落ち着きのない生徒
「……ねー、センセ」
2週目。課題をはじめて10秒もたたないうちに、美羽はシャープペンシルをぐるぐると回して、口を開いた。
「あの、アレがねえ」
「んー?」
菜月はのんびりした声でこたえた。いまさら、急かしたところで仕方ない。先週にくらべれば、いちおう椅子に座っているだけでも偉いものだ。
「あれ、あのね、莉子がねえ」
「ああ、……」
菜月は眉をしかめて、こめかみを叩いた。
「莉子にねえ、ナツちゃんの話もしてサ。ねえナツちゃん、莉子に会ったことあったっけ? ないよね。あのね、莉子はね、すっごい歌がうまくてさあ。たぶんピアノとかできると思うんだよね。聞いたことないけど。だからさ、……」
立て板に水。こうなると、とまらない。仮にも先生あつかいされていたものが、ナツちゃん、に戻っている。
きれいな目を、まん丸にして。
「……それで、」
菜月は、こみかみを叩いて、
「莉子ちゃんは、どうして戻ってきたの?」
「しいらない。」
どうでもよさそうに足をばたつかせて、首をふる。
「ふうん……」
菜月はしばらく思案して、それから、
「……ねえ、お願いがあるんだけど。」
「なあに?」
ぱちぱちぱちぱち、と気ぜわしくまぶたを動かして、美羽はこちらを見上げてくる。短髪のよくにあう、少年のような顔で。
「わたしも、莉子ちゃんに会ってみたいな。だめ?」
「えーっ」
とつぜんの大声に、見透かされたかと菜月はふるえたが、次の瞬間には、
「ほんとう? やったぁ!」
高い声をあげて、手をたたく。
「いいの?」
「いいよ! 今度きいてみるね!」
取越苦労ならば、よいのだが。
菜月は、にっこりと笑ってみせながら、口のなかでそっとため息をついた。