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【文字数】1219字 【推定読了時間】約3分
奇妙な殺人事件が起こった。
被害者は男子大学生。
刺殺。
胸からへそにかけて、縦に真っ直ぐ、深く、切り裂かれていた。
死後二十四時間以内に発見されたことや、現場の状況が維持されていたことなどから、早期に解決されると当初は予測されていた。
だが実際には、捜査は難航することになる。
理由はいくつかある。
まず犯行現場が異様だった。
遺体の発見現場でもあり、また血液の飛散した様子から犯行現場と特定されたのは浴室である。
そこにあったのは遺体だけではなかった。
凶器となった包丁が落ちているというのは珍しいことではないが、そのほかにあったのは、にわかには殺人とは関連づけられないようなモノだった。
空のガラスコップと、米と、ぬいぐるみ。
このぬいぐるみというのが、不細工な黄色いテディベアだった。
仰向けの遺体の、裂かれた腹の上にあって、彼の血をたっぷりと吸い赤褐色に変色していた。
そのせいで外傷の大きさに反して血液が広がらず、飛び散った血痕がわずかに白いタイルやコップに付着しただけで済んでいた。
米というのも、このぬいぐるみから出てきたものだ。
厳密には、未調理の、硬い、生米である。
ぬいぐるみの胴体は彼を殺したのと同じ包丁で貫かれており、米はそこから零れていた。ぬいぐるみの腹の綿が事前に入れ替えられていたのだ。
また、米は遺体の上だけではなく、浴室にも、台所にも、廊下にも、この家のあちらこちらに点々と落ちていた。
不可解な点はそれだけではない。
たとえば、窓を叩いたような複数人分の手形。
その指紋の一つとして、被害者の周辺人物のものとは一致しなかった。
あるいは、フローリングの壁際に落ちていたスマホ。
カメラアプリで撮影されたその夜の被害者の姿と、不気味な動画が保存されていた。
あるいは、密室。
合鍵を持っている三人全員に、完璧なアリバイがあった。
その夜ここでなにが起こり、どのようにしてこの状況がつくられたのか――。
当時この状況を知ることになった誰もが、そんな疑問を抱かずにはいられなかった。
有力な容疑者となった被害者の友人が警察に取り調べを受けている。
その男はまず呆然とし、彼の死を理解したとなるとひどく取り乱した。
そして半ば独り言のように繰り返した。
「……おれのせいだ……」
自白のような言葉だったが、立ち会った刑事には、男の混乱した様子からそういうふうには聞こえなかったという。
男は脂汗をかき、指を震わせ、顔色を青くして、便所へ立った。個室に入って長らく出てこないから刑事が様子を見にいくと、吐瀉物の溜まった便器のわきにへたり込んで立ちあがれずにいるのが見つかった。
男にいくらか血の気が戻ったあと、刑事は「最後に二人は何をしていたのか?」と尋ねた。すると男は弾かれるように顎をあげ、たじろいでいたが、やがてぼそりとこう言った。
「……ひとりかくれんぼ……」
結果からいえば、この殺人事件は解決しない。
彼を殺したのが何であったのか――。
真相は明らかにならないまま、終わる。