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7:事故敷地――これからの曰く

【文字数】4331字 【推定読了時間】約9分




「もう、やめない?」


 Aは切り出した。


 場所はBの別荘――もとい【怪会】の動画制作スタジオに戻る。


 彼らが投稿した最新の動画をBはまた最初から再生していた。

 すでに不機嫌な顔つきだったが、Aの言葉を聞くとなおさら顔を険しくする。


 つい先ほど自分で『つまんねぇ』と言っておいてなんだが、現状、チャンネル登録者数は多いほうだし、コメントも好意的だ。とくにAには人気がある。


 それなのにやめたがっているAに、Bは苛立つ。


「は? やだよ。なに? ビビってんの?」


「そうじゃなくて……」


「なに? またおまえん()の話? どうせ幽霊出ないんだから大人しく住んでろよ。つか女と別れたのオレのせいにされても困るんだけど。逆恨みじゃん。」


 Bは捲し立てるように言う。

 明らかに高圧的で、相手の神経を逆なでするような言い方だ。


 Bは初対面でこそ愛想がいいが、いいのは第一印象までだ。すぐに他人を順位付けして、全員を自分の下に並べる。そしてそれが露骨に態度に出る。

 いい顔をするのは自分に利益があるときだけだ。たとえば撮れ高が欲しくて無理を言うときなどがそうだった。


「つかその女って霊感ある子? なんか見たりとかしてないの?」


 Bは勝手気ままに話を変える。

 自分の興味があることしか関心がないのだ。


「いやなんか……、男の子を見たとか言ってたけど。」


「マジで! おまえは? 撮った!?」


 Bは喜色を浮かべるが、Aは落ち着いていた。


「いや見てないけど。普通に幽霊じゃないよ。」


「いや幽霊だよ。どういうシチュエーション?」


 自分に都合のいいほうへ考えなしに決めつけるのはBの悪い癖だ、とAは思う。

 Aはうんざり、という表情を隠さなかったが、だが答えることにした。

 Bが求めるような面白い話ではないと教えてやりたかったのだ。


「……玄関の前、廊下あるでしょ? 吹き(さら)しの。そこに立ってたって。小学生くらいの男の子が。」


 そもそもBが見つけてきたのだから、その事故物件がどういうものかBは重々知っている。

 単身者用のマンションだから子供がいるのは考えにくいのだ。


「たとえば単身赴任の親に会いに来てた、って考えても、そのときって平日の夕方で、その翌日も平日だったし、そもそも子供が廊下にひとりでいるのは絶対おかしいって、……元カノは言ってた。」


 Bは色めき立つ。


「マジかよ。でも赤ん坊じゃないのか。その小学生『おぎゃあ』とか言わなかったの?」


「聞いてないよ。元カノは男の子を見たあとすぐおれの部屋に入って、で、おれもすぐ廊下見たけどいなかった。」


「なんだよ。今度は外に定点カメラ置くか?」


「いやそれ絶対人間だと思う。普通に。幽霊じゃないんだよ。」


「なんでだよ。見てもないのにテキトーなこと言うなよ。」


「普通に外から入れるんだよ。」


「オートロックあるじゃん。エントランス。」


「でも侵入できる。小学生ですら。」


「なんで?」


「外階段のわきに貯水槽? みたいなタンクがあるんだけど、梯子(はしご)がついてて簡単に登れる。そこから外階段に入れる。」


 Bは徐々に不機嫌になる。

 Aが話すのがマジックの種明かしのようで、つまらなかった。


「外階段にも吹き曝しの廊下にも防犯カメラは付いてない。エントランスとエレベーターにしか防犯カメラがないから、不法侵入は余裕でできちゃう。防犯意識が薄いんだよ。まあ安いところだから泥棒から狙われたりとかは考えにくいけど。」


「いや、それはおかしいだろ。そもそも小学生がなんで不法侵入したのか、動機がないじゃん。いいか? 自分が死んでるってことに気づいてない赤ちゃんが、幽霊のまま大きくなって小学生になった――そういう話なんだよこれは。」


「すぐ近くに医院がある。そこ、そんなに大きくないけど四、五階くらいまであって、入院もできるみたいなんだ。で、小児科もある。」


 眉根を寄せたBに、Aは静かに続ける。


(うち)からは無理だけど、もっと上の階の廊下からならその医院の上の階…入院施設がある階が見えるんだよ。すぐ近くに。そこに入院してる誰かの様子を、その男の子は見に来たんじゃないかな? たぶん友達とかで、…でも面と向かって会えない事情があったとか。」


「なぁにいい話ふうにまとめてんだよ。そんなのこじつけだろ。」


「幽霊ってのがそもそもこじつけだろ。」


 Aはいつも、他人をあからさまに否定するようなことは言わない。

 遠回しに、論理的に、あくまで自分の感想として、同意はできない、というような言い方をする。

 だがいまは違った。

 Aはかすかに苛立ちを滲ませていた。


「てか、そういうことが言いたいんじゃないんだよ。そんなことどうでもいい。おれは壁が薄いのがもう無理。隣のホスト、夜にあんまり居ないのはいいけど、居るときは相変わらずうるさいし。管理会社にもう三回も電話してんだよ? あと浴室にカビがすぐ出るのももう限界。排水溝からなんかいやな臭い、…掃除してもすぐするし。もっとまともなところに暮らしたい。更新料とか絶対払いたくない。」


 話すうちに実際そのときに感じた怒りや嫌悪感が思い出されて、Aの声はささくれだっていった。


「払うのオレじゃん。」


 家賃その他諸々、住居に関する費用はBが負担している。それがAの動画出演にかかる報酬なのだ。


「更新料は払うし、あそこは借りつづける。おまえが出るんならあそこに定点カメラ置けるし、おまえは……ここに住めば?」


「普通に遠い。」


 Aは言下を潰して否定した。


「こっからどんだけかかると思ってんの?大学まで。」


 普段は穏やかなAのらしくない様子に、Bは内心たじろぐ。と同時に、Bに譲る気などさらさらない。


「てかそういうことでもない。おれは、将来のことを真面目に考えてんだよ。」


 Aの声音から苛立ちが抜け、真剣みを帯びる。


「就活でさ、こういうことしてるって知られたら落とされるだろ。普通に就職とかできなくなる。」


 彼らは大学四年生だ。

 卒業まで一年を切ったいま、すでに内定が決まっている者はすくなくない。


「『就職』って……、は? なに言ってんの? おまえなに? サラリーマンになるつもりなの?」


 Bは薄笑いを浮かべてAを嘲る。

 Aは真っ向からBを睨んだ。


「悪い?」


「ダメだ。おまえはオレと一緒に【怪会】を続けんだよ。んでもっと視聴回数稼いで、もっと認知されて、さくっと金稼いで、んで伝説になんだよ。じゃねーと終われねーよカッコ(わり)ぃ。就職するんでやめますなんてダサくて言えるかよ。」


 話せば話すほど、Bは興奮して声が荒くなっていく。

 対してAの声は落ち着いていた。


「『伝説』とか……。よく言うけど、簡単に叶えられるもんじゃないだろ。頑張ってどうこうなる話じゃない。撮影許可取るだけでも大変なのに、夜の撮影とか普通に危険だし。オバケとかも、……ひどくなってるし。……無理なんだよもう。もう潮時だよ。」


 チャンネル登録者が多いといっても、事実、生計を立てられるほどではない。一生食っていける保証はない。

 登録者数も視聴回数も一定数は稼げているが頭打ちで、それ以上には伸び悩んでいるのが現状だ。

 このまま現状維持できるか確証はなく、それどころか、突然に飽きられ、忘れられる可能性も充分にあるのだ。

 安定した生活を考えれば頼れる収入源ではない。


「おまえマジ……マジで言ってんの?」


「うん。もうちゃんとしたい。堅実に、普通にしたいよ。こんなふざけたことしてないでさ、もう大人になんないと。普通の大人に。危険なこととかもうやめよう。まともになろう。」


 Aの言い方は押しつけがましくBに聞こえた。

 その言葉はこれまで散々『普通の大人』から言われてきたことだった。

 親や、親戚や、教師や、クソコメを残していく視聴者(アンチ)たち――Bが人間の底辺にランク付けしているようなつまらない連中から、頭ごなしに、耳に胼胝ができるほどに言われてきたことでもあったのだ。


 Bはキレた。


「おまえが言うのかよそれを。おまえは、……おまえの口からだけは聞きたくなかったよそんなつまんねえこと。『普通』? 『普通の大人』? は? そんなもん死んでもなりたくねーよ!」


 Bはすと立ち上がりダイニングに行ったかと思うと、空のゴミ袋と大きな紙袋を持って戻ってきた。


 ローテーブルの上の物をゴミ袋に乱雑に入れはじめる。

 まだ食べられる物もあるのに、燃えるゴミも空き缶も、一緒くたにゴミ袋に入れてしまう。


 Aは嫌悪感を表情に滲ませながらも、黙っていた。


 Bは片づけ終えると、ローテーブルに紙袋の中身を並べていく。

 米、包丁、ガラスコップ等々、一見すれば関連がないようなものだ。

 しかし最後に取り出した物で、Aには察しがついた。


 それは黄色のテディベア――『Cちゃん』だった。

 撮影兼雑用スタッフのお手製の、不細工すぎて不気味な代物だ。最新の動画でもがれた片足は新たに縫いつけられていた。


「なにするつもり?」


 非難するようにAは問う。

 しかしBの顔を見上げた途端、Aは怒りを失った。

 目が離せなくなった。

 Bの表情は、見たこともない、名状しがたいものだった。

 切羽詰まっているような、狂っているような、なにか妄信しているものを必死に隠そうとして無表情の表皮を被っているような――。そして瞳の奥には、どこか寂しげな色さえあった。


「いつか言ってくれたよな。オレの夢、叶えてくれるんだろ?」


「……」


「伝説をつくるんだよ。今夜。」


 Aはこの言葉で、呆れと怒りを取り戻す。


「はあ?」


 Bはニヤリと笑った。


「いいか、今夜オレらは、つまんねぇ普通みたいなもんじゃなくなる。伝説になるんだよ。」


 BはGプロを小さな三脚でテーブルに設置して、Aに向けた。

 Aは急いでマスクをつける。


 Bは録画のボタンを押す。


「みなさんこんばんは~! 今夜も元気に恐れ(おのの)いて行きましょ~!」


「まじか。」


 Aは辟易したような表情で腕を組む。


「今回は、あの、有名な、ヤバい降霊術を行います!!」


 Bがやたらと癖のある声を出す。動画用の声だ。


「みなさん、もうわかりますよね? 『ひとりかくれんぼ』、です。」


 Bは意味深な調子で言った。

 と思いきや、いきなりに素の声でAに告げる。


「あとのことは、紙に書いといたから。それどおりやって。オレは車で待ってるから。定点カメラの映像、モニターで見てるし。」


「なんかあったら絶対来いよ! 絶対寝るなよ!!」


「寝ない寝ない。」


「B酒飲んだら絶対寝るだろ。起きとけよ!」


 Aの声を背中で聞きながら、BはAが言い終わる前に部屋を出て行ってしまった。


「マジかよ。ほんと……」


 Aはちらとカメラを見て、なにか考えるように視線を下へ泳がせた。


「ほんと、幽霊とかよりあいつのが全然怖い……。いつかほんとに殺される気がする……。」


 Aは、ここは動画にならないだろうと思いながらも、そうぼやいた。

 視聴者への声と、素の声の、中間くらいの声だった。




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