ともだち
「ともだちが帰ってきたの。」
美羽はそういって、子猫のような笑みをこぼした。
「あらそう。だれが?」
菜月がそうたずねると、かえってきたのは、死者の名だった。
*
美羽は、今年中学に入ったばかり。ぱっちりした目、小顔。きれいな肌をした女の子。
いつも短髪、私服は春先から秋口まで半袖半ズボン。少年のような格好がよく似合う。今日も、まだ5月だというのに、トリハダがたちそうな薄着で。
菜月は、体の線のでない長丈のワンピースに、薄手のカーディガン。かすかにそばかすの残る、地味な目鼻立ち。中学時代から変わらない、アンダーリムの黒ぶち眼鏡をかけて、学習机の左脇に。
ふたりは、6つ年の離れた従姉妹。母方の。
「……それ、どういう意味?」
菜月がききかえすと、美羽は、がたがたと貧乏ゆすりを続けながら、
「だから、帰ってきたの。」
といった。
「だって……、」
美羽が口にした名は、莉子。羽島莉子。
たしか2年前、嵐の日に亡くなった、美羽の同級生だ。当時、新聞にも載った。地元では大きな騒ぎになったので、菜月もよく覚えている。
「帰ってきたって、どういうこと?」
「生きてたの。このあいだ、学校の裏山で。」
「へえ……、」
菜月はこめかみをとんとんと叩いて、眉をしかめた。
どう受け取ったものか。たぶん、裏山というのは、中学校の敷地内にある、観察学習用の池となにかの石碑がある、小さな丘のことだろう。
「……どうして、あんた裏山にいたの?」
「えー、いいじゃんそれは。」
わざとらしく目をそらして、唇をせわしなく動かして。
「ま、いいけど。」
美羽がたびたび授業を抜け出して外に出てしまうということは、菜月も聞いている。
「それじゃ、次、いこうか。」
「休憩! 休憩きゅうけいきゅうーけい」
美羽はがたがたと椅子をゆらして、抵抗した。さっきからしきりに足を揺すっているところを見るに、もう限界らしい。
「しゃあないな、じゃ──」
5分だけ、と言おうとした瞬間、
大きな音をたてて、美羽が、椅子ごと床にひっくりかえった。