ともだちと、隣の男
中学校の近くに、町立の図書館がある。館のまわりをぐるり、囲むように遊歩道があって、南側にあずまやがひとつ。
あずまやの、切り株を模した椅子のひとつに、菜月がぼうっと座っている。
丈の長い紺色のスカートに、シャツ。いつもなら上着をはおるところだが、さすがに暑い。丸めて、鞄のなかに突っ込んである。
カバーつきの文庫本を手にしているが、中途半端に広げたまんま、ぺらぺらとページが風にめくられるがままに任せて。
手に、力が入らない。
そういえば、大学の図書館で調べた新聞記事に載っていた。羽島莉子も、読書が好きで、ここによく来ていたとか。
そんなことを、ぼんやりと、思い出す。
頭がまわらない。
このまま、夕方まで過ごして、また家に帰る。そんな生活を、しばらく続けている。家族にはなにも話していない。
ため息。
さいわい、ここなら、大学の知り合いに会うことはまずない。お金もかからず、安心して過ごせる。
(……ダース。)
だれにともなく、つぶやく。あれ以来、ダースは動かない。
ふと、人の声を感じて、図書館の入り口のほうに目をやる。オーバーオールに白い上着、ふたつに分けて縛った髪の、背の低い女。
中学の同級生だ。このあいだ、三人でカラオケに行って以来の。
声をかけようか、すこし迷う。しばらくぶりに話したくはあったが、大学のことを聞かれたらごまかさなくてはならない。
それから、連れがいることに気づく。
男だった。
短髪で、半袖のTシャツにサンダルばきの、日焼けした男。名前を思い出すのにしばらく時間がかかった。覚えていなかったのではなく、ずいぶん体格が変わっていたからだ。やはり中学の同級生で、バスケ部にいた、俊。
ふたりは、笑いあいながら歩いているように見える。
菜月は、ばたんと本をとじて、立ち上がった。
鞄を、ひったくるようにつかんで、足早にあるき出す。
二人に、見られないように。
*
図書館の北、じめじめした植え込みの裏まできて、ようやく息をつく。
また、涙がにじむ。情緒不安定だ。ぬぐおうとして、眼鏡をひっかけてしまう。拾おうとかがんだところで、高い音にびくんと震える。
スマートフォンの通知だ。しばらく迷ってからバッグから出す。メッセンジャーアプリではなく、ショートメールだった。
『こんど、実家に帰ります。会えるかな? 遥』
涙をこぼしかけた菜月の目が、きらりと輝いた。
*
金森遥は、菜月の父方の叔母だ。
とはいっても、5歳しか離れていないから、おばというよりは、姉妹か従姉妹のように付き合っていた。4年前、遥が東京の大学に進学して引っ越してから、会っていない。今年、大学は出たはずだが。
「はる姉、帰ってくるの? まじで?」
帰ってから伝えると、妹はうれしそうに顔をあげてそういった。母は首をかしげて、へえ、そうなの、とだけ。




