羽島莉子
そして、ふたたび、夜──
「……ねえ、ダース」
ぼんやりと焦点のあわない目で、ぬいぐるみを軽く持ち上げて、菜月はぶつぶつと呟いた。
「あれさあ、ちょっとおもしろいと思わない? あのさあ、あの、みちあるき同好会? だっけ。なんかそういうの。でもさあ、行ってみて合わなかったらちょっとヤダっていうか、男の子ばっかりだったりしたらさ、困るよね。活動は面白くてもさ、そういうのってちょっと困るっていうか──」
そこまで一息に喋って、ふっと黙りこむ。
ころんと、力が抜けたようにベッドに横になって、ダースを抱きしめたまま、
「……ねえ。魔女って、なんだか知ってる?」
むろん、答えはない。
じいっと、プラスチックの目をみつめて、
「羽島莉子のことを、ちょっと調べてみたの。……二年前に川に沈んで、亡くなったと思われてるけど、遺体はまだ見つかってない。それが、今になって戻ってきたなんて……あるはずが、ないよね」
羽島家は、すぐ近くだ。口さがない田舎のこと、万一、そんなことがあれば、とっくに噂になっているはず。
だとしたら、あれは。
「私、……夢でも見たんだ、きっと。」
そんなはずはない、と胸のおくでは思いながら。
「美羽は、……大丈夫かな。」
答えはない。
ダースの、硬い小さな目が、じっとこちらを見返してきていた。
*
悪夢を見た。
*
翌朝、菜月は完全に寝坊して、かりかりと指をふるわせながら改札をくぐった。電車で一時間。駅から、走っても十五分。どうしたって間に合わない。
焦っても仕方ない、と自分に言い聞かせながらも、脂汗は止まらない。
電車のドアが開くやいなや、走る。といっても、大学まで息は続かない。百メートルもいかずに、ペースが落ちる。
講義室の前に着いたのは、授業が始まって20分ほど経ってからだった。
息を落ち着かせる。
そっとドアをあける。できるだけこそこそとなかに入り、なにか言われたら、すみません、遅刻しました、とだけ言う。頭のなかで3回、シミュレートする。
手が動かない。
いつもの、大柄な准教授の声がきこえる。声音がきゅうに大きくなり、心臓が跳ね上がる。ただの、先生のいつものくせだ。わかっているのに。
もう、3分たっている。
息ばかりが荒くなる。ちっとも、呼吸が落ち着かない。心臓も。
目をとじる。また、あける。
手が動かない。
ふう、と深呼吸。
菜月は目をつむって、あるきだした。廊下を、玄関にむかって。