菜月とともだち
「……でさあ。」
昼下がり。
菜月の家から、町境をふたつ越えた街、さほど広くもない市に3軒ある、チェーンの喫茶店。
入り口からちょっと離れた禁煙席、菜月と、同年輩のふたりの女が、テーブルをかこんでいる。
高校時代の、同級生たちである。
「その授業がさぁ、すーげえつまんないの! ずっと教科書読み上げてるだけでさあ。あ、その教科書っていうのがさ、せんせいが書いた本なんだけど。でもでも、これまたすっごく退屈で。」
かん高い声──
それだけ喋ってから、菜月は、すこしだけ顔を赤くして、ミルクをたっぷり入れたアイスコーヒーのコップを、ぐいとかたむけた。
つめたい氷が、唇を冷やす。それからまた、喋りだす。
「でもさ、そのせんせいの声がまた、──」
「……いいねぇ、菜月」
むかいがわに座る、長髪を後ろでまとめた、二重まぶたの女が、目を細める。
彼女の前にあるのは、熱いブラックコーヒー。きれいに爪をきりそろえた、長い指で、くるんとカップの持ち手をくるむ。
「楽しいんでしょ。大学」
「……あー、まあね」
菜月は、一瞬だけ、気まずそうに目をそらす。が、すぐ、
「でもでも、大学遠いからさあ、朝なんか、電車で寝ちゃってさ、この前なんか隣のオジサンにさ、寄りかかっちゃって。おまけに乗り過ごして、気まずいったらないの! りっこもさァ、電車でしょ? 地下鉄だからすぐかもしれないけど、やっぱり寝ないようにさァ、──」
「ねー、このあとさ!」
もうひとりの、茶髪を2つ分けにした、そばかす顔に丸眼鏡の女が、ちょっと大きな声をあげる。
「カラオケ行こうよ! ボイスアンドジョイ! いいでしょ」
「賛成」
指の長い女が、しずかにブラックコーヒーを口から離してうなずく。
「……えー、」
菜月は不満げに眉を寄せたが、ふたりの目線をうけて、ちょっと天を仰いで頷いた。
「じゃ、決まりね。それじゃ、このあとで。」
「うん、決まり。」
そのとき、
「……おまたせいたしました。──」
かたんと、ウェイトレスが盆からケーキの皿をおいた。花びらの形をあしらった、季節限定の丸いレアチーズケーキ。桜色の。
「わぁい」
丸眼鏡の女が、スマートフォンをとりだして、ぱしゃりと音をたてる。
「アキ、それまだやってんの?」
菜月が、きょとんと丸眼鏡の女──アキの手元に目をむけて、つぶやく。
「みんなやってるよ。菜月くらいでしょ、やらないの。」
「そおなの?」
二重まぶたの女──りっこの目をみて、ぱちぱち、と意外そうにまばたき。
「ふーん……」
「アプリ入れなよ、登録しとくからさ」
「あとで。気が向いたらね!」
うるさいとばかりに首を振って、また口を開く。
「あのね、さっきのウェイトレスさん見た? あのさ肩のとこにさ、ちょっと糸くずみたいなのが付いてたのね。それ見て思い出したんだけど、先週くらいにさ、うちの妹のお腹にさ、あ、先週っていえば──」