たちへ、人間側から意図的に接触することです。神の使いである天使からはお告げや天啓を頂戴し、悪魔には奴らの同胞への対処を願うのです」


 そのようなものがあるとは知らなかった。物知りなアシドに更なる教えを乞う。


「お告げとかは分かるけど、悪魔の“同胞への対処”ってどういうこと?」

「悪魔は人の欲望を好んで食します。より上質な欲を摂取するために人の心に住み着き、その者の欲を増幅させます。人の欲望などは、王宮魔法師であっても祓いきれるものではありません。だから同胞である悪魔に対処方法の教示を受けるのです。時には悪魔へ協力を願い、生み出された邪悪なモノを彼らに食ってもらいます」


 なるほど。悪魔のことを知っているのは悪魔、餅は餅屋ということなのだろう。でも、この場所にこだわる理由はまだ不明だ。


「教会ではできないことなの?」

「できなくはありません。しかし、問題は契約の方なのです」

「契約って、異界の者と?」

「そうです。“闇”の属性魔法に適した者のみが使える古代魔法…召喚獣との契約です」


 召喚獣。すっかり忘れていた存在だ。確か “闇”の属性魔法によって召喚された異界の生物のことだったはず。でも“闇”の属性魔法で、その異形の生物と契約をするなんて聞いたことがない。


「契約なんて出来るものなの?」

「前例はあまりありませんが、可能ではあります」

「契約ってそんなに難しいことなの?」


 純粋な疑問に、アシドが険しい表情を浮かべる。


「召喚獣はとても気紛れです。その場一回限りの命令ならば従いますが、契約となれば話は別です。召喚主に興味がなければ契約を持ちかけた瞬間、襲ってくる奴が少なくありません」

「襲ってくるの!? そのまま帰ってくれないの!?」

「儀式と違い、契約とは異界の者を従えるのが目的です。非力な人を主にするということは、奴らにとって屈辱的なのかもしれません」


 契約とはつまり主従関係を結ぶということ。強者故にその矜持は高く、仕えるべき主は選ぶということなのだろうか…ゴクリッと固唾を呑んだ。


「“闇”の属性魔法が使える者は、ごく僅かです。だからいざという時、召喚主を守るために召喚時には複数の護衛が側で待機しております」


 そこまで聞いて、私はようやくこの部屋の存在意義を理解した。


 異界の者からの護衛とはきっと激しい戦闘のことだ。そんなものが教会で起こってしまえば、街に被害が及ぶ可能性が高い。だから王令で強者を招集しやすい王宮に、頑丈な石壁で囲ったこの部屋を作ったのだろう。装飾が無いのは、そんなものしても意味がないと判断したからかもしれない。


 ふむふむ、と一人頷く。さすが、アシド。私でもすぐに納得できる、分かりやすく丁寧な説明だ。そう言えば、私の属性魔法は”闇”だったなぁとぼんやり思い出す。


「ん? じゃあ、私を連れてきたのって…」

「そうだ!」


 私の言葉を遮って、アラモドが無駄に張り上げた声で会話に割り込んできた。


「ソルト・ドルチェット! この場で古代魔法を使い、召喚獣を俺に捧げよ!」

「嫌ですけど」

「は?」


 先ほどまでの怯えを無かったことにし、声高々に横柄にも命令してくるアラモドに白い目を向けてしまう。きっぱりと拒否を示されたことが予想外だったのか、アラモドは呆気に取られていた。


「なんだ、その顔は…というか、今なんと―」

「い・や、だと言ったのです」


 アラモドの言葉を遮って、拒否の部分を強調しつつ私は再度伝えた。


 内容によっては協力してやってもいい。だが、誘拐まがいな方法で連れてきたのだ。目的は絶対に碌なものではない。それに、異界の生物を召喚する危険性を聞いた直後。おいそれと、首を縦には振ることはできない。


「召喚してほしいなら、それなりの誠意を見せてください。例えば…特大のバケツプリンを持ってくるとか!」

「結局そこですか」

「スイーツと話の内容次第では協力してあげます!」


 お願いするときに茶菓子の一つでも用意するのは、当然なことだ。例えアシドが呆れていようと、その権利を捨てるなどあり得ない。


 フンッ、と毅然とした態度の私に、アラモドの怒りの炎が再び燃え上がった。


「ふざけるなよ…! お前の意思など関係ない! ビタネス!!」


 アラモドが男の名を叫ぶのとほぼ同時に、ビタネスの手に魔力が集中していく。何をする気なのか分からず、首を傾げているとアラモドがニヤッと嫌な笑みを浮かべた。


「“闇”の属性魔法の適合者が、お前だけだと思うなよ。ここにいるビタネスも属性魔法が“闇”なのだ!」

「なっ!?」


 驚愕の声をこぼす私の身体に魔法陣が浮かび上がっていく。準備が整ったのか、ビタネスは勝ち誇ったような笑みを向ける。


「ソルト・ドルチェット…次期国王であるアラモド様ために、その命を使うこと光栄に思うがいい」

「は…? 命って…!?」


 私が問う前に魔法陣が禍々しい光を放ちだした。転移魔法の時と同じように、こちらの意思に関係なく強制的に発動させるつもりだ。


 よく分からないけど、このままでは発動させてはいけない! 命をどうのって言っていたし…!


 慌ててビタネスを止めようとした矢先、私の耳に届いたのは空気を切る風の音。


「ぎゃあ!!」


 次いで聞こえてきたのは、ビタネスの悲鳴。何が起こったのか分からなかったが、ビタネスの手から流れる血を見てぎょっとしてしまう。


「風の刃です。これくらいなら、魔力操作のみで生み出せます」


 そう説明しながら、アシドは手元で風を遊ばせていた。


 風の刃で切れた腕を押さえ痛みに耐えながら、ビタネスは自分を害した人間へ怒声をぶつける。


「き、貴様! この伯爵たる私に傷をつけるなど―」

「黙れ」


 鋭く低い声がビタネスの悲痛な喚きを征した。アシドの瞳は見たことがないほどに冷たく、真冬の氷柱のような鋭利なものとなっていた。長年一緒にいるが、アシドのこれほどまで冷ややかな怒りを見るのは初めてだ。


「伯爵ごときが、公爵令嬢であるお嬢様を害そうとした…これは正当防衛です」

「くそっ!」


 ビタネスは自身の影に手を置くと、新たな魔法を唱える。


「“異界の影(バリエントシャドウ)”!」


 ビタネスの影がおどろおどろしく蠢きだす。蠢く影は何匹もの魔物を吐き出した。飛び出してきた魔物たちは私の目を大きく見開かせていく。


「あれって、あの時の…!」


 ビタネスの影から、現れた魔物。それはお茶会の時に見た、あの狼の魔物だった。見覚えのある魔物たちに、アシドの瞳にますます憤りが宿っていく。


「お前が犯人だったか…今、王宮内にいる魔物もお前の影の魔物か?」

「だったら何だ? いけ、我が影の獣よ!」


 ビタネスの指示を受けた瞬間、魔物たちが一斉に襲い掛かってきた。身構える私と違ってアシドは落ち着ている。むき出しにされた鋭い牙のおぞましさに怯えることも無く、魔物を処理するために魔力を込めた言葉を淡々と放った。


「“風の旋風漸(ワールウィンドエッジ)”」


 アシドが魔法を唱えた瞬間、旋風が部屋を埋め尽くす。反射的に目を閉じてしまうほどに強烈な風は、数秒後には消え去った。空気が落ち着きを取り戻したタイミングで目を開けると…すべての魔物が致命傷というべき場所に傷を負い、サラサラとその肉体を塵へと返していた。


「う、嘘だろ…あれだけの数をたった一撃で…詠唱魔法でもないのに…!」


 恐ろしいほどの強さを持つアシドに、アラモドが愕然とした声を上げる。


 アシドが強いことはもちろん知っていた。それこそ、騎士団長のホウルと渡り合えるほどの実力だということも。だが、正直ここまでとは思わず頬が引き攣っていく。


 アシドの予想外の豪傑さに、魔物の主であるビタネスが言葉を失う気持ちもよく分かる。


「お前たちの目的は分かっている」


 執事モードが完全に剥がれたアシドに、ビタネスは肩を震わせた。


「この魔物たちは所詮、影で作り出された偽物だ。その男の微弱な魔力では契約どころか、異界の生物を召喚することすらできない。だから、お嬢様の膨大な魔力を糧にして召喚魔法を発動し、上位の異界の者を従えようとした…違うか?」


 何それ、聞いてない!? つまり私は生贄にされるところだったということだ。


「お嬢様がお前たちの言う通りにしても、上位の異界の者を召喚するには魔力以外の代償が必要だ。それを何にするつもりだったかは知らないが、少なくともお嬢様の生死に関わるものであることに変わりはないだろうな」


 アシドの推測をアラモドたちはただ黙って聞いていた。だが、その表情が悔しそうに歪んでいることから、アシドの指摘は肯定されたも同然だ。


 押し黙ることしかできない二人の男たちに、アシドはゴミでも見るような視線を向ける。


「己の不足を一人の少女にすべて背負わせるなど…王族である前に、人間として情けない」


 軽蔑を込めた言葉に、アラモドが食って掛かる。


「次期国王たる俺になんたる―」

「先ほど」


 アシドがアラモドの言葉を遮った。執事如きが、第一王子の発言を妨げるなど普通ではあり得ない。だが、この場を制しているのは、圧倒的強者であるアシドだ。さすがのアラモドでも、それは理解しているのだろう。大人しくなったアラモドに向けて、アシドは続きを話す。


「私たちは、転移魔法でここに転移させられました。魔法陣も無い場所で突然…そんなことができるのは、ただ一つ」


 アシドの眼鏡がキラリと鋭く光る。一応第一王子に対してだからなのか、それとも少し落ち着きを取り戻したからなのか、アシドの口調に執事の要素が戻ってきた。


「王族のみに使用が許されている特別な転移魔法陣。それしかございません」


 淡々と事実だけを告げるアシドはまるで機械のようだった。無機質な彼の声音で、私はアシドが本気で怒っていることを察せた。味方であっても、恐怖を抱いてしまう。


「そして、それは重罪人が逃亡した際に使用するものと記憶しております」


 アシドの瞳が不快そうに歪む。当然だ。アラモドの行動は、私が大罪を犯した犯罪者だと宣言しているようなもの。とんでもない侮辱だ。


 私も文句の一つでも言ってやりたいが、アシドの静かな怒りに圧され言葉が喉に押しこまれる。


「故に、この転移魔法陣を使用するには陛下や騎士団長、さらには最低でも王宮魔法師一人の許可がなければ使用が許可されておりません。此度の使用は、果たして何人の許可があってのものなのでしょうか?」


 ビクッと、分かりやすいくらいにアラモドの肩が跳ね上がる。


 アラモドの反応を見るに、正式な許可も無く特別な転移魔法陣を勝手に持ち出したことは間違いないだろう。そして、それを促したのは恐らく…


 チラッと、ビタネスに目を向ける。腕の傷の痛みからなのか、それとも禁忌を犯したことを指摘されたからなのか、ビタネスの顔色がますます悪くなっている。


「執事如きが何故…王族のみに許された魔法を知っている…!」


 爪先を噛みながら忌々しそうにアシドを睨みつけるビタネス。ブツブツと小言をこぼす男に、アシドはフンッと鼻を軽く鳴らした。


 王族だろうと勝手に持ち出すことが禁じられている魔法。その存在を知る人物は少ないから、ばれないとでも彼らは思っていたのかもしれない。だが、この世界のことを前世で知っているアシドという優秀な執事の知識にはそんな小賢しい考えなど通用しなかったようだ。


 ちなみに、スイーツにしか興味がなかった私は当然知りもしなかった。


「許可も得ていない転移魔法陣を使用し、公爵令嬢を誘拐。加えて、本人の意思に関係なく儀式の贄にしようとした…大罪人として扱うべきは誰なのか、子供でも分かるとは思いませんか?」


 口元だけの笑みを、顔に張り付けるアシド。第一王子だろうと貴族だろうと、アシドの絶対零度の営業スマイルの前では、その権威は何の意味をなさないみたいだ。


 私、あれだけアシドを怒らせておいてよく無事でいられたなぁ…などと、どこか場違いな感想が脳裏をよぎっていった。


読んでいただき、ありがとうございます。


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