顔のない少女
さて──
裏山、といっても、たいして高くもない、ただの丘である。
校舎の裏から、遊歩道のようなみちが続いていて、しばらく歩くと、なにやら漢字ばかりが掘られた石碑のある頂上へつく。
ゆったりめのジーンズにロゴ入りのシャツ、長袖のカーディガンを羽織った菜月が、そこに立っていた。
来るのは、4年ぶりか。裏門から、こっそり。監視カメラでもあったら、今頃見咎められているかもしれない。こんな田舎の古い校舎に、ないとは思うが。
石碑に背を向けると、ふたつ並んだ校舎が一望できる。そのむこうにはグラウンドがあるはずだ。右と左に目を向けると、それぞれ、川に沿って這うような古い住宅街。山あいの、古いまちだ。
「莉子ーっ!」
となりに立っていた美羽が、ぱたぱたと走って木のあいだに入っていく。
ふと、物音が聞こえなくなる。
菜月はぞっと背筋に虫が這うような感覚をおぼえて、ふりむいた。風が消えていた。ざわめいていた木の葉は空中でとまり、砂埃も微動だにしていない。
ぱちぱちと瞬きをしてみる。何も変わらない。いや、
少し、暗くなったような気がする。
空を見上げるが、雲は出ていない。だというのに、太陽はうす暗く影がさして、地面はまるで黒く墨を塗ったよう。
(日蝕……!?)
とっさにそんな言葉が浮かぶ。まさか。
かすかに、頭痛。
「なつきさん、ですか」
若い女の声。いつのまにかうつむいていた顔をあげると、少女。
顔のない。
菜月は、膝が落ちそうになるのをこらえた。かろうじて。
「美羽の、いとこのお姉さん、ですよね?」
色のない声。
ぼんやりと、黒いもやに包まれたような──、いや、黒、というのも違う。とにかく、見えないのだ。顔が。
「あなたは……、」
しぼりだす。
脂汗にまみれた声を。
「羽島莉子です。はじめまして。ところで──、」
耳をふさごうと思う。手が動かない。
「もう、ききましたか。わたしが──、」
魔女になった、ということは。




