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ともだちの魔法使い  作者: 楠羽毛
19/27

はるねえ

「ナツちゃん!」

 メールで呼び出された橋のうえ、笑顔で大きく手を振っている、小柄で細身の、短髪の女。ショートパンツに、白に英語のロゴが入ったTシャツ。その上に、夏だというのに長袖の上着をはおって。

「はるねえ」

 菜月は、めずらしく甘えたような声をだして、かけよっていく。今日はさすがに、半袖。スカートはいつもどおり長いが、薄い、やわらかい生地のもの。眼鏡のまわりに、じんわりと汗がにじんでいる。

 古いかけ橋は細く、人がすれ違えば袖が触れるほど。しぜん、距離は近くなる。それなのに、立ち止まった菜月にさらに一歩、近づいて、遥はわらった。

 菜月は一瞬、気圧されたように目をしばたいてから、笑いかえした。

「おかえり!」

「ただいま」

 遥がにいっと笑うと、奥歯まではっきり見える。鼻は低く、まつげがやけに長い。けして美人ではないが、菜月はその笑顔が好きだった。

「ずっといるの?」

「まさか。でも、一週間くらいは暇だから。」

「そうなの? じゃ、今週いっぱいはいられるんだ。やったあ」

 へへ、と屈託なく笑って、菜月は錆びた欄干に手をかけた。なんとなく遥の顔から目をそらして、川のほうを見る。蝉の音。川の流れる音。一瞬だけ耳をかたむけて、それから、すっと息をこめて。

「……はるねえ、じつはあたしさあ、」

 いいかける。

「ちょっと、下に降りてみようか。」

 遥は遮るようにそういって、歩きだした。橋のたもとから、河原へ降りられるようになっている。

 川は比較的浅く、夏になると、近所の子どもがよく水遊びをしに来る。今はまだ6月の初めなので、誰もいないが。7、8年ほど前は、年長の遥につれられて、菜月と妹、ときには幼い美羽も一緒に、よく川遊びにきていた。

「さっすが、こっちは涼しいねえ! 橋の上はもう、暑くって。」

 そういいながら、上着は脱ごうとしない。ふらふらと、河ぎしの岩のうえをわざわざ選ぶように歩いて、手で顔をあおいでいる。

「……はるねえ、ちょっと聞きたいんだけど。」

「ん、なあに?」

 あのさ、とひと呼吸おいて、菜月は切り出した。

「あたしの持ってる、ダースっていうぬいぐるみ、覚えてる? あれさ、」

「おぼえてる! 懐かしいなァ。……まだ、持ってるよ。」

「え?」

 噛み合わない。菜月は眉をひそめて、遥の顔をじっと見た。遥は、川ぎしの岩に腰かけて、サンダルの足を水で濡らしながら、

「あとで、私の家にきなよ。ゆっくり話そう」

「うん……、」

 菜月は釈然としないまま、遥のとなりに座った。灰色のスカートの裾をまくり、スニーカーと白い靴下を脱いで、同じように水につけてみる。冷たい。ひんやりと、心臓が冷えるようだ。

 つまさきに、蟹の鋏が触れた。

「……ナツちゃん、ねえ、」

 ふいに、遥がいった。菜月はおどろいて、顔をあげた。

「なにか、あったの?」

 しずかな、やさしい声で。

「はるねえ、」

 菜月は、ちいさくその名をよんで、

 ぽろぽろと、涙をこぼして、泣いた。


 嗚呼、ここにいたのだ。

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