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13/18

13:未確認歩行物体




 Cが【怪会】に参加するすこし前のことだ。


「宇宙人の撮影に成功したから見に来い。」


 そうBから命令され、あいかわらず無茶苦茶なと思いながらも、Cは素直に従った。




 CにとってBは、同じ美大に通っている一つ上の先輩にあたる。


 CはBが心霊系動画配信者で、それなりに有名だと知っていたが、知り合ったのは偶然だった。授業の課題を手伝ったのがきっかけだ。


 Bも授業で知り合う以前にCのことは知っていたという。

 Cが課題で制作した映像作品を見ていたのだ。


 それはホラーと銘打たれてはいたが、ジャンルの枠から大きく逸脱した、とりとめのない不気味な映像の連続だった。


 Cは真面目で優秀な生徒だ。技術をよく学び、うまくシナリオを組むと評価されていた。それだけに教師からは酷評を受けた。


 Cにも自覚はあった。

 好きなジャンルだったから好き勝手やって暴走したのだ。


 それをBは、オリジナリティがあると言って褒めた。




 Cが連れていかれたのは【怪会】の動画制作スタジオだ。

 動画にもされた曰く付きの家である。


 感情をあまり表に出さないCではあるが、これには色めき立った。

 が、行ってみると、ちょっと大きいかな、くらいの、拍子抜けするほど普通の家だった。あたりの空気は初夏だというのに涼やかで、清らかにすら感じた。

 宇宙人どころか幽霊が出る気配もない。


 リビングに通されて大型ディスプレイの前に座らせられると、定点カメラの録画映像を見せられた。


 このリビングが写っている。

 Cが座っているソファーを中心に、奥の廊下、台所の入り口などまで広く捉えていた。

 Cは見上げる。

 やはりディスプレイの後方、天井の(かど)にカメラが設置されていた。


「いつも撮ってるんですか?」


「だいたいな。ただこんときは停止させられたから、遠隔操作で動かした。」


 CはBの言った意味を呑み込めないまま画面を眺めてしばらく、ようやくなにか動いた、画角に歩いて入ってきた――と思ったらAだった。


 そしてソファーに横たわる。


 訊けばAはよくこの家に泊まるらしい。それでAは合鍵を持っている。のちにAに「事故物件でひとりで怖くないですか?」と尋ねたところ、「同じ事故物件なら隣の人が騒いでるよりこっちのがマシ。」と答えた。Aはひとりで滞在するときには定点カメラの録画を切っているようだが、Bが遠隔操作で盗撮できることまでは知らないようだった。


 Bは早送りにした。


 Cは画面全体を視界に捕らえ、とくにAの背後に注意を向けていたが、一向に変化はない。

 ただAの体が呼吸のためにわずかに伸縮していて、日がだんだんに傾くのに伴って画面が暗くなっていく。Aが登場してから六時間弱、彼は一度だけ食事をし、一度だけトイレに行き、四度だけAV機器を操作した。

 やがてAは寝落ちした。

 それまでずっと、ぼーっとした顔をしていた。


 それだけの動画だ。

 Bの言うような『宇宙人』の姿はない。


「おかしいだろ。」


 Bが真剣な表情で言う。


「え? いや何がすか?」


「Aだよ。普通じゃねーよ。」


「……別に普通でしょ。」


 Bが画面から目を離してCを向くから、CもBを見る。


「Aが『暇潰しになんかない?』っつーから、これは見とけってやつ…損はないし勉強になるからってのを集めてやったんだよ。わざわざ。DVDとかビデオとかを。

 で、A、このときなに見てたと思う?」


「えぇ? ……さぁ?」


「Eムワンだよ。20××年。Aンタッチャブルが優勝した年。」


「あぁ最高ですよね。」


 声に抑揚はないが、Cとしては歴代の大会でもベストだと思っている。

 このあたり、Bとは気が合うのだった。

 逆に、気の合わない人がいるのももちろんわかっている。


「……まぁ、そういう人もいるでしょうよ。」


「そのあとは、ほんとにあった――系のビデオグラムとか、心霊スポット突撃系のバラエティー番組。」


「嘘でしょ?」


 大声ではなかったが、とくに『う』については腹から声が出た。


「どういう拷問なんすか。」


「英才教育だよホラーの。」


 それをこんな由緒ある心霊スポットで、明かりも点けずに、ひとりで見て、果ては寝たのだから肝が据わっている――というより、なにか違和感がある。お笑いでもホラーでも、見ていて、表情をすこしも変えずにいられるものだろうか?


「まじか……」


 ホラー映画は好きでもオカルト方面にそう詳しくなかったCは、【怪会】への加入後、Aにも増してBの“英才教育”を受ける破目になるのだが、もちろんいまは知る由もなく、ただ他人事として感慨深げにつぶやいた。


「こいつは人間じゃない。」


 Aの様子にはたしかに引っかかるものはあったが、しかしBは言い過ぎに思えてかえってCは冷静になった。

 それが表情に出ていたのだろう。

 Bがなおも真剣に言う。


「ほんとだよ。この家な、あいつが来る前にはよく起こってたんだよ怪奇現象。オーブとかラップ音とか。でもあいつが来てからどんどんなくなってった。

 なんつーかな…除霊とか逃げたとかじゃないんだよ。なんつーか空気っつーか……次元が変わったんだよ。地球外の物質でできてるから、出てる波長が違ってて、そのせいで、空間自体が変わったんだよ。」


 Bの声には熱が帯びていたから、Cはやや引いた。


「もしかしてですけど……Mーとか読んでます?」


「特集が面白そうならな。

 ……いやマジで冗談じゃないから。おまえ嘘だと思ってるだろ?」


「え? まぁはい。」


「クソほんとなんだよ。

 あいつが来るようになった頃、夜にここで、二人で飯食ってたんだよ。たら二階から、ン、ン、て、足音がして、で『おまえ聞こえるか?』って訊いたらあいつ『聞こえない』って。それで、オレずっと天井見てて、やっぱ聞こえて、それであいつのこと見たら、……あいつオレのこと見てんの。ずっと。

 驚いたよ。その顔が…なんていうか、疑ってるみたいな顔でもなくて、なんか、空っぽで……。

 そんときのオレの驚いた顔がどんなだったか見せてやるよ。」


 Bは大型ディスプレイにデータを送るため、ノートパソコンを操作した。


 Cはまた定点カメラの録画を見せられるのかと思ったが、違った。

 以前に撮られた心霊動画の撮影素材らしい。


「これがオレの顔だよ。」


 Bが指さした先、画面のなかで恐れ(おのの)いているのは、Aだった。


「観察してたんだよAは。真似するために…演技するために見てたんだ。あいつビビり要員で呼んだのにさ、ほんとは全然なの。全然ビビってないの。

 ほらこれ見ろ。」


 Bが画面を一時停止する。


「ここ廃神社でさ、この朽ちてる丸太、これ元は鳥居だったんだよ。それわかってて平気で踏んでんのAは。こんなもん、こいつビビり要員で、オレが悪役なのにってことでカットしたわ。

 あいつは祟りとか呪いとか幽霊とか、神も仏も、全然信じてないんだよ。全然怖くないの。」


 言われてみれば、Cにも心当たりがある。

 Aが登場して日が浅い動画ではとくに、Cが自分には真似できないなと思うことをAは時々やっていた。

 暗闇をすたすた歩いて行ったり、廃墟の扉を平然と開けたり、呪物をひょいと持ちあげたり――。心霊スポット巡りというより探検でもしているように見えた。

 虎を知らない子牛かと思っていたが、なるほど宇宙人だったわけだ。


「霊障もさ、オレ一人でやってるときはちょくちょく起こってたんだよ。それなのにあいつが来てから全然でさ。

 でも視聴回数は伸びてんだからイケメン様様(さまさま)よな。

 怪奇現象が怖いんじゃなくて、あいつが怖がってる姿で、その演技がうまいから、視聴者は怖がってんだよな、たぶん。」


 最後にBは話を脱線してぼやいて、言葉を区切った。

 そして改めてCを見る。


「Aには言うなよ。」


「あぁ、気づいてるのバレたら消される可能性がありますもんね、Zイリブみたいに。」


 Bは破顔し、Cの頭を軽く(はた)いた。


「おまえふざけんなよ。」


 AをUMAの一種だと信じながらそれでも利用しつづけようとするあたり、命知らずで撮れ高至上主義のBらしい。

 そんなことを思っているCに、Bはしっかりと焦点を合わせた。


「いいか、C。」


「はい?」


「天才ディレクターのオレがいて、ビビる演技がとびきり巧いAがいて、でもオバケは出ない。だからおまえが要る。」


 Bがニッ、と白い歯を見せる。


「最恐を作れ。おまえが。」




 つまりは、ヤラセだったのだ。


 心霊動画のすべてではないが、すくなくともCが参加するようになってから、ヤラセがなかった回はなかった。







 これまで撮れてきたもののなかにはホンモノらしいもの――にわかには理解しがたい不可解な現象もあるにはあったが、だがそれでは物足りなかった。尺も撮れ高も不充分だった。


 Cが加わる以前から技術(ヤラセ)とは言い切れないような“怪奇現象”はあった。これはいわば人間の本能が見せる幻だ。

 たとえば野鳥の声だとしても、言葉で「人の声だ」と言ってしまう。そうすると画面越しにしかその音を聞かない視聴者の多くは人の声だと認識する。

 聞き慣れない野生動物の声や木造家屋の軋み、撮影機材の不備――、そういうものをすべて、正体を予想できていながら、怪奇現象だと言い張る。そうすることで視聴者に思い込ませる。

 そういうことならBもAも、意図的かそうでないかは別にして、よくやっていた。


 Cはそれに加えて明らかな仕込み(ヤラセ)をしたのだ。

 白いワンピースに長い黒髪のマネキンを置いたり、音声を加工して不気味な声を作り小型スピーカーから流したりした。


 そういうものは“オバケ”という隠語で呼んで、ホンモノと区別していた。


 最初に“オバケ”を登場させたときにBが大根役者だとわかったから、それ以降は演出案を伝えないことになった。

 不服そうではあったがBも同意したことだ。

 だからBは、どんな仕組みで、どんなふうにヤラセをするか、知らずに生の反応を見せていた。


 他方、Aは知りたがったから教えていた。

 困惑した表情で「ヤラセなんてよくないと思うけど…でも驚かされるの嫌だし…。いつどんな“オバケ”が出るかは教えて」などと渋々と頼んでくるくせに、カメラの前のAとなると、いつも撮影前の態度を裏切った。

 Aは期待を超える演技をした。

 知っていて、その上で目を潤ませ、滝のような脇汗をかき、恐怖のあまり引き攣るように笑う、というような演技をしていたのだ。

 そして直後に写りを確認するとなると途端に冷静になった。「いいアングルで撮れてるね」などと言って爽やかに笑うのだ。


 Cは、シナリオライターとしては、Aに感謝した。

 だがひとりの人間としては、恐れた。

 Bが抱いていた疑念を、Cもまた抱かずにはいられなかった。


 そんな人だとは思ってもみなかった。


 最初は、いい人だと思っていた。

 画面越しに受けた印象は、多くの視聴者と同じく、戦隊もののレッドだった。


 その後【怪会】に参加し実際会ってみると、とりたてて溌溂でもなく、ご都合主義的に間抜け、というふうでもないとわかる。聡明で穏やかな人だと思った。


 だが共に行動するようになってしばらく、そんなイメージもゆっくりと崩れていく。


 なにかおかしい、どこかズレている、と感じさせるような言動を、Aはときおり見せた。だがそれは飽くまでささやかな言動で、だから芽生えた違和感は漠然としたものでしかなく、ではその正体をはっきりさせようとよくよく観察しようとすると、途端にぼやけて、やがて消えてしまう。

 あぁ勘違いか――と思って忘れた頃に、またふと、Aの言動に違和感を覚える。

 ともに過ごす時間が増えるほど、そういうことが繰り返されて、違和感はたんだんに蓄積していった。


 CのAに対する心証を決定づけた出来事がある。

 撮影直前、とある心霊スポットがある山奥でだしぬけに、指を下にして(グー)を差し出してきた。「あげる」と言う。(パー)を出してみるとアオガエルを乗せられた。それは死んでいた。Aの手のなかで圧死していたのだ。ビクッと驚いたあとAに疑念の視線を向けると、Aは含み笑いだけして無言のまま踵を返した。

 ヤバい、と思った。


 たしかにBが感じたように、Aをただの“人”だとは、思えなくなった。


 Cはその正体を聞くつもりはなかった。

 知りたくもなかった。

 画面のなかでさえ“まとも”でいてくれるのなら文句はなかった。


 だがある夜、半ば脅しのように、聞かされてしまったのだった。




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