金森遥
「……都会はうるさいっていうけど、東京から帰ってくると、こっちのほうが夜はうるさいんだよね。かえるの鳴き声とかさあ」
金森家に入るのは、久しぶりだった。4年前、遥が東京に引っ越してからは、初めてかもしれない。
遥は、山積みになった雑誌をどかし、漫画本を横によせて、スペースを確保した。それから、自分はベッドの上にすわり、空いた床にピンク色のクッションをほうって、菜月を座らせた。
「……はるねえ、漫画いっぱい持ってる。」
「そうだよ。知らなかった?」
遥はくっくと声をあげて笑った。肉のない頬をぐいと窪ませて。
「欲しいのあったら、持ってっていいよ。むこうの部屋狭いし、どうせここに置いといたって誰も読まないから」
「ほんとう?」
喜んではみたが、菜月はあまり漫画を読まない。妹は喜ぶかもしれないが。あるいは、美羽なら。
「それで、はるねえ……、」
「ちょっと待って」
遥は、ベッドの脇に無造作においてあった黒いキャリーバッグをじゃこんと開けた。着替えやノートの束をおしのけるようにして、奥から、レコードショップの白いビニール袋に包まれた何かを取り出す。
「これ。……覚えてない?」
受け取った菜月が、袋を開けると、なかから、古い画用紙の束が出てきた。
いや。
リボンを穴に通して製本されている。これは、手製の本だ。
『ダースのだいぼうけん』
子どもらしい、読みにくい字で、そう書いてあった。




