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第十六話

 パルフェとシエルの口喧嘩が落ち着いたところで、先ほど話題に出てきた男について情報を収集することにした。


「ビタネスという男について、何か知っている人はいませんか?」


 訓練場にも表れた薄気味悪い貴族、ビタネス。あの男の薄ら笑顔を思い出すだけで、背中に悪寒が走る。


「ビタネス・アピタイトのことですね…僕もその調査結果を本日受け取りました。どうやら兄上と、とても親身にしている貴族のようです」


 最初に口を開いたのは、パルフェだった。あのお茶会の後、パルフェは兄であるアラモドに助言をしていたビタネスが気になり、独自に調べていたようだ。報告された内容は早急にまとめる必要がある。だから、今日彼は訓練に参加できなかったのだとすぐに察せた。


 神妙な面持ちのパルフェを見る限り、ビタネスに対してあまりいい印象を抱けない調査結果だったことが安易に予想できる。


 パルフェがより詳しい情報を提示してくれる前に、この世界に詳しい二人に質問を投げてみた。


「シエルちゃんやアシドは、何か知っている?」

「申し訳ありません…私は何も知りません」

「伯爵家である、ということしか私も存じません」

「そう…」


 二人が知らない、ということは…ビタネスはゲームのキャラクターではないということだろうか。しかしそれを否定するかの如く、私の中にある引っ掛かりは消えてくれない。


 言葉では表現できない気持ち悪さに頭を悩ませていると、パルフェが淡々と報告内容を発表していく。


「ビタネス・アピタイト…爵位は伯爵。貴族の中でも野心が強い男で、僕と兄上の継承争いには常に中立を保っていました」

「パルフェとアラモド様…どちらが国王になっても、すぐに擦り寄れるような立場を伯爵は守っていた、てことだな」


 ホウルの包み隠さない言葉に、パルフェはコクリと頷いた。


 どうやらビタネスという男は計算高く強かな精神の持ち主のらしいが、私にはどうも腑に落ちない箇所が複数ある。


「でも、今のビタネスは違いますよね? 誰がどう見ても、アラモド様の派閥に入っているとしか思えません。それに、あの男を見る限りそんな打算的な人間には見えないです」


 納得できないことを、私はそのまま口にした。


 先日開かれた、パルフェの婚約者選びが目的のお茶会。参加していたのは、王族の伴侶にふさわしい貴族、すなわちこの国にとって重要視されている家名ばかりだと、子供でも分かることだ。そんな高位の者たちの前で、ビタネスはアラモドの隣を陣取り、暴走しかけた第一王子を制止できるほどの発言力があることを周囲に見せつけた。それは、自身がアラモドの派閥に入っています、と周囲に宣言しているようなものだ。第二王子であるパルフェが国王になることを望む者が出席している可能性がある場で、そのような行動は中立を保ってきた人間として軽率であるとしか言えない。


 先ほどの訓練場でもそうだ。突然現れ、聞かれてもいないのに自分から伯爵家だとわざわざ言い放ち、その権威をたかだか十歳の子供に振りかざす大人気なさ。家名に爵位こそ無いが、王宮の中では上位の役職を与えられている強者たちの子息に対しての傲慢な態度。極めつけは自身の苛立ちを隠すどころか、“爪を噛む”という行動で心情を露わにする幼稚さ。


 狡猾な人間が、そんな浅はかな行動ばかりとるだろうか?


「私にはビタネスという男は、軽薄で権力を欲している小物にしか見えません」

「小物って…お嬢ちゃん、言うねぇ」


 さすが肝っ玉令嬢、と茶化すようなホウルの鳩尾にアシドの肘鉄が入った。衝撃に悶える父親に、ケイクの呆れた息が落ちる。ホウルのことを無視して、話は続いていく。


「僕もそこは気になっていました。僕の知っているアピタイト卿にしては、何もかもが無考えすぎるので…だから、彼を知る人に色々話を聞いてみました。すると全員が同じこと口にしたんです」

「同じこと?」


 パルフェは深く頷くと、重々しく口を開いた。


「ここ数年前からアピタイト卿は人が変わったようだ、と…そのような証言ばかりでした。彼らの表情を見る限り、その変化がいい方向のものではないことは確実でしょう。そして王宮内では、兄上も変わってしまい嘆いている従者が多い、という報告を受けました」

「アラモド様も?」


 あの馬鹿…もとい、アラモドが変わったというのは本当なのだろうか?


 嘆いているということは、良いものが悪い方へ傾いてしまったということだ。あの傲慢で意地の悪いアラモドに善良だった時などがあったのかと、疑心の気持ちが胸中を埋め尽くす。


 そんな考えが全面に出ていたのか、パルフェは苦笑気味に私の疑心を払おうとする。


「短気で自信家ではありますが、兄上は優しい人ですよ。小さい頃は僕が泣いていると、ご自分のおやつをこっそりわけてくれたりして…」

「それは、いい人ですね」


 生まれてから一桁の年数しか生きていない頃に、自分のお菓子を年下に渡せる者に悪い人はいない。


 私の中でアラモドの株がほんの少しだけ上がった。


「でも渡すときに『施しを与えてやる』なんて、余計な一言を添えてしまう人なんです」

「それは、人として最低ですね」


 前言撤回。やはり、奴は傲慢だ。アラモドの株が一気に暴落していく音が、自分の中ではっきり聞こえた。


 すぐさま真逆の意見を述べる私に、こいつ…とでも言いたげなアシドの視線が突き刺さるが、気にしない。だって人の心は毎秒変わっていくものだから。


 私の物言いに、パルフェはクスクスと小さく笑う。


「兄上の言葉は確かに刺々しいかもしれません。けど…それでも、僕は嬉しかったんです。異端だと周囲が気味悪がった僕に、不器用ですが確かな優しさを向けてくれた、たった一人の兄だから」


 そう呟くパルフェの瞳に、柔らかな光が宿った。きっと彼が見つめているのは、在りし日なのだろう。昔を懐かしんでいるのは、パルフェだけではないようだ。いつの間にか肘鉄の痛みから復活したホウルがしみじみとしている。


「そういや、俺が訓練でパルフェを少しでも強く打ち負かせば、アラモド様が突っかかってきたもんだ。『王族を侮辱する気かぁ!』ってな」


 カラカラと笑いながらの思い出話に、パルフェも懐かし気に頷いている。


 王族だろうと訓練なのだから多少の怪我は承知の上のはず。だがアラモドの怒りの動力となっていたのは、パルフェの傷であることは間違いないだろう。王族としてのプライドが混入しているせいで言葉はアレだが、客観的に見ると、アラモドのことを弟思いのいい兄だと思えるエピソードではある。


「兄上は王族としての矜持が高い人です。しかし、あれほど気性は荒くはありませんでした。後継者争いだって、ここまで過激ではなかったんです。あの男と親しくなるまでは…」

「アピタイト卿が何か吹き込んだ、と…パルフェ様はお考えなのですか?」


 固有名詞を出してのラートの推測に、パルフェは眉を下げて曖昧な笑みを浮かべた。


「決定的なものが無いので分かりません。あくまで、可能性の話ですが…」

「パルフェ。目を背けるな」


 鋭い声音に、パルフェの肩が微かに跳ねる。先ほどとは打って変わって、ホウルの纏う空気はとても厳しいものだ。騎士団長として存在感を放つホウルに、私までも驚いてしまった。


 剣の師の顔色を伺うように、パルフェの顔がそろりと動く。その表情は、怒られることを待っている子供のように弱々しい。


「お前も分かっているんだろ? アラモド様がアピタイト卿の影響を完全に受けていること」

「それはっ…」

「アラモド様がお前を目の敵にし始めたのは、あの男を城内で見かけるようになってからだ。お前ことを『呪い子』だと言い始めたのも、あの男と親しくなってから…その容姿のことを、呪いだ、異端だ、気味が悪いだのと言っている奴らの声が大きくなり始めたのも、残念ながら同じ時期だ」


 城内のことをしっかりと把握している騎士団長の言葉は、どれも説得力があった。そしてそれは、パルフェにとって残酷な現実を突きつける刃となっていく。


「アラモド様が手を回していることなんて、俺でも想像できるんだ。お前が気づかないはずがない」

「そん、なことは…」

「パルフェ」


 ホウルはパルフェの両肩に手を置くと、膝をついた。揺れる深紅の瞳と、力強い炎の瞳が交わる。


「現実を受け止めろ。辛いからといって逃げ出すなんて、王族として赦されないことだ」


 パルフェの顔が強張った瞬間、思わず二人の間に口をはさんでしまう。


「ちょ、パルフェ様はまだ十歳なんですよ!?」

「そうです! いくらなんでも厳しすぎます!」


 いくらしっかりしていても、例え魔王に進化した王子だとしても、彼はまだ十歳の子供であることを忘れてはいけない。兄の心のない言動に傷つくのは当たり前だし、王族の重責を乗せるには彼の背中はあまりに小さすぎる。


 大切な幼馴染を守ろうとシエルも声を荒げた。だが、ホウルは淡々と言葉を紡いでいくだけだ。


「年齢なんて関係ない。それに逃げてどうする? 誰かがどうにかしてくれるのか?」


 鋭い炎に射貫かれ、私たちは息を呑んだ。助けを求めるようにアシドたちに目を向けるが、ホウルの言うことは正論でもあるので、誰も何も発言しない。ホウルの声だけが、部屋に響いていく。


「残酷な現実を突き付けられても、背を向けちゃいけないんだ。苦しくとも、向き合っていく覚悟がある者だけが、人を…国民を導いていける。そういったことから逃げるような人間に、王なんて務まらない」


 その言葉に、私は驚いた。


 今、彼は“王”と言った。それは、パルフェが国王になる未来を見越しての発言ということになる。つまり、ホウルはパルフェが次期国王になることを望んでいると、はっきり本人に伝えたのだ。


 騎士団長の宣言は私だけでなく、アシドやシエルたちの目も見開かせていた。唯一平然としているのは、ホウルの息子であるケイクぐらいだ。


「騎士団は、愚王に捧げる剣なんぞ持ち合わせていない。何より…師として、お前にそんな情けない道を歩ませる気もねぇ」


 真っ直ぐに熱い思いを告げる騎士団長。師からの力強い炎を向けられ、パルフェは拳を固く握りしめた。


「分かっています…! あの男のせいで、兄上が変わってしまったことくらい! でも僕は、兄上の優しさも知っているんです…だから…!」

「パルフェ様…」


 “王”としての責任と、弟として兄を見捨てたくないという気持ち。二つの錘がパルフェに重くのしかかる。その重圧に潰されないように必死なのだろう。パルフェらしくない荒々しい声が徐々に大きなっていく。思わずその細い肩に手を置くと小刻みな振動を感じた。パルフェの葛藤が、ひしひしと手の平から私の心へと伝わってきて胸が苦しくなる。


 名を呼ばれ、パルフェの意識が思考の海から現実へと強制的に引き上げられた。ハッとしたように、苦し気に歪められた瞳に私を映す。


「っ…すみません、取り乱しました」

「取り乱したっていいんです!」


 私の全力の否定に、パルフェの瞳が大きく見開かれる。


 お茶会の時に見せた、何かに耐えるような笑顔。優しいけど、どこか無理をしているような表情。こんなの顔、子供がしていいものではない。


 本当の気持ちに蓋をする偽りの仮面をパルフェから引き剥がしたくて、私は声を張り上げた。


「感情を抑え込まなくてもいいんです! 思っていることや伝えたいことは、言葉にしないと誰にも分かりません! ぶつかり合わないと、理解できないことだってあります!」


 強く握りしめられた彼の拳を、私は両手でギュウゥと包み込んだ。固く冷たい手はまるで氷のようで、今のパルフェの心境そのものだ。ホウルと同じように真っすぐ深紅を見つめ、嘘も飾りも無い純粋な私の思いをパルフェにぶつけていく。


「王位や周囲の期待など全部無視して、ただの兄と弟として…喧嘩してでも、アラモド様としっかり本心でお話すべきです!」


 パルフェに想いがあるように、アラモドにも心がある。国王候補の二人が、それを曝け出すことは難しいことかもしれない。でも、兄が何を思い、何を考え、弟を敵視し始めたのか。そこにビタネスが関係しているのか…その真意を知りたいならば、話し合いの席に二人が真っ向から座るしかない。


 興奮していた呼吸を整え、一層パルフェの手を強く握りこむ。真剣な表情のまま私は声音に重みを持たせた。


「現実よりも先にパルフェ様が向き合うべきは、アラモド様の心の内だと…私は思います」


 私の熱が冷たい手にじわじわと伝染していく。血が巡り高まっていく体温は、彼の指先を徐々に解かせていった。パルフェの体から切羽詰まったものが抜け落ちていくのが分かり、ホッと胸をなでおろす。


 言葉を失っているパルフェの手を解放し、今度は私が軽く拳を作った。


「いっそのこと、アラモド様と拳で語り合うのもありだと私は思っています」

「いや、無しでしょ」


 グッと拳を握る私に、ラートの冷静なツッコミが入る。


「なんでよ!? 一発くらいなら、許されるはずよ!」

「何か根拠があるのですか?」

「一発なら、子供のしたことだから~的な感じで乗り切れると思うの!」

「なんて姑息な…」

「持っている特権を、最大限に利用してるだけじゃない」

「それこそ、王族に相応しくない思考ですね」

「男同士なら最後は拳で語り合うものでしょ!」

「いつの時代ですか」


 胸を張って言い切る私に、アシドとラートは呆れ、ケイクはあわあわしている。シエルはさすが天使と言うべきか、クスクスと可愛らしく笑っていた。


 当人そっちのけで騒ぐ私たちに、ため息が落とされた。息の主人であるホウルは立ち上がると、大きな手をパルフェの頭上に置く。


「ホウルさん…?」

「ったく、お前は…アラモド様とは違った意味で不器用だな」


 恐々とホウルの名を口にしたパルフェが顔を上げると、そこにはホウルの男らしい笑顔があった。パルフェと目が合うと、ホウルはワシワシと乱雑な手つきで力任せに純白の頭を掻き乱す。


「逃げることは赦されない、これは俺の中で変わらないことだ…でもな、一人で抱え込む必要なんてないんだぞ」

「え…?」


 言葉の真意が汲み取れないパルフェは小首を傾げている。ホウルはニッと片方の口の端を上げると、私たちの方に目を向けてきた。


「周りを見てみろ。お前にも心強い味方はいるだろ?」


 柔らかくなった目元に宿る穏やかな炎。その暖かさを感じ、私は大きく頷いた。


「そうです! パルフェ様には、私たちがいます! 何があっても、あなたの味方です!」

「えぇ! パルフェが背負いきれないものは、私たちが一緒に背負います!」

「あのバカ…アラモド様のことだって、この肝っ玉令嬢がいれば大丈夫です!」


 フンスッ! と鼻息荒い私とシエルに続くように、アシドも胸元に手を当てると頭を下げた。


「及ばずながら、私もお力添えさせていただきます。特に、お嬢様が暴走しないように」

「一言余計じゃない!?」


 パルフェの大きな目が瞬く。


「殿下」


 状況がうまく呑み込めていないパルフェの元に、ケイクとラートが歩み寄る。


「ケイク・クーヘン、何があろうとパルフェ様の御身をお守りすると誓います」

「同じく、ラート・ショコラもこの先の未来でパルフェ様に貢献できるよう、より一層の魔法の鍛錬に励みます」


 片膝をつき頭を下げ、忠誠を誓うようなケイクとラート。初対面に少年たちからの誓いにパルフェはギョッとしてしまっている。


「ちょっ!? どうして君たちまで…」

「パルフェ様のことは、父たちから聞いております」


 困惑しているパルフェに、ケイクは顔を上げると穏やかに微笑んだ。


「パルフェ様はよく平民街の視察へ行かれ、民の声を聴いていると父が褒めておりました」

「げ!? ケイク、言うなよ!」


 照れ隠しで声を荒げるホウルだが、ケイクはどこ吹く風だ。この親子のパワーバランスは、圧倒的に息子の方が上位だと完全に把握できた。


「聴くだけではなく、実際に食糧難や衛生環境にもパルフェ様は尽力されております。私の父である魔法局長もパルフェ様のご支援のおかげで、病に効く魔法薬を安価に皆に提供できると感謝の言葉をいつの述べております」

「僕は何も…ただ父上に報告しただけで…」

「その報告すらできない者が、ほとんどなのですよ」


 眉を下げるラートを見て、私はお父様から見せてもらった視察報告書の写しの内容を思い出した。


 王族が平民の街を視察に行くことは確かにある。でも、それは形だけ。実際は平民街を馬車でゆったりと見回り、流行になっているお店に立ち寄るという、お散歩のようなものとなっていた。過去には視察に行くことを前もって店に伝え、接待を要求する者もいたらしい。そういった輩は、即刻処罰されたそうだが…


 平民が王族に対して不満を募らせないため、好感度上昇を狙っての名ばかりの視察だから、その報告というものは「平和だった」「あの店の菓子が美味かった」「美しい装飾があった」という、幼子の感想文のようなお粗末なものばかり。報告書を確認した、お父様が重々しい息を吐いていたのも納得できる。


 だが、パルフェは違った。義務的に行われる視察以外にも、自ら望んで平民街へと赴いていたのだ。馬車ではなく、街をその足で歩き、そこに生活する者の声を聞き、自分の頭でしっかりと考え国王に報告し、街の繁栄に貢献していた。


 でもそれはパルフェにとっては当たり前のことなのだろう。その証拠に、彼の首はさらに傾げられている。混乱気味のパルフェに、ラートは小さく笑った。


「あなたは口先だけではない。皆の声を聞き、動いてくれるお人なのです。そんな人のお役に立ちたいと願うのは、当然のことです」

「騎士にとって、主に頼りにされるのはこの上ない喜びです。だから、どうかパルフェ様も我らを頼ってください」

「ラートさん、ケイクさん」


 二人の忠誠と暖かな言葉を受け取ったパルフェの瞳に、じわりと水滴が揺れる。その姿に私とシエルは顔を見合わせ、微笑み合った。


 パルフェは袖で目元を軽く拭うと、一度深く呼吸をする。そして、いつもの凛とした空気を纏い全員を見回す。


「僕は逃げません。未来の王として、いえ…一人の男として、現実と向き合います」


 例え、それが血の繋がった者と対峙することになっても―


 言葉にしなかったが、パルフェの深紅の瞳がそう物語っている。不意に、決意を固めた瞳がゆらりと不安げに揺れた。


「でも、僕は弱い。兄上のことだって正直まだ…もし、僕が倒れそうになったら―」

「私たちがいます」


 パルフェの言葉を遮って、この場全員の想いを私が代弁した。


 反対の意見の者などいないのだろう。誰も何も言わず、ただ穏やかに優しい笑みをパルフェに向けている。


「みなさん、ありがとうございます」


 心からの嬉しさが滲むパルフェの笑顔。見たかったものが見れて大満足な私の肩に、ホウルの大きな手が軽く乗った。


「しっかし、第一王子をバカ呼ばわりとは…相変わらず、肝が据わってんな」

「げ!? 聞かれてた…でも、すぐに言い直したのでセーフです!」


 どさくさ部分がしっかり聞かれていて、内心焦りながらも言い訳をする。私の苦し紛れの弁解に、ホウルの瞳が細められた。


「否定、しないのか?」

「はい?」

「いや、アラモド様のことをバカって言ったことを否定しないんだなって思ってな」

「? だって言いましたもん」


 自分の発言には責任を持つのが、人として当然のこと。ただし、言い訳は全力でさせてもらうけどね!


 第一王子への悪口を平然と肯定する私に、ホウルは虚を突かれたような表情を浮かべる。だがすぐに、その表情は上書きされた。


「そうか、そうか! 自分の発言には責任を持つってことだな!」


 急に上機嫌になったホウルは、私の肩で手を跳ねさせながら豪快に笑いだした。何がこの人のツボに入ったのか理解できず、私はただ首を傾げるしかできない。


「こんな度胸のある王妃がいたら、面白いだろうな」


 ひとしきり笑ったホウルが、ぽそりと何か言ったようだがよく聞こえなかった。なんとなく聞き逃してはいけないと思い聞き返そうとしたが、それより先にホウルがパルフェに向けて言葉を飛ばしてしまった。


「おい、パルフェ。絶対に逃がすなよ?」

「…えぇ、それはもちろん」


 何を? と聞こうとしたが、二人の不敵な笑みを見た瞬間、私の背に謎の悪寒が走った。


 パルフェはホウルの言う“逃がすべきでない何か”の正体が分かっているようだ。それについて、問うべきかどうか…悩んでいると、廊下の方で騒がしい足音が聞こえてくる。


「団長!!」


 部屋に飛び込んできた騎士に、私の疑問は吹き飛ばされた。皆の視線を受けながら、騎士は呼吸を整える間もなく報告する。


「魔物が現れました!」

「なんだと…!?」


 全員の目が大きく見開かれた。ホウルは騎士から詳細を問いただす。


「王宮内にか!? 被害は出ているのか!?」

「魔物は訓練場に突然現れました。現在は訓練場にて騎士たちが交戦し、城内への侵入を防いでいます。しかし、数が多くこのままでは…!」


 切羽詰まった騎士の物言いに、緊張感が一気に増す。ホウルは眉間にしわを寄らせると、己の気持ちを落ち着かせるために瞳を閉じると深く息を吸った。ゆっくりと姿を現す炎の瞳に宿るのは、騎士団長としての冷静さだ。


「…アシド、悪いがパルフェたちのことをお願いできるか?」

「承知しました。皆様のことはお任せください」

「あぁ、頼んだ…悪いな」

「緊急事態なので、お気になさらず。どうしても、というなら今度一杯おごってください」


 コップを傾けるような仕草をするアシドに、ホウルはあぁと小さな笑みを混ぜながら頷いた。


「ケイク! お前はアシドと共に、パルフェやお嬢ちゃんたちの護衛にあたれ! 結界魔法のある部屋に全員を案内しろ!」

「はい!」


 騎士モードのスイッチが入ったケイクは、胸に拳を当てると大きく頷いた。


 頼もしい息子と信頼できる執事。この二人に私たちを預けたホウルは腰の剣に手をおくと、騎士と共に部屋を飛び出していく。


 ホウルが部屋を出ていくと、すぐさまケイクが全員の前に躍り出た。


「結界魔法が施された部屋にご案内します。どうぞ、こちらへ」


 前回の魔物襲来の後に、大急ぎで作られた緊急避難の場所。ムラングのような王宮魔法師によって、結界が張られた部屋は、王宮内では最も安全な場所となっているらしい。


 ケイクの指示に従い、その部屋に向かうべく全員が動き出す。私も遅れないように、移動しようとした。だが、足が地面に張り付いて動かない。何事かと、目線を下に向けると私の足元には、魔法陣があった。


「なに、これ…?」

「転移魔法!? どこから…!!」


 ラートの驚愕の声を合図にするかのように、魔法陣が淡く光り出した。


 魔法陣から離れるべく足に力を入れるが、強力接着剤でも塗られているのかびくともしない。光が徐々に強くなっていき、私の身体を包み込んでいく。


「ソルトさん!」

「ソルト様!」


 パルフェとシエルが私の腕を掴み、魔法陣から力ずくで引き離そうとしてくれている。私を掴んでいる二人の腕に光が侵食し、彼らまでも飲み込まれそうになっているのが視界に入った。


 このままじゃ、二人が…!


 そう思うと同時に、私は二人の手を振り払っていた。突然重みを失ったシエルたちの体が後ろによろけるがケイクとラートが受け止めてくれて、なんとか床に転がらずに済んだ。二人の手元から光が消え失せているのが、はっきりと目視できた。


 よかった。二人が無事で…


 ホッと安堵に目元を緩める私とは対称的に、シエル達の瞳は絶望の色に染まっていた。しかし、その表情が見えたのはほんの一瞬で、私の視界が光で白く塗りつぶされていく。


 ラートが転移魔法だと言っていた。ということは、これはどこかに繋がっているということだ。大丈夫、死ぬわけではない。なんとかなる!


 そう腹を括った瞬間、私の身体は暖かなものに包まれた。


「アシド!?」

「くっ…!」


 暖かさの正体はアシドだった。


 アシドは私を抱き込むと、眉をしかめた。魔法陣に飛び込んできたアシドの肉体は、すぐに白い光に包まれていき私は焦った。なんとかしてアシドを魔法陣から追い出そうとするが、がっしりと抱きしめられている身体では、うまく動くことが出来ない。


「離して! このままじゃ、アシドまで…!」

「うるせぇ!!」


 叫ぶアシドは、私をさらに抱き寄せた。


「アシ―」

「手の届く場所にいるお前を、離すつもりはねぇ!!」


 苦しいほどに強く抱き締められた瞬間、脳裏によぎるのは医務室で零したアシドの本心。


『俺はもう…お前を見送るなんて、ごめんだ』


 あの時の声が、表情が、私から抵抗する意思を奪っていく。


 アシドの胸元をギュッと握りしめ力強いの腕の中で、彼と離れない覚悟を決めた。


「ソルト様!! アシドさん!!」

「っ…すぐに転移先の解析を!」


 シエルの悲痛な叫びとパルフェの鬼気迫った声を最後に、私の視界は真っ暗になった。


読んでいただき、ありがとうございます。


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