16:さんにんかくれんぼ
そのあとは三人で次回の動画の最終確認をする予定だったが、Bはリビングのソファーに横たわって動かなくなった。
Bに毛布をかけるCに、Bは言う。
「寝るからあっちでやって。勝手に帰んなよ絶対。」
酒に弱いのに好きで、かつビビりだからこういうことになる。
いつものことだ。
動画の最終確認は、普段ならリビングに置いている業務用モニターでやるのだが、Bがそんなふうだから今夜はダイニングでやることになった。
テーブルにノートパソコンを開き、AとCはその前に並んで座る。
Cは画面を向いてはいたが、まるで集中できなかった。
Cは頬杖をついて、九十度近く傾いて画面を見ていた。
目は据わり、焦点は合っていない。
「Cくんも寝たら?」
Aが勧める。
同じくらい酒を飲んでいたくせに、素面と変わりない様子だ。
「……ぃぇ。」
「じゃあちゃんと見なよ。」
「俺、…………あぁぁぁぁ~~~」
「え?なになに?」
「俺ぇ…Bさんに酷いこと言っちゃったぁ……。」
Cがあまりに悲しそうで、Aは彼を泣き上戸だったのかと疑う。
「ほんとうはそんなこと思ってないのに……いや多少は思ってますけど。Bさんのはちょっと過剰だとは思いますけど。」
「えなにが?」
Cの脈絡のない発言に、Aに苛立った様子はなく、むしろ幼い子供を扱うように柔和だった。
「承認欲求って、大事ですよ。」
「ああ……。」
「Bさんってね、作品を作るときに、最初から最後まで常に視聴者を意識してるでしょ。だから凄いんだよな。あの人の作品は、見てる人の精神状態を操れるんですよ。心を掴んで離さない。ハンドルを握ってるみたいに。グネグネした海岸線を走らせるみたいに右に左に、ジェットコースターでゆっくり登って、急降下するみたいに。だってのに、ドライバーが自慢話しかしないのが欠点なんだよな……まぁそれは今はいいや。」
Cはボディーランゲージを交えながら、情感豊かに話した。手でハンドルを握るジェスチャーし、左右に動かし、上下に動かし、最後には片手をふいと払った。
「Bさんは思うように笑わせられるし、驚かせられるし、怖がらせられる。それって凄いことですよ。それができるのは見てもらいたくて作ってるからだ。しかもほんとにこれまで人に見せてきた。生の反応を見てきてるんですよ。それでどんどん磨かれていった。そういうのの根底にあるのって、承認欲求じゃないですか。」
Aはうんうん、と頷きながら聴く。
「俺にはあんまりないものだから。羨ましいですよ。俺は、Bさんとは真逆で、自分のために、一人遊びみたいに、他人なんか自分の世界から追い出したくて作品を作ってきた。だから独り善がりになっちゃう。それをBさんは否定してくれてるんで、…いいことです。勉強になりますよ。あの勘っていうのか、センスっていうのか……羨ましいですよ。」
Cの笑顔は寂しげだった。
「……っていうか、ほんとは、最近はね、予感はあるんですよ。ここは削られるなーってのは。でも俺はどうしてもそうしたくなっちゃうんだよな……。『あぁすげえアイデアだ!』って思い付いたら、もうやりたくなっちゃうじゃないですか。」
「それって、削られるのわかっててもBに見てほしいってこと? 『すげえアイデア』をBに褒めてほしいってことかな?」
「俺、……あぁ、うーんと、……自分語りいいすか?」
言われてすぐはCはばつが悪そうに目を泳がせていたが、語尾には微笑した。
「いいよ。」
「俺、ガキのころ、現実と空想の区別がつくまで時間がかかって……。なんか、見たものを親とかに話して『嘘つくな』って言われてやっと空想だってわかるんですよ。だから……自信がなくて。なんにしても、自分が見てるものもそうだし、自分のほかの感覚とかもそうで、商業映画でみんなが笑ってるときに俺だけビビってたりとか、みんな苦虫噛んだみたいな顔で見てるシーンで俺だけ感動してたりとか。そんなんで来たから、美大でも、凄い人の凄い作品を真似して作ることが多くて。教科書どおりに。点は取れるけど花丸はもらえないみたいな、そんなのばっか。でも、一回、ホラーの制作課題があって。俺好き勝手やって。で、先生にはコテンパンにされたんですよ。でも、……Bさんは、――」
Cは照れ隠しに笑う。
「――褒めてくれたんですよね。俺、オリジナリティがあるって言われたの初めてで。すげえ嬉しかったんですよ。これまで他人から『嘘』って叱られてきたものが、初めて褒められた。『オリジナリティ』だって。だから……。
だからですかね、修正入るってわかってても、動画に向いてないってわかってても、でも、Bさんには見てほしいって思うんだな。他人には見せられないから、どうせ修正されるんなら、Bさんに見てもらう分には、許されるよなって。俺の“真実”がどこまで通用するか、Bさんに教えてもらってるんだ。そういうことなんです。」
結局のところ、彼らは互いの足りない部分を補い合っていた。
Bの承認欲求の強さはCになく、Cの想像力の逞しさはBにないものだった。
根底の動機が違えば、会得できる技術も当然違うものになる。
そんな二人が心血を注いだのだから、完成度の高い動画が生れてきたのだ。
「じゃあCくんはBの会社に、……もし本当にできたとしてだよ? 就職するつもり?」
CはAを見て、すぐには答えられずに、黙った。
Aは穏やかに待った。
しばらく考えたあとに、Cは口を開いた。
「ちょっとまえに、Aさん俺に、なにが怖いかって聞きましたよね。」
「あぁ、Cくんは『フリ』って言ったよね。『前振り』だって。」
そう言ったあとCは心霊動画の恐怖演出についてひとしきり熱く語ったのだが、Bが「頼もしいや」と言って笑ったから、ようやくCは話が食い違っているのに気づいた。技術論ではなく、個人的な話だったのである。
「そう、それで俺、『貧乏』って言ったでしょ?」
貧しい家庭にCは生まれた。
長らく、なんの疑問もなく、高校を出たら就職するのだと思っていた。家や田舎から逃げるように美大に進学したのだ。だから親からの金銭支援はもちろんない。学費も生活費も自力で稼いで、片や学校の課題をこなしていた。
Bはその状況を知っていて、もしCが【怪会】に加わるなら――ヤラセをするなら、バイトをすべてやめろと言った。月給で、これまで稼いでいた額より出すから、と。
当時はちょうど、あわや水道が停められるというところだった。
Cが参加を即決したのはそういう背景があったからだ。
だがたとえ熟考できる余裕があっても結論は同じだったとCは思う。
金を貰って経験を積めるのだから、こんなうまい話を逃す手はない。
実際参加してみると恐怖演出だけではなく、運転をはじめ、事前調査、ロケハン、食事の調達、撮影、編集――なにからなにまでやらされた。
きつかった。
だが楽しかった。
様々なタイプのカメラや業務用モニターに思う存分触れる。ただ触るだけでは当然Bは満足しないし、自分でも満足できないから、それらを使いこなせるように努力する。撮影では視聴者が画面という垣根を忘れるような映像を作るために、まずはカメラの仕組みから学んだ。編集では効果的なカットのつなぎ方や音の入れ方を覚えていった。そうやって徐々に表現の引き出しを増やしていく。勘が身についていくのを感じる。いい映像が作れるようになっていく。
面白かった。
ヤラセに罪悪感がなかったわけではない。
だから動画では本名はもちろん、姿も、極力声も出さない、ただの雑用スタッフとして扱ってほしい、とBには頼んでいた。
ほとんどの仕事をBがやっていると視聴者は思っているが、それでいい。
ヤラセをしている――そういう罪悪感から逃れようとしている自分の卑劣さを思えば、視聴者からの称賛を受けるわけにはいかないことくらい、わかる。それくらいの分別はある。
ただ自分さえわかっていればいい。
この逃れようがなく後ろ暗く、どうしようもなく楽しいことを、ただ続けられたらいい。
――そう、思っていた。
「Bさんの誘いは、魅力的ですよ。……でもいまはもっと欲が出てきちゃったんです。俺、衣食住がまともで、ついでに映像制作に携わってられたらいいって思ってたけど、いまはもう違うんです。」
つとあがったCの目は、希望に輝いていた。
「映画監督になって傑作を一本でもいい、作れるなら、泥水啜って野垂れ死にしたっていい。悪霊に取り憑かれたって構わない。貧乏も死も幽霊も怖くない。」
すぐに自分のクサいセリフを恥じらって、誤魔化しに笑う。
「そういうふうに思うようになったのは、二人のせいですよ。才能があるなんて言って俺を担ぐから、俺はその気にさせられたんだ。欲が出ちゃった。」
笑みを浅く残したまま、Cはノートパソコンの画面に目をやる。
画面のなかではCの恐怖演出に恐れ戦くAとBの姿がある。
「たしかに俺には金もコネもない。でも、才能はある。」
Cは鼻の奥がつんと熱くなるのを感じた。
「俺には夢がある。」
しばらく画面を眺め、吐息をついて気持ちを落ち着けたあと、Cは言葉を続けた。
「Bさんには感謝してます。俺なんかに目をかけてくれて、助けてくれて、……ほんと、死にそうなところを助けてもらったんですよ。命を救ってもらった。それだけじゃない、映像の勉強もいっぱいさせてもらった。ほんと感謝しかないです。
でもいつか道は別れる。Bさんには、俺なんか必要なくなる。
ホラーっていうジャンルで、好き勝手やってる変な人たちがいっぱいいるでしょ。オカルト研究家とか、呪物収集家とか、肩書が謎な人たち。情熱があって楽しそうに生きてる人たちですよ。Bさんはたぶん【怪会】の会長とかいって、そういうところで愛されるようになるんです。俺が羨ましいなんて嘘ですよ。そんなの忘れて楽しくやってくんですよBさんは。」
「Cくんはそう言うけど、たぶん無理だよ。」
Aはあっさりと言う。
Cは意表を突かれて、表情を失った。
「Bは、どっかでいつも人を見下げてる。そういうのって見透かされると思う。人気者にはなれないよ。みんなに愛されるような人にはなれない。尊大な自分を隠すのも下手だしね。ほんとうはCくんも気づいてるでしょ。でも、それに気づいてるのに見捨てるのは気が咎めるから、そんな希望を言うんだ。」
Aの声は冷静だった。
彼の言葉はごく客観的な、私情を挿まない意見に聞こえた。
AにBをけなされているようで、Cは否定したくなる。
「でも、人は変わるから。」
「ほらやっぱり。Cくんだって、いまのままのBなら無理だって気づいてる。」
「……Bさんは変われる人ですよ。」
「希望的観測だよ。Cくんに罪悪感があるからだ。Bを踏み台にして、自分だけ夢を叶えるつもりだからだ。」
そんな指摘は思ってもみないことだったが、思ってもみなかった理由は、無意識に目を背けてきたからだといわれれば――否定できるだろうか。
Cが動揺しているうちに、Aは言葉を続けた。
真摯な態度だった。
「Bの夢、叶えてあげようよ。」
「それは、……会社に?」
「違う。会社にしたってBの夢は叶えられないよ。会社は手段で、目的じゃない。Bの夢は伝説になることだ。」
Aが体を前のめりにして、顔がすっと近づく。
「伝説にしてあげようよ。おれたち2人で。」
Cは、それ以上は詳しく聞いてはいけないような気がして、閉口した。
これはもうはぐらかしたほうが良い。そういう嫌な予感がある。
だがAは続ける。
にっこりと笑う。
「ついでに、おれの夢も叶えてほしい。」
「……いやです。」
Cは表情を作る余裕もなく小声で拒否し、Aは「ひどいな」と破顔する。
「頼むよ。Cくんにしか頼めないことなんだ。」
わざとらしく懇願してみせ、Aは手を伸ばしてCの肩にさりげなく触れ、逃がさないように捕まえた。
「とりあえずおれの話を聞いてよ。おれの夢の話。」
Cの期待に反してAは話を進めていく。
「あ、でもその前に一つ確認なんだけど……」
Aは軽く言うと、Cをじっと見つめた。
「……Cくん、おれのこと好きなの?」
そんな冗談のようなセリフを皮切りにAが始めたのは、彼の本当の自己紹介だった。
隠していた正体をついに現したのだ。




