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ともだちの魔法使い  作者: 楠羽毛
14/27

魔女

 すっ、と後ろに気配が。

 ふたりはさっと振り向いた。誰もいなかった通りに、少女が立っていた。

 顔のない少女。着ているものすら、定かには見えない。

 

 魔女、であった。


 あいかわらず、月と星あかりしかないというのに、魔女のすがただけは、なぜかはっきりと見えた。いや、見えたと思っているだけかもしれない。

「こんばんは、菜月さん」

 魔女は、ていねいにそう言って、会釈をした。

「今日は、かわいらしいものを連れているのね。それは……あなたの守り神?」

「いいえ。友達」

 菜月が間髪をいれずにそう答えると、魔女はなぜか悲しそうに身じろぎをした。

「美羽ちゃんから、もう聞いた? 魔女に──」

「魔女にならないかって? 絶対にいや!」

 菜月は興奮して、ぎっと魔女を睨んだ。とんとん、とこみかみを叩く。

「それがあなたの儀式?」

「かもね。あなたのは?」

「……教えない!」

 魔女がさけんで、大きく右腕を振ると、ごうと風がおこった。

 ダースがぎゃっと悲鳴をあげて、菜月の首にしがみつく。髪が風にあおられて、耳にからみつく。ロングスカートの前を軽くおさえて、菜月は歯をかみしめた。血がさかだつような怒りと興奮が、うなじを走り抜けていく。

「それだけ?」

「言ってくれる! あなたは何ができるの?」

 問われて、菜月はふっと目をゆるめた。ダースの頭を軽く撫でる。

「……ねえ、魔女になるって、どういうこと?」

 魔女も、同調するように声から怒気をぬいた。まるで鏡のようだ、と菜月はおもった。

「わたしと同じになる、ということ。この道を歩いてここまで来たのなら、なんとなく理解できるんじゃあない?」

「怪異になる、ということ?」

「そう呼びたければ、どうぞ。」

「……わるいけど、」

「本当に、そう?」

 菜月がいおうとしたことを見透かしたように、魔女は言葉をかぶせてきた。

「あなたは、本当は、──」

「……黙りなさい!」

 菜月は激昂して言葉をぶつけた。ずっと言ってやろうとおもっていたことを。

「あなた、本当は死んでるんでしょう。二年前に、とっくに。生きてなんかいない。ましてや、蘇ってもいない。死んだままなんだ。ただ、生きてるひとの頭の中で──」

「黙れ!」

 魔女が、気配をかえた。

 目でみえるほどに強くなった怒気が、風とともに身体をおしつつんで、こちらに向かってきた。熱気と、ぴりぴりした電圧と、なにもかも萎えてしまうような強い意思のかたまりが。

「……菜月! ぼくを使って」

 ダースが早口でささやく。

「どうすればいいの?」

「ただ、言葉にすればいい。ぼくはきみが作り出した怪異なんだから。命じてくれ!」

 菜月は、こくんと頷いた。ぎりりと魔女をにらみつけて、叫ぶ。

「ダース! 魔女の攻撃を防いで!」

 きくや、ダースは菜月の肩からとびだして、両手をひろげて路面におりたった。魔女からはなたれた怒気を、受け止めるように。

 ふわりと、空気が変わった。

 あたたかい、清浄な空気が、すぐにあたりを包んだ。魔女のはなったものは、きれいに消え去っていた。

「そう、……それが、あなたの安全基地ってわけね」

「どういう意味?」

「さあ?……こうするってだけ」

 魔女が片手をあげた。魔女の前に立ちはだかっていたダースが、警戒するように身じろぎをした。

 次の瞬間、路面をつきやぶって、黒い、蔓のようなものが、ダースの周りに何本もあらわれた!

「ダース!」

 そう、叫び終える間もなく。

 ふたりのあいだを隔てるように、やはり地中から、アスファルトを割って、まっすぐに並んだ黒い柱が、槍のように飛び出してきた。

(鉄格子──、)

 とじこめる気か。

 そう、口のなかでつぶやいているあいだにも、ダースの身体は蔦に覆われ、見えなくなっていく。

「ダース!」

 もう一度、さけぶ。気がつくと、菜月の足元にも、ぞろりと動く蔦のかたまりが。

 一瞬後には、口まで蔦がつめこまれて、叫ぶことすらできなくなっていた。膝をつく。つぎの瞬間には、額が地につく。

「……また、会いましょう。あなたに、その気があれば。」

 しずかな、つめたい声で。



 目覚めると、菜月は住宅街の一角で、ダースを抱いてうずくまっていた。

 ぬいぐるみの身体は、涙でぐしゃぐしゃに濡れていた。

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