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第十四話

「ところで、さっき何か考えていたみたいだけど…どうしたの?」


 訓練後の楽しみを得たことに心を躍らせつつ質問すると、ケイクはあぁ、と思い出したように呟く。


「ラートくんの訓練方法を考えていたんだ」

「私と一緒じゃないの?」

「それもいいかもしれないけど、ラートくんは魔法の技術がすごいから、身体を鍛えるような訓練だと勿体ないと思うんだ」


 ケイクの見定めは正しいと思う。剣の一本も満足に持ち上げられない今のラートにとって、発育に時間が必要な筋肉を鍛えるよりも、すでに習得している魔法技術を生かせる戦闘方法を学んでいくほうが効率的だ。


「だから、ラートくんは小型の剣の扱いに重点を置いて訓練していこうと思う。ナイフとかは隠し持てるし、いざとなれば相手に投げつけることもできるからね」


 なるほど。魔法で作った剣は確かに便利だが、魔力が切れれば丸腰に近い状態になってしまう。その時に、忍ばせておいた短剣で応戦できるならば心強い。遠距離攻撃も可能なので、相手から距離をとれるということは身の安全にも繋がっていく。


 文句の付け所が見つかない発案だが、当人であるラートはなんだか不服そうだ。


「…僕には小型の剣しか扱えないってことですか?」

「そうじゃないよ。でも今のラートくんには、小型の剣のほうが適していると思うんだ」

「女性であるソルト様は、通常の大きさの剣で訓練するんですよね?」

「ソルトちゃんは、小型の剣だと力を持て余しそうだからね」

「待って、ケイク君。今、すごく失礼なこと言わなかった?」

「え?」

「あ、なんでもないです」


 私の指摘にケイクはキョトリとしている。純真なケイクが放つ悪意のない悪意。それにダメージを受けつつ、私は大人しく身を引いた。


「つまり、僕は女性であるソルト様よりも筋肉が劣っている…ということですね」

「何をいまさら…」

「ソルトちゃん!」


 私が零した呟きをかき消すようにケイクが声を張るけれど、もやしっ子の耳にはしっかりと届いてしまったようだ。


 ズーンという効果音付きで、重苦しい空気を背負うラート。肉付きが薄いことを気にしている彼に、ケイクは力強い言葉をかける。


「ラートくん! 僕たちは今、成長期なんだ! だから、筋肉なんて…………そのうち身についていくよ!」

「なんで今、ちょっと間があったんですか?」

「え!? いや、そんなことは…」


 ジトリ…と怪しむラートの目から逃げるように、ケイクは視線を彷徨わす。線の細いラートが成長しても、筋肉がつくことは難しいとケイクは予想しているのかもしれない。体質的に細マッチョが限界なのだろう。


 真意を探るラートを振り切るため、ケイクは筋肉から無理やり話題を変えた。


「そ、それに小型でも剣は剣…扱うことに優劣なんかないよ!!」

「それは、君がどっちも使えるからです。選択肢が一つしかない僕にとって、その言葉は嫌味にしか聞こえません」


 プイッと顔をそむけるラートに、ケイクが困ったような笑みを浮かべる。駄々をこねる子供を宥める母親、という表現がピッタリな光景だ。


「…それに、大きい剣のほうがカッコイイじゃないですか」


 実に男の子らしい意見。確かに、外観的な魅力は大きな剣のほうだろう。その気持ちはなんとなく理解できる。


「でも、ラートくんは通常の剣すら持ち上げるのに苦労していたし…今はやっぱり小型の剣じゃないと…」


 指導側として、正しい見解を述べるケイク。刃物の危険さを理解しているケイクだからこそ、身の丈に合わない武器の使用は許可できないのだろう。そんなことラートも頭では分かっているが、妙な男のプライドが邪魔しているようだ。


 ラートが唇を尖らせる。聡明な彼の年相応な仕草を微笑ましいと思いつつ、私は軽く笑いながら肩をすくめる。


「どうせ、僕は非力ですよ…」

「うん。すっごく非力だと思う」


 速攻の肯定によって、ラートは一層深く落ち込んだ。ケイクが再び励まそうと慌てて口を開くが、それを押しのけ私は言葉を続けた。


「でも、それは剣術とか武術とか腕力系でしょ?」

「…どういう意味ですか?」


 意味が分からない、というラートに私はニッと唇の端を上げる。


「ラート君は、魔法に関しては剛力なんじゃない?」


 ラートの瞳が大きく見開かれた。


「ケイク君は武術、ラート君は魔法…それぞれの強みを鍛え上げるのが一番じゃない? それになんでも出来るほど、私たちって器用じゃないし時間も足りないからね」


 人にはそれぞれ得意分野がある。苦手なことを克服しようとする精神は、もちろん素晴らしい。けれど、無理なものは無理。無茶をして周りに迷惑をかけるくらいなら、周りに助けてもらう迷惑を私は選ぶ。そのほうが後々、被害が少なくて済むのだ。


「魔法は剛力…確かに、そうですね」


 噛み締めるように呟くと、レンズの奥にある金色が柔らかく細められた。


「ケイクさん、僕に適した武器のご指導をお願いできますか?」

「もちろんだよ」


 ラートの真っ直ぐな思いを受け取ったケイクが力強く頷く。


 男同士の友情を邪魔するわけにはいかないので、私は存在を空気と同化させつつ、彼らを穏やかに眺めていた。


 ―パチパチ


「いやはや、素晴らしい」


 芝居じみた拍手と台詞。和やかな空気が一瞬にして破壊されてしまった。


 無粋な音源のほうへ振り返ると、そこには顔色の悪い男。見覚えのある男は、魔獣事件の時にアラモドの近くにいたあの貴族だ。


「あなたは…」

「ビタネス・アピタイトでございます」


 胸元に手をあて軽く頭をさげる男は、ビタネスと名乗った。ビタネスの血色のない口元が弧を描いた瞬間、言い知れぬ恐怖が腹から沸き上がってくる感覚に襲われる。


「失礼ながら、少し前から拝見しておりました。一人の若者の気持ちを、言葉だけで奮い立たせるとは…さすがドルチェット家のご令嬢でございます」

「…ありがとうございます」


 前世で取得していた営業スマイルを、顔に張り付けた。声が震えそうになったが、手を強く握ることで、なんとか耐えることが出来たと思う。そしたら今度は拳が恐怖を訴え始めたが、無理矢理それらを抑え込んだ。相手に隙を見せないために、必死に平静を装う。


 経験上、こういった相手に弱々しい姿を見せてはダメだ…付け込まれる…!


 頭ではそう理解しているが、震えは一向に収まってくれる気配がなかった。腕を強く握りこみ体に命令しても、感情をコントロールするには幼すぎるのか、小さな身体は言うことを聞いてくれない。


 カタカタと誤魔化しきれないほどの振動が掌に伝わってきた時、ブラウンの頭が一歩前に出た。


「申し訳ありません、アピタイト卿。ご令嬢は、体調が優れないようです。これ以上はお控えいただけますと、有難く存じます」

「なんだ、お前は?」

「失礼いたしました。私は魔法局長の長子、ラート・ショコラでございます。隣にいるのは、騎士団長のご子息であるケイク・クーヘンです」


 胸元に手を当てて深く頭を下げるラートの隣に、ケイクが並ぶ。ケイクは大きなその背中で私の視界からビタネスを消し去ってくれた。二人のおかげで私の身体から力が抜け落ち、震えも落ち着いた。


「何かご用がありましたら、僭越ではございますが彼がお受け致します」

「子供が私の話を聞くだと? 馬鹿にするのも大概にしろ」

「恐れながら、この場はホウル団長殿のご子息である彼に一任があります。急な用件であれば、責任者である彼を通すのが筋ではないでしょうか?」

「フンッ…団長といっても、所詮は騎士団などという野蛮な者たちの長でしかあるまい」


 ピクッと、ケイクの肩が跳ねたのが見えた。父親であるホウルのことを心の底から尊敬しているケイクにとって、今のビタネスの言葉は許せないものなのだろう。だが、ここで感情的に怒鳴ってはビタネスの思うつぼだ。利発なラートは、それを理解している。


 ケイクの気持ちは分かるが、ラートは目で彼に制止かけている。


 必死に怒気を抑えようとしているケイクに、心が痛んだ。


「そもそも、私は伯爵だぞ。爵位がない者の話など聞くに値しないわ」


 顔は見えないが、ビタネスの声音はあからさまに二人を見下していた。


 爵位という、生まれた落ちた瞬間に勝手に付属してくるものしか取り柄のないクズに、二人が馬鹿にされているなんて…!


 何か言いたくて口を開くが、縮こまった喉からは声が出てくれない。ただ唇を噛み締めるしかできず、強く握った拳が別の意味で震える。


「なら、僕の話なら聞いていただけますね」


 空気を切り裂く凛とした声。


「パ、パルフェ様…!?」


 ビタネスが驚愕しながら口にした名前。私はケイクの背中から、そっと顔を出した。


 ビタネスの背後に見えるのは、間違いなくパルフェだ。幻想的な美しさを持つ彼を、見間違えるはずがない。パルフェは私と目が合うと、柔らかく微笑んでくれた。


「なぜ、ここにパルフェ様が…」


 第二王子の登場に、ラートとケイクの目が見開く。ビタネスにいたっては泡を食ったような表情だ。驚きを隠せない三人の視線を受けながら、パルフェは私の隣に立つとビタネスを見据える。


「彼女は僕にとって大切な人です。彼女の体調を配慮できない言動は、即刻止めてください」


 深紅の瞳を細めビタネスを威圧するパルフェ。王族たる風格を真っすぐにぶつけられ怖気づいたのか、ビタネスは視線を忙しなく動かしている。


「わ、私はご令嬢には何もしておりません。そこの爵位なき子供に、貴族としての常識を…」

「彼女の友人を蔑むような言葉も控えていただけますでしょうか。不愉快です」


 パルフェが語尾を強め、威圧を高めた。だが、ビタネスはハッ! と鼻で笑っている。


「ご冗談を! 公爵令嬢が爵位の無い者と友人のはずが…」

「友人です!」


 自分でも驚くほどの大きな声で、私はビタネスの言葉を遮った。


 全員の視線が自分に集中する中、私はケイクの腕を抱き寄せた。


「爵位なんか関係ありません! ラート君とケイク君は私の友達です! そりゃあもう、親友レベルです!」


 ぎょっとしているラートには悪いが、私はケイクから離れる気は無い。何故なら、震えそうになる体を彼に抱き着くことで、必死に誤魔化しているからだ。男性に抱き着くなんて、淑女としてあるまじき行為だと十分理解している。だが、ケイクならそんな失礼なことをしても、女の子を無理に引きはがすような乱暴なことはしないということも私は知っている。


 抱き枕のように、ケイクの腕に必死にしがみつく。


 大声で一気に捲し立てた私の荒い息だけが響く空間。そこに新たに落とされたのは、パルフェの平坦な声だった。


「親友にしては、些か距離が近いと思います。そうは思いませんか? ケイク・クーヘンさん…」


 口元だけ弧を描いた笑み。瞳の奥にまたもや冷たい炎を宿しているパルフェに、ケイクの背筋が伸びた。二人の間に絶妙な緊張感が漂う。まるでライオンに睨まれているウサギだ。


「ソルト様、今すぐケイクさんから離れてください。これ以上は彼の命に関わります」


 見かねたように、ラートが間に入ってきた。ケイクを見ると、赤と青が混ざった顔色になっていたので慌てて手を放す。私の体が離れると、ケイクは分かりやすく全身の緊張を解いた。見たことない顔色を目の当たりにし、これ以上ケイクの優しさに甘えるわけにいかないと悟った。


「じゃあ、ラート君で我慢するか…」

「なぜ渋々なのですか!? というか、僕もダメです!」

「えぇ!? なんでよ、ケチ!」

「誰がケチですか!」

「ソルトさん…どうして、僕に抱き着いてくれないのですか?」


 ラートと言い合っていると、しょんぼりしたパルフェの声が聞こえてきた。見た目も相まって先ほどまでライオンだったくせに、今のパルフェは子犬のようで少しキュンッとしてしまう。


 が! 騙されては駄目だ。なんといっても相手は“あのパルフェ”なのだから!


「パルフェ様は第二王子なので、私なんかが抱き着くのは恐れ多いというか…」

「そんなこと気にしないで下さい。僕とソルトさんの仲ではありませんか。将来の練習だと思って…」

「将来って何!? なんの練習ですか!?」

「将来…やはりお二人は婚約を結んだ、ということでしょうか?…」

「違う違う! まだ決まってないから!」

「そうですね。“まだ”決まっていませんね」

「パルフェ様! そういう含みのある言い方は止めてください!」


 策士のパルフェがまく種を必死に回収する。これ以上誤解を生んでは、後々面倒だ。


 ギャーギャーと騒ぎ立てている私たち。そんな中に、ポツリと言葉が落とされた。


「なんで悪役令嬢が、こいつらと…」

「っ!?」


 忌々しそうな声で発せられた言葉に、私は目を見開いた。


 勢いよく音の発生源であるビタネスに顔を向ける。ビタネスは自身の親指の爪を噛み、苛立ちを露わにしていた。


「あなた…今…!」


 声が震えている私に何か感じたのか、ビタネスは小さく舌打ちをすると深々と頭を下げる。


「アラモド様とお約束がございますので、本日はこれにて失礼いたします」

「まっ…!」


 私の言葉を待つこともなく、ビタネスはそそくさと立ち去ってしまった。追いかけようとしたが、一人で行動してはいけないと本能が告げ、私の足を強制的に止めた。


 “悪役令嬢”


 この世界の住人が口にするはずのない単語。それをあの男は、ソルトに向かって言ったのだ。


 ビタネス・アピタイト…一体、何者なの?


 考えれば考えるほど、ぐるぐると不気味なものが私の中で渦巻いていく。出口を求め、腹部からドロリ…と何かが流れ出していくような、奇妙な感覚に襲われる。


 重々しいものを胸に抱えながら、小さくなっていくビタネスの背中を静かに見送った。


読んでいただき、ありがとうございます。


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