あらいぐま
最近はあまり会っていなかったが、数年前までは、美羽とはよく遊んでいた。菜月の妹や、今はもう東京にいってしまった年の近い叔母などと一緒に。バスで1時間も揺られて街へいったり、菜月の家の前にある川ではしゃいだり。
美羽は最年少で、そのころはまだ小学生だった。菜月たちにちょこまかとついて歩く、かわいい妹分といったところだ。
家庭教師をたのまれたのは、ちょうど一週間まえ。大学にはいって最初のゴールデンウィーク、アルバイトもしていない娘がよほど暇そうに見えたのか、親どうしで勝手に話をまとめてきた。知らぬ仲でもなし、小遣い稼ぎにちょうどいい。そう思って引き受けたのだが、なかなか難儀だ。
ただでさえ、苦労が多いというのに。
「──だってさァ、」
菜月が語りかける相手は、ぬいぐるみの、ダース。かわいい、あらいぐま。
昔からのともだち。
「やんなっちゃうなァ。あたしだって頑張ってんのに。そりゃ、社会学の教科書は買い忘れたし、ドイツ語と間違えて概論の課題やってったりしたけどさぁ」
中一のときからずうっと使っているベッドの上で、ダースを膝にのせて。まわりには、ぬいぐるみがいくつも並んでいる。その中でも、ダースは特別。
「ゆうてもまだ一年じゃん? 仕方ないと思わない? 色々さァ」
こうして愚痴をこぼすのは、毎晩の儀式のようなもの。
もちろん、返事はない。
「クラスの奴らはさ、なんつーかキラキラしてんだけど。てか、なんでみんな、ああな訳? 勉強漬けだったんじゃないの? 一年くらいは、さ。キラキラしてる暇あったのかって」
一度、話しはじめると止まらない。いつもこうして、一時間ばかり。
くるんと、丸い目をした人形に。
*
念のため、羽島莉子のことを家族にきいてみたが、2年前の事故以降のことは誰も知らなかった。