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第十三話

 アシドとホウルの手合わせを見学するため、他の騎士たちも去ってしまった訓練場。残っているのは、私とラート、そして指導係であるケイクだけ。


 攻略対象たちとヒロイン並みの距離間で関わる…悪役令嬢にとって危険でしかない状況なのに、私を置いていったアシド。


 後で、護衛の意味を問いただしてやる…そう固く決意した。


 この場にいない執事に対する強い憤りが届くことを願いつつ、アシドたちが去っていた方向を睨みつける。


「ソルト様、どうかされましたか?」


 あからさまに険しい表情を浮かべる私に、ケイクが声をかけてくれた。ラートもチラチラとこちらの様子を気にしている。


「なんでもありません。ご心配をおかけして、申し訳ありません」

「そうですか…初日ですし、些細なことでも何かあれば、遠慮せず言ってください」

「そうです。無茶をして、倒れでもされる方が迷惑ですからね」


 大きな体に見合った優しさをその身に宿す、穏やかなケイク。言葉に棘はあるものの、声音に心配という気持ちが隠しきれていない、素直じゃないラート。まだ十歳なのに、人を思いやれる二人に感嘆した。そんな立派な彼らに敬語を使わせるのは、なんだか気が引けてしまう。


 確か、二人とは同じ年齢だったはず…なら、ここまで窮屈な言葉遣いなんて不要なのでは?


 そう思うと同時に、私の口からは言葉が飛び出していた。


「あの…同年代ですし、そういう堅苦しいことは止めませんか?」

「と、申しますと?」

「普通にしましょう。私は公爵令嬢ではなく、ただのソルト。だから、敬語や身分を考えた行動とかは無しの方向で」


 私の提案に、二人の目が大きく見開かれる。あからさまに驚くラートたちを見て、私は失言の可能性を見出し内心焦った。


 おそらく彼らが気にしているのは、爵位や立場といったもの。お茶会の時にも感じたが、この世界のほとんどの貴族は自尊心が無駄に強い。そんな奴らからすれば、爵位がない者が貴族に敬語を使わないなどプライドが許さないのだろうが…生憎と私にはそういったものが皆無だ。


 どんな人物と砕けた関係を築くのも、当人達が良しとすれば問題ないと思っている。もちろん、時と場合によって言葉遣いなどの使い分けは必要だと思うが、そこは自己責任というもの。


 この場では、公爵令嬢である私が問題なし、と判断したなら大丈夫だと思い発案してみたのだが…それは、あくまで私の価値観。それを押し付けるような発言は、軽率な行為だったのかもしれない。


「えっと…ダメですか?」

「いえ…ソルト様がよろしいのでしたら、僕たちはかまいませんが…本当にいいのですか?」


 寧ろ、どうしてダメなのかを知りたい。と、問いたい気持ちをグッと堪え、ニコッと微笑む。


「もちろんです! 私、お二人とは仲良くしたいと思っているので!」


 消滅の運命を避けるためにも、なるべく敵は減らしておきたい下心はあるが、これは本心だ。関わってしまったのであれば、笑いあえるような仲でありたい。例えそれが攻略対象であっても。


 嘘偽りのない私の言葉に、二人とは顔を見合わせるとコクリと頷く。


「わかりました。ただ、僕は普段からこの口調なのでお気になさらず」

「ぼ、自分も分かりました…あ、いや、分かった」


 口調は固くとも肩の力が抜けたラート。真面目なケイクはぎこちないながらも、砕けた話し方をしてくれている。ゆっくり歩み寄ってくれる二人を、私は元気いっぱいの笑顔で歓迎した。


「急には無理だと思うから、徐々にね!」

「…あなたは本当に変わってますね」


 フッと小さく笑みをこぼすラートにつられるように、ケイクも頬の筋肉を緩めている。


 暖かくてふわふわとした心地いい空間は、私の胸に小さな痛みを走らせた。


 本来、攻略対象とこういった雰囲気になるべきは、ヒロインであるはずなのに…シエルに訪れるべき好感度アップイベントや彼らと交流を深める機会を、私が強奪してしまっているような気がして、申し訳なくなってきた…


 今の私は、ソルトという悪役令嬢の『ヒロインと攻略対象の関係を邪魔する』という本来の役目を、ある意味完遂しているといっても過言ではない。


 邪魔者である私がシエルから離れれば、彼女が彼らに恋愛感情を抱くような瞬間が訪れる可能性が高まるはず。そして、攻略対象は本能的にヒロインに集まっていくもの。シエルに近寄らず遠くから見守っていれば、私も危険人物たちと関わらず平穏に暮らしていける。形は違えどお互いが幸せになれる方法だ。


 ヒロインと悪役令嬢は深く干渉すべきではない。頭では分かっている。分かってはいるけど…


 脳内で再生されるのは、手製のスイーツを振舞いながら、穏やかに可愛く微笑むシエル。


 無理! シエルを避けるなんて、絶対嫌! 私から癒しを奪うっていうの!? それに彼女の手作りお菓子だってもっと食べたい!! 光あるとこに影があるように、ヒロインと悪役令嬢が共に存在する世界だというなら、光と影が仲良くしたっていいじゃないか!


 完全に自分の願望を優先させるためのこじつけのようだが、一緒にいたいという想いは一方通行ではないはずだ。だって予行練習とはいえ、シエルは、私に、お菓子を食べさせたい、と言ってくれたのだから!


 うんうん、と自分を納得させる。芽吹いた罪悪感は、天使の笑顔とシエルの手作りスイーツによって綺麗さっぱり刈り取られた。


 すっきりした脳内で浮かび上がるのは、彼女の笑顔と先ほど口に放り込まれたチョコチップクッキー。


「クッキー…もっと食べたいなぁ…」


 一枚だけ食べたせいで、食欲に妙なスイッチが入ってしまった。くぅ…と小さく鳴るお腹をさする。


「先ほどから思っていたのですが…随分と食い意地が張っているのですね。甘いものばかり、そんなに食べると健康を害しますよ」


 無遠慮すぎるラートに、カチンッときた。


「もやしっ子よりは元気ですぅ~、自分が太れないからって嫉妬しないでもらえますぅ?」

「は…?」


 細身のラートには効果的な嫌味。外見のことを、あまりとやかく言いたくはないが、先に不要な指摘してきたのはあっちだ。幸せをかみしめているときに、そんなことを言うほうが野暮というもの。


 ポカーンとしている間抜けなラートを、フフンッと鼻で笑ってやった。数秒経って、やっと私の言葉を脳が理解できたのか、ラートの目がみるみる吊り上がっていく。


「僕は太れないのではありません! きちんと自己管理をしているんです!」

「自己管理している割には、腕とかヒョロヒョロですよねぇ? 私と変わらないんじゃ…」


 ラートと自分の腕を並べ、唖然とした。


「え…? 私より細い…?」

「なっ!? 失礼な! そんなわけありません!」

「いや、細いでしょ!? どんな食生活してるんですか!? 肉とかスイーツとかお菓子とか食べてます!?」

「スイーツとお菓子は同じでしょ!?」

「はぁ!? 全っ然、違いますけど!」 

「二人とも、喧嘩は止めようよ…!」


 ヒートアップしていく言い合いに、ケイクがストップをかけた。


 ぐりん、と私とラートが勢いよく顔を向ける。


「ケイク君! スイーツとお菓子って別物だよね!?」

「ケイクさん! 僕の腕はヒョロくないですよね!?」

「え? え?」


 二人から詰められたケイクは目を瞬かせる。真剣な表情で迫らえれ、たじろぎながらもケイクは言葉を紡いだ。


「とりあえず、訓練を始めない…?」


 もっともな意見。私たちは静かに頷いた。


 この時、私は頭の片隅で思った。ラートとは喧嘩友達のような関係になりそうだと…



☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆



 ケイクの指示のもと、やっと訓練を開始した私たち。


 手渡された模型の剣を、とりあえず構えてみる。


 訓練用なので刃落としはしてあり安全だが、その重さは実戦で扱う剣と同じにしているらしい。切れないと分かってはいるが、人を傷つける物体を持っているという重みが、ズシッと両手に伝わってくる。


「ソルトちゃん、重くない?」

「大丈夫。これくらいなら、持てるよ」

「よかった。それにしても、初めてなのにすごく様になっているね」


 日本刀でいうところの、脇差くらいの剣は大きさも重さも手なじみがいい。前世の殺陣の稽古がこんなところで役立つとは思ってもみなかった。


 余裕ある私に、ケイクは安心したように息をこぼす。そんな彼の隣で、ラートは静かに私を観察していた。


「随分と意欲的ですね」

「当然! やるからには何事も全力よ!」


 フンッと鼻息荒い私に、ラートの目が何かを見定めるように細まった。


「…本当に重くありませんか? 見栄を張ると後で辛くなりますよ」

「本当に大丈夫! ほら、素振りだってこの通り!」


 ブンッ! と訓練用の剣を振ってみせる。空気を切る音は、私により一層の気合と緊張感を注入してくるようだ。素振りをしている私に、ラートは何故か不満そうな顔をしている。


 真面目にやっているのに、どうしてそんな表情を向けられないといけないのだろうか?


「じゃあ、次はラートくんだね。とりあえず、ソルトちゃんと同じ大きさにしてみよう」


 はい、とケイクは片手で私と同じ大きさの剣をラートに差し出す。すぐに構えられるように、鞘から剣を抜いて渡してあげるケイクの気遣いは素晴らしいとつくづく思う。


 ラートは眉間にしわを寄せつつも、剣を両手で受け取った。


 ケイクが手を放した瞬間、ラートの身体が一気に沈んだ。


「え…?」


 思わずこぼれた声は、私とケイク、どちらのものか分からない。目の前で起こったことに、私たちの目が点になってしまう。


「…あの、ラートくん…?」


 ケイクの言いたいことは分かる。だが、それを明確な言葉にしない彼は本当に優しい。


 剣を持ちあげようとしているラートの細腕は、プルプルと子犬のように震えていた。切っ先が地面から数センチは浮いているが…あの重量を完全に持ちあげるだけの筋力を、ラートは所持していないとでもいうのだろうか…?


 そんなバカな…私ですら平然と構えていた剣だというのに…


「…ふざけていると怪我するよ」

「ふざけているように見えます…!?」

「見えません。すみません」


 血走った瞳を向けられ、反射的に謝ってしまう。


 もやしっ子とは言ったが、ここまで非力とは思わなかった…その考えはケイクも同じようだ。


 かける言葉が見つからず、気まずい沈黙が流れる。静寂を切ったのは、この空気を生み出した張本人であるラートだった。


「ま、魔法を…使っても…?」


 必死の形相での提案に、ケイクは大きく頷いた。


 ラートは剣をケイクに返すと、乱れた息を整える。呼吸が落ち着くと、掌を自身の前にかざした。目視できるほどの魔力が、ラートの掌に集まっていく。


「“土の工作(アースファベル)”」


 ラートの掌に集まった土が剣の形になっていく。脇差くらい大きさの剣が形成されると、ラートの手に収まった。


「すごい! 今のって魔法?」

「えぇ。僕の属性魔法は“土”なんです」


 自慢げに話すラートは、片手で土の剣を構える。


「さっきのと同じくらいの大きさだけど…重くないの?」

「問題ありません。種類や状態によりますが、土は鉄よりも軽いので」


 なるほど、勉強になった。博識なラートに感服していると、まじまじと土の剣を観察していたケイクが、ふと首を傾げた。


「ケイク君、どうかしたの?」

「いや…ラートくん、この土の剣に何か別の魔法をかけてる?」


 ケイクの質問に、ラートは目を見開いた。


「まさか気づかれるなんて…さすが、ホウル団長のご子息ですね」


 眼鏡のブリッジを上げながら答えるラートの言葉の意味が分からず、私の頭上に疑問符が浮かぶ。それに気が付いたからなのかは分からないが、ラートは淡々と解説を始めた。


「この剣は、軽量化を重視しています。だから鉄の剣に比べて強度が低く、折れやすくなっています」


 そんな弱点があったとは…いくら軽くて扱いやすくても、壊れやすい道具は危険でしかない。ましてや、自分の身を守るための品物であれば、なおさらだ。


 ラートの告白した欠点に、ケイクは眉をしかめた。


「実践向き、とは言えないね」

「えぇ…なので、この剣には強化魔法を施しています」

「強化魔法?」

「“土の恩恵(アースアシスタンス)”という、道具の能力を底上げする魔法です」

「それって確か、防具とか盾とかに使う魔法だよね?」

「主にはそうですね。でも防具以外に使ってはいけない、なんて決まりはありません」


 さらりと、ルールに囚われない発言をしたラートにケイクの目が見開かれた。


 真面目なケイクに、その発想は無かったみたいだ。見た目に反して常識に囚われないラートは、話を続けた。


「この魔法によって、軽量化重視の土の剣でも鉄の剣並みの強度になります。魔力消費は大きいですが、基礎魔力を鍛えたり回復薬を持っていれば、実践でも使えるかと思っています」


 軽くて頑丈な剣なんて、まさに理想だ。二種の魔法を使っているから、通常より技術と魔力が必要になるという欠点はあるが、今のラートに扱えるならば、未来の彼なら何も問題ないだろう。


 メリットがあればデメリットはついてくるもの。それをいかにカバーできるかが重要だと、改めて学んだ。


 ここで、ふと疑問がよぎった。


「能力を上げるのって、光属性の魔法だけしか使えないんじゃないの?」

「それは身体能力の向上です。回復力や運動能力といった、命ある者に関係するもの。僕のは、土という無機物の能力を向上させているんです」


 どういうこと? と、目で語る私にラートは先生のように眼鏡をあげた。


「例えば、火属性の魔法で威力を上げる魔法がありますよね? あれは、火の能力を底上げしているということなんです」


 そういえば、聞いたことがある。ただの“火球”になんとかっていう魔法を加えたら、たった一球で池の水を干上がらせるほどの火力を得ると。


「ただ、この強化魔法は使う人が少ないんだ」

「そうなの? 便利そうなのに」

「強化魔法は、強くしすぎると魔法が暴走し、弱すぎると意味がない…加減が難しいので、好んで扱う者はいませんね」

「ラートくんがあっさり使いこなせているから、そう感じないかもしれないけど…実はすごく技術が必要で難しい魔法なんだ」


 ケイクの付け加えられた言葉によって、ラートの秀才さがとても伝わってきた。鉄の剣を持った時とは違って、ラートが輝いて見える。


「大人でも難しい魔法を同時に使えるなんて…ラートくんはすごいね」

「そうでしょう、そうでしょう」


 騎士団長の息子からの純粋な称賛に、ラートは胸をさらに張った。


「筋肉への栄養が、全て魔法技術にいったんだろうなぁ…」

「何か言いましたか?」

「なんでもないでーす」


 ボソッとこぼれた独り言に鋭い声が刺さり、慌てて視線をラートから逸らし誤魔化す。


 ふと、何かを熟考しているケイクの足元に小さな影が見えた。身をかがめ、影を拾い上げてみる。


「何か落ちて…ウサギ?」


 ケイクの足元にあった物体は、なんとも可愛らしいウサギのマスコットだ。全体的に丸いフォルムで、艶のある漆黒のつぶらな瞳を見ていると、なんだか癒される。


 と、ここで私の手からウサギが姿を消した。


「ケイク君…?」

「あの…これは、その…」


 ウサギを攫った少年は、一人慌てふためいている。穏やかなケイクらしくない、乱暴な行動にキョトンとしてしまう。ラートも驚いたようで、何も言わずにケイクのほうを見ていた。


「そのウサギってケイク君の? 可愛いね」


 私の言葉にケイクの顔が、じわじわと赤く染まっていく。そんな顔を見られたくないのか、ケイクは掌に収まっているウサギを強く握りしめると、顔を伏せてしまった。


 ケイクが何に羞恥を感じているのか分からず、首を傾げることしかできない。そんな私にラートが聞こえよがしに、ため息を吐いた。


「あなた…デリカシーって言葉、知ってます?」

「いきなり、何?」


 ラートの言葉の真意が理解できないから質問しただけなのに…呆れ返られる覚えがない。困惑している私にケイクが口を開いてくれた。


「変…だよね」

「へ?」

「騎士を目指すぼ…自分が、こんな可愛いものが好きだなんて…可笑しいよね…」

「何が?」


 震える声で紡がれた言葉に、私は速攻で質問した。ケイクが驚愕の表情を浮かべる。質問したのは私なのに、何故? と問われているようなので、私は言葉を続けた。


「騎士が可愛いもの好きで、何が変なの? そういうのはダメ、っていう騎士の中で掟でもあるの?」

「そういったのは無いけど…」

「じゃあ、いいじゃない」


 きっぱりと言い切る私に、ケイクは口を開いたがすぐに閉じた。はっきりしないケイク。何か言いにくいことでもあるのだろうか…と、考えた私の中で一つの可能性が浮かび上がった。


「もしかして、ホウル団長が否定的とか…?」


 フルフルと、首を横に振るケイクにほっと胸を撫でおろした。器が大きいホウルなら、そんな些細なこと気にしないと思っていたが、万が一ということもある。とりあえず、団長を軽蔑せずに済みそうだ。


「団長も否定しないし、騎士の掟もない。だったら、何を好きなってもいいじゃない」

「でも! こういうのって、男らしくないし…ぼ、自分は将来、父上のようになりたいから…」


 顔を俯かせ語尾が小さくなっていくケイクは、どこか寂しそうにウサギを見つめている。そんなケイクに私の疑問はますます深まるばかりだ。


「自分の好きなものを否定するのって辛いでしょ?」

「それはっ…」

「人生なんて、まだまだ長いんだから…若い時からそんな苦行を選ぶと疲れちゃうよ~」

「若いって…同じ年ですよ」


 細かいことを指摘してくるラートなど無視し、私は顔を歪ませているケイクから視線を離さなかった。


 今のケイクは前世の私と重なる部分が多い。トップアイドルとして、スイーツを我慢して生きていた時の私…あの苦しみを理解しているし、目標のために日々耐えている彼の精神力は確かに素晴らしいと思う。


 でも、前世の私と今のケイクには決定的に違う箇所がある。それは、環境だ。


 夢のために、大好きなものを諦めなくてはいけない時もある。だが、ケイクは違う。環境も周囲も、彼の大好きを否定しないし、夢の障害にもならない。それなのに、諦めなくてもいい大好きを、自ら手放すという愚行を、この少年は行おうとしているのだ。


 そんな勿体ないことを見過ごすわけにはいかない。


「…じゃあ、騎士は恋をしないの?」

「え…?」

「だって、恋をしたらその人を可愛いと思うし大好きになるでしょ? ケイク君は恋人じゃなくて、こういうのにそう思っているだけじゃない」


 私が攻略対象ではなく、スイーツに恋焦がれているのと一緒だ。好き、と思うものが人ではなく、そういったものになっただけ。たった、それだけのことなのだ。


「男だとか騎士だとか…そんな小さいことを気にせず、ドーンと構えている方がホウル団長に近づけるんじゃないかな」


 私の言葉を真っすぐに受け止めたケイクは、ハッとしていた。そして、握りしめていたウサギに目を向けると、ふっと手元の力を抜いた。緊張が解けた指先で、ケイクはウサギの頭を優しく撫でる。


「そっか…そうだよね。父上だったら、何でも受け止めるよね…例えそれが、悪意あるものだったとしても」

「そもそも、誰にも迷惑かけてないのに、人の大好きにケチをつける馬鹿なんか相手にしてられないって!」


 フンッと鼻息荒く言い放つと、ケイクの目じりが下がる。


「ソルトちゃんは、強いね」

「強いというより、本当に肝が太い令嬢ですよ」

「何せ、肝っ玉令嬢なもので」


 胸を張って珍名を自ら名乗る。数秒後、顔を見合わせ三人で笑い合った。


「後、無理に“自分”って言わなくていいよ」


 ついでに、と私は付け足す。ケイクの瞳がまん丸に開かれた。


「気が付いていたの…?」


 そりゃ、あれだけ言い直せば誰でも気が付きますよ、というのは黙っておこう。こくん、と首を縦にだけ振る。


「まいったな…」


 眉を八の字にするケイクは、男らしい外見だが可愛らしいと思ってしまった。持ち主とマスコットは似る、というやつかもしれない。


「じゃあ、まいったついでに…ソルトちゃんたちにお願いがあるんだけど…」

「お願い?」

「これなんだ…」


 ケイクが懐から取り出したのは、一つのつるりとした質感の箱。彼の手に収まる丸いフォルムの箱は、乳白色で外からでは中身が見えない。


 ケイクがドーム型になっている蓋を開けてくれたので、遠慮なく中を覗き込む。


 中身を確認すると、そこには色とりどりの小さなお菓子が入っていた。アイシングクッキー、飴、一口サイズのチョコといった小腹を満たすのにベストなサイズのお菓子が詰まった宝箱。


「こ、これは…!」

「実は、こういうのに使われるラッピングは好きなんだけど…お菓子そのものは、あまり得意じゃなくて…」


 雷が直撃したような衝撃が走った。この世にお菓子を好きじゃない人が…ましてや、子供がいるなんて…!


 横を見るとラートも私と同じような反応をしていた。


「だから、もしよかったら…中身を食べてくれないかな?」


 さらなる衝撃。いや、この場合は感動というべきなのだろうか。目の前の宝をすべて我が物にできるなんて…夢のような状況だ。


 同時に襲ってきた、大きな驚愕と歓喜。それを自分の中に落とし込むため、脳以外の動きが全て完全に停止した。宝箱の中身を凝視し固まっている私に、何を勘違いをしたのかケイクが苦笑を浮かべている。


「無理ならいいんだ。僕が食べ―」

「是非、協力させていただきます!!」

「僕も全面的に協力しましょう!」

「あ、ありがとう…」


 私とラートの気迫に圧されたケイクは、若干身を引いていた。共に離れていくお菓子を逃さぬよう、咄嗟にケイクの手を力強く握り込む。


 握った手から伝わってくる体温が、ほんのりと熱かったように感じたのだが…お菓子に大興奮した私の熱意でも移ったのだろうか?


読んでいただき、ありがとうございます。


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