男
気がつくと、菜月は斜面の下に、あおむけに倒れていた。心配げな美羽の顔が、すぐ目の前に。全身が草まみれで、痛い。頭がずきずきと痛む。
半身をおこして、体の感覚をたしかめる。けがはなさそうだ。ずれてしまった眼鏡を外して、かけなおす。フレームが歪んでいなければいいが。
いや、それよりも。
「……美羽、あなた、」
夢であってくれ。
何度も、口のなかでそうつぶやきながら、菜月は尋ねた。
「知ってる? 魔女がどうとか……、」
美羽は、ぱちぱちと目をしばたかせてから、こともなげに頷いた。
「ああ、」
あっけらかんとして、にこっと笑いさえしながら。
「莉子、魔女になったみたい。ナツちゃんも聞いたの?」
*
帰宅すると、なぜか、ダースが庭に落ちていた。
2階にある菜月の部屋、その窓のちょうど真下あたり。そばにある軽自動車のボンネットから転げ落ちたような姿勢で、門のきわに転がって。
土まみれ。
落ちていたところは、セメント敷きの駐車スペースだ。落下しただけで、そんなに土が付くはずがない。
見上げる。窓が少し開いている。もちろん、開けた覚えはない。それに、窓の逆側の壁ぎわに、ベッドはあったはず。風が吹こうが地震があろうが、あそこから庭に落ちることはない。
誰かが、落としたのだ。
吹き上げるような怒りが、脳天をつきぬけていった。
ダースを抱き上げて、足音も高らかに玄関へと駆けてゆく。
結局、犯人はわからなかった。
ダースは、次の日に母親が洗濯してくれた。
*
一限目の終わり──
「……え、」
すっと、その男が差し出してきたチラシを見て、菜月は小さく瞬きをした。
男の名前は覚えていない。必修の授業に、いつもいるような気もする。何回か、教科書を忘れて見せてもらったこともある。
チラシには、『みちあるき同好会』と表題がふってあった。その下に、『街のいろんな「変なもの」を、一緒に探してみませんか?』と。
ここらあたりの地図と、数枚の写真が掲載されている。どうやら、サークルの勧誘らしい。
「……正式なサークルではないんだけど。毎週、学生会館の談話室で例会だから、よかったら、一度、見に来て。」
少し、緊張したような早口で。
「……ありがとう。」
菜月はそれだけ言って、チラシを受け取った。
心臓が、やけに速く鳴っていた。