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異世界ヒロイン短編集

【前篇】アワワ!うっかり毒薬を盛ってしまいましたが、王太子さまは許してくださるでしょうか…




◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇




 暦は冬。山間に位置するモンターナ城は、今年も一面の純白に覆われていた。

 白以外の彩りといえば、枯れ木の黒。渡り鳥の焦げ茶。曇天の薄墨…。


 そんな殺伐とした銀世界の中で、唯一の()()()といえば、毎朝の定番になっているモンターナ伯爵の絶叫だろう。



「ミリア!ミリアやどこにいる!!」



 子宝に恵まれたモンターナ伯爵には、愛する一1人息子と4人の姉妹がいた。

 生徒会長にも選ばれる、品行方正な長男のシバ。早くに亡くなった母親の代わりに、忍耐強く妹たちの世話を見る長女ウタ。容姿も性格もそっくりで、よく入れ替わっては家族にいたずらをする双子のクララとシロロ。



 そして、末の妹ミリアといえば…。



「おいミリア!どうなっているんだ!何故トイレからヴァルディの『椿姫』が流れてくるんだ!!」


「あら、お父さま!もう試してくださったのね!用を足す際、音が外に漏れてしまうのって、ちょっとお恥ずかしいものでしょう?だからソレをかき消してくれる、優雅な音楽があったら素敵だと思ったの。<椿姫>から名前をとって<音姫>といいますのよ!」


「…ではこの、臀部に向かって放射される勢いの良い<水>はどうなっているのかね…?」


「そちらは、大きいタイプの用を足した際に来る不快感を和らげるため、モーターを用いて排出される水で お尻を綺麗に洗い上げてくださるの!みなさまレッツ!ウォッシング!……のノリで<ウォシュレットゥ>ですわ!」



 ごほん。モンターナ伯爵はひと息ついて、心を落ち着けようと努めた。

 奇怪な機械の説明ではなく、貯水槽の水が枯渇し 領民から飲料水確保の請願書が届いているのはお前のせいかと聞きたかったのだが、頭ごなしに怒鳴ってはいけない。

伯爵は本能ではなく理性で動く生き物だ、と自分を言い聞かせて……言い聞かせるためにもう一度ごほん。と心をなだめていると



「ちなみに、請求書はお父さまの書斎に置いておきましたわ!2,525,000ペスカですって、2・5・2・5でニコニコ…なんてね、ふふっ」




「てめぇええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!!!!!!!!」




 時刻はだいたい8時30分。モンターナ城から鳴り響く怒声を合図に、領民が目をこすりながらベットから身体を起こす。

「ふわあ、もう朝か」「ほら!起きなさい学校の時間よ!」



 これが辺境の地・オルガ領の賑やかな朝なのである。




◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇




「ふんっ、この発明の偉大さがわからないなんて<500年>時代遅れですわ」

 私ミリア・モンターナはこの世界の人間ではない。



 ある日 突然目が覚めたら、赤ん坊の姿でお母さまに乳を与えられていた。


 これは輪廻転生かと、新しい人生が始まったのかと、最初こそ そう訝ったけれども、自分に与えられた名前を聞いた時、それは違うのだと悟った。


「ミリア・モンターナ……私が<創った>キャラクターじゃないの……」


 姿かたちが変わる前――つまり前世で、私は腐女子だった。

 それはもう、腐女子だった。具体的には思い出せないが、好きなキャラを使って勝手に物語を作ったり、イラストを描いたりしていた。肌色が多いタイプの作品も、好きだった。


「うっ、いけない前世を思い出そうとすると、頭痛が…!きっと呪いがかかっているのね」



 そしてミリア・モンターナも私が創った物語に出てくるキャラの1人。



 まだ私が生きていたころ『ルナティック☆らぶ!』という漫画が、一世を風靡していた。

 中世のヨーロッパが舞台のその作品は、男爵令嬢の主人公アナスタシアが、汗と涙とほんの少しの握力によって学院のトップに上り詰め、王太子ディートリヒの寵愛を得、王家に嫁いでいくというシンデレラストーリーである。

 本来は、全世代対象で 松〇修造も顔負けの健全さを誇る作品なのだが……当時激しめのストーリーに心惹かれていた私は『ルナ☆らぶ』を基に、肉欲と裏切りに満ち溢れた肌色が多いタイプの二次創作を書きあげたのである。



 ミリア・モンターナは、そんな愛憎劇の影の主役――つまりは「浮気相手」。


 王太子がアナスタシアに真実の愛を見出し 婚約者として定めた後に、純情な彼をそそのかして寵愛を盗もうとした悪女。

 姦通を図っただけなら醜聞で終わったものを、あろうことか王太子に取り入り、機密情報を聞き出すことで 王家への造反を企てたのだという。

 肉欲に溺れ、理性を失っていたディートリヒであるが、愛するアナスタシアのおかげで何とか我を取り戻し、自分を姦計で貶めたミリアを死刑に処すのである。謀反の処罰はミリア本人だけでなく、モンターナ伯爵家にもおよび――。



「……自分で考えた筋書きとはいえ、いざ当事者になってみると たまったもんじゃないわね」



 最初は、この世界が原作の『ルナティック☆らぶ!』を基に作られたもので、私が二次的に作ったストーリーは何ら関係がないと、そう思っていた。

 モブとはいえ「ミリア・モンターナ」は、原作にも アナスタシアのクラスメイトとして出ていたのだから…。



「けれど」

 鏡に映る自分の白い肌に、そっと手を添える。

 血管が透き通り、燃える紅に染まる頬。オルガに積もる雪のように白銀の髪。前世では考えられないほど、美しい自分の姿に見惚れながら、指先で自分の輪郭をなぞっていく。

 顔、首筋、するすると撫でると、胸元でピタッとその手を止めた。



「このおっぱいは、間違いなく私の作品…!!」

 そう、おっぱいが大きすぎるのである。



 二次創作として いかがわしい作品を創ると決めた際、原作のミリアが持っていた伯爵令嬢たる貞操と慎ましさは、いささか邪魔であった。


 主人公の未来の旦那を盗む悪女なのだ、とびっきり意地悪で、妖艶で、そして…デカくなくてはならない、パイが。王太子ディートリヒが一目で理性が吹っ飛ぶほどのパイ…。

 それを今、私は持っているのである。



「やばい、これは間違いなく私が創った世界の中だ……」



 殺される。この放漫なおっぱいのせいで、殺される。

 ワガママ娘のワガママボディのせいで、一家が没落してしまう。それだけは、なんとしても避けなければいけない。



「私が王太子ディートリヒに目をかけられた一番の理由は、おっぱい」

 さて、どうしたものかしら。

ウォシュレットも悪くない発明だったけれど、そろそろ私が生き延びるための発明を優先しなくてはね。


 キリリと痛む左脳を抑えながら、ひとり前世の記憶を反芻するのであった。




◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇




 この国の第1王太子として生を受けて、かれこれ19年。

 学業で優秀な成績を修め、公務で臣下から人望を集め、両親から王位の継承を望まれれば望まれるほど……



「つまらんな」



 自らが置かれた<恵まれた>境遇に、ほとほと嫌気がさしていた。



 試験勉強などしなくても、教本を目でなぞれば 紀元前から現在まで完璧に歴史を理解した。

「かつて東の大陸を唯一統一したチャンギス・ゴンが―――イザ教の始祖は青い玉が額に埋め込まれていたという――」

「校長!校長大変です!わたくし神童と同じ空気を吸っていましてよ!!!!」


 王国を守る騎士団の訓練に参加すれば、5歳で騎士団長から1本を取り、10歳でその頬に傷をつけた。

「ディートリヒ様にお仕えできること、我が生涯 唯一の誉れでございます。この傷!治すことなく、大切に……顔に魂に刻ませていただきます!」

「いや、傷は治してくれ」



 そして俺は、今日この時この瞬間も、一度だって、努力をすることなく、翌月に控える王位継承の儀に臨もうとしていた。


「今日くらい辛気臭い顔、やめろよなディートリヒ」

「黙れ」


 王太子、である俺に馴れ馴れしく絡んでくるのは、1人しかいない。

 細身の優男シャルドは、夜会に相応しく 華やかな真紅の燕尾服に身を包んでいる。


「でもまさかお前が、こんな世俗にまみれた会に参加するとはな」

「お前が誘ってきたんだろうが」


 そんなこと言って~!と頬を膨らませるシャルドは本当に気持ちが悪い。

 これでも社交界の婦女からは人気だというのだから、世間というものは理解しがたい。



「……王位を継承してしまったら、なかなか息抜きも出来なくなるしな」



 そう言いつつも、今までこういった<出会いの場>は極力避けてきたのだから、シャルドの良いようもわからんではない。


 自ら赴かなくとも、そういった縁には 事欠かなかった。

 生まれた瞬間から、ひっきりなしに届く手紙の数々。夜会でも、勉学のための学院でも、視察に赴いた城下町でも、誰もかれもが猫なで声ですり寄って来た。

 名前も名乗らず…私に誰を愛せというのだか。



 つまらん。本当につまらん。

 何1つ不自由していないはずなのに、すべてが欠けているような感覚がある。



「なあ、何やらご婦人方がザワついているぞ」

「いつものことだろう、放っておけよ」

「違うって、俺たちじゃなくて、ほらあそこ!」


 ほら、とシャルドが指で示す先に目をやると、そこにはまるで彫刻のように美しい――――




 男がいた。




◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇




 この世界と、私が生きていた世界とが 異なる点は大きく2つある。


 1つは単純に、時代。

この国は前世で言うところの15世紀前後。文化としては十分栄えているものの、文明としてはまだまだ発展途上だ。


 2つ目は魔力の存在だ。

 これは、私が想像していたような魔法とは少し違う。人間にも少量の魔力が宿っているようだが、『ハニーポッター』の世界のように人間の意志で行使できるものではないからだ。

魔力は万物に宿るエネルギーのようなもの…。そして、エネルギーにはいくつか種類があり、それぞれの物体が持つエネルギーの方向性は異なる。

 その影響が顕著に出るものを<魔草>や<魔石><魔水>と呼び、それらの素材をかけあわせることで人工的に新たなエネルギーの方向性を付与した<魔薬>や<魔動機>を作ることが出来る。


 この世界に来てからというもの、私はこの魔力の存在に没頭した。

 魔鳥の翼と弾性のエネルギ―を持つ魔石をかけあわせることで、<タケコピター>を作ったり、香りのエネルギーを持つ<魔水>を加工して<香水>を作ったりした。


 何より私を驚かせたのは、この世界の人間が全く魔力に興味を示していないということだ。

恐らく、今だ化学技術が未発達なために、加工方法が確立されておらず、その価値に気づかれていないのだろう…。


「理科の授業ちゃんと受けててよかった…。高校までだけど」



 おっぱいにより一族が滅亡する危機を防ぐため、私が思いついたのは、女性ホルモンを低下させることだった。


「男性的エネルギーを多く持つものを探せばいいわけね…」


「ミリアや、次は何を企んでいるのかね」

ノックもせず乙女の部屋に入り込んできた不遜なお父さまに、しっかり枕アタックを食らわせた後、ちょうどいいわと疑問を投げかけた。


「ねえお父さま。男性らしさ、と言えば何が思いつきます?これぞ男の象徴!といったものって、いったい何があるかしら」


「それは、髭だろう!」ふふんと自慢げに鼻息を荒げて続ける。

「見なさい、お父さまのこの雄々しい髭を!この美しい形を維持するために毎朝――」



チョキン!



「なるほど、確かにそれも一理ありますわね。流石ですわ!お父さま」

「…え、今切っ…」

「よし、後はいかがわしい形のキノコと、筋肉馬鹿のお兄様の汗でも貰ってきましょうかね」

「み、ミリ……」

「ありがとうございますわ!それじゃ!」



 颯爽とミリアが去っていくと、モンターナ伯爵は大きく息を吸って



「てめぇええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!!!!!!!!」



 本日2度目の叫び声をあげるのであった。




◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇




 本来パイを縮めるために作った「マッスル・ドラッグ」であったが、その効果はとにかく……絶大だった。


 季節の変わり目ごとに開かれるジョーンズ家主催の夜会。貴族の子息・令嬢たちが仮面を付けて素性を隠し、身分に囚われず無礼講で羽目を外すという、若者に人気の社交場だ。

 伯爵令嬢として招かれたミリアは、いつもに増して注目されている状況に、少なからず動揺していた。

 


「あっ、あのコレ…良かったら使ってくださいませ」

潤んだ目でハンカチを手渡してくる、心優しい――女子。



 そう、男性エネルギーを摂取しすぎたあまり、私は文字通り()()()してしまったのである。

 身長は恐らく30センチは伸び、体重も倍ほどになった感覚がある。だが筋肉量が増えたからか、不思議と以前より体が軽く感じる。以前は脂肪が多かった顔や胸周りが、すべて筋肉質に変わり、あれだけ豊満だった胸も、今は違う意味でムチムチに…なっている。

 前世で好きだったアクション映画――とある国の空軍に所属した男が、パイロットとして戦地を駆け巡る話――があるのだが、心なしかその主人公に似ている気もする。



「何ですの!あのイケメンは…」


「お名前だけでも!お名前だけでも教えてくださいまし!」


「はあ……その屈強なお胸に顔を埋め…たい」


「筋肉に幸あれ!」


「恋に落ちないなんてインポッシブルですわ!」


 バタバタと倒れていく婦人方。言い寄られるという経験も悪くないものだが、あまりの勢いに面食らってしまい、逃げるようにして中庭に駆け込んだ。

 夜会の招待状が届いたのは3日前…ちょうど魔薬が出来たタイミングだったため、試したい気持ちが抑えきれず、ついつい柄にもなく社交の場に来てしまった。

 どのタイミングでおっぱいが見初められ、死亡ルートに突入するかわからない以上、軽はずみに注目を集めることは出来ない。それもあって今までは避けて来た世界だったのだが――男でいれば王太子さまも見逃すだろう、と軽はずみな気持ちで参加を決めてしまった。

 最初の数十分こそ 非日常の高揚感があったのだが、普段 屋敷にこもって研究に没頭する私には、なかなかに刺激が強すぎたようだ。



 もう、十分楽しんだ。帰ろう――。



 そう思った矢先、氷のように鋭い声が、耳奥に突き刺さった。


「おい」

 

「えっ」


 恐る恐る振り返ると、烏羽の仮面で顔半分を覆った男が、直立不動で そこにいた。


「お前はこの王国の者じゃないな。有力な子息の顔はたいがい見知っている。仮面をしていても、わかるぞ……お前は、知らない」



 心臓が脈打つのを感じた。



 別に、悪いことをしている訳ではないのに、直感が逃げねばと叫んでいた。


「はは、仮面の夜に、素性を詮索するのは無粋でしょう…失礼」

 直ぐにその場を去ろうと顔を背けるも、手首を強く掴まれてしまっては、静止せざるを得ない。



「スパイだな」



「ちっちっちがいます!!!!」



 烏羽の仮面男が、空いた手をサーベルの柄にかけようとしたのが視界の隅に入ると、不用意な弁明は死亡ルートにしかならないと悟った。

 


 ええい、もう…どうにでもなれ……!



 予め作っておいた<魔薬>を急いで飲み込むと、目の前が一瞬のうちに、白い世界へと転じた。




◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


お目通しいいただき誠にありがとうございます…。

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後編は明日0時公開予定です。

しっかり毒を盛ります!!

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