94 クリスと悪意無い善意
屋根から屋根に飛び移り、空き家にはいったりでたりして目撃者を巻いた。
途中で渡されたローブをまとって案内されたのは鐘のある教会だ。
ちょうど夕方の鐘が大きく鳴り響く。
「聖サンドリア教会……」
「オーしってましたかデース」
「クリスおねーさん、サンドリアきょうかいってなんですか?」
「色んな派閥があるらしいけど、有名な教会よ。神官とか奇跡を使った回復魔法とか……っても難しい話だったわね」
「ようこそラビリンス支部デース」
教会の中からシスター達が走ってくると、私とマリーの手をとって小走りに歩き始める。
冷たい水で絞ったタオルや、飲み物。
さらに、疲労を取る回復魔法をかけますので。と、言ってきたけど流石にそれは断った。
「用心深いデスねー」
「そりゃね」
そのまま教会の中に案内されて大きな部屋へと通された。
中には三十台前半にみえる眼鏡をかけた女性が座っており私にほほ笑む。
「ご苦労様です、クロエ」
「ゴクロウサマされましたデース!」
私はどうぞ、と言われた椅子に座りマリーも私の横に座る。
「で?」
私は近くに寄ってた眼鏡女性を見て質問をなげかけた。
あんな立ち回りまでして呼び寄せたんだ、何があるのは決まってる。
「あらあら、まずは自己紹介を。サンドリア教会ラビリンス支部、および七協議会の一人、アンネリーゼと申します。クリスさんとは仲を良くしたいとおもいますので呼び捨てでお願いしますね」
貴族でとてもえらいけど、様などは付けないで欲しいって意味だ。
別に彼女の部下でもないし、それでいいならそうさせてもらおう。
「…………それはご丁寧に、冒険者のクリス。それとこっちは」
「ひゃい! マリーといいましゅ!」
かんだ。
「いいます!」
マリーが直ぐに二回目を言い直したので可愛さがアップだ。
場の緊張した空気が一気に緩和された気分。
「可愛いですね、マリーちゃんっていうんですね。クロエ、マリーちゃんを図書室へ」
「デース!」
返事もデスなのか。
マリーは私をみてどうしていいか思案している顔だ。
そっと頭をなでて、クロエとアンネリーゼをみる。
「大丈夫よ、マリーに何かあったら私が暴れるから」
「それは怖いですね」
どういう意味だ。
行ってくるデース。と、クロエとマリーが席を外した。
残ったのは私とアンネリーゼ。お互いに紅茶を飲んではカップをテーブルへと置く。
「まずは乱闘騒ぎになったのをお詫びします。それとこちらを」
アンネリーゼは白金貨とよばれる金貨をテーブルに五枚ほど私のほうへと、押し出してきた。
白金貨、その価値は金貨の百倍で一般市場にはあまり出回らない。
「これは?」
「これで、あの子を教会で預からせてほしいのです」
この時点で切れない私を誰かほめて欲しい。
「そうですよね……足りない。では、十枚にしましょう。これ以上は教会にとっても貴女にとってもいい結果にならないと思うのです」
黙っていると白金貨が十枚に増えた。
「あ、もしかして白金貨の価値を知らないかもしれませんでしたね。申し訳ありません。
白金貨は金貨のおよそ百倍となり冒険者ギルドなどで両替も――――」
「マリーを席外した理由は?」
「え? ああそうですね。貴女がマリーちゃんと離れ離れになるとしったら可哀そうとおもいまして。大丈夫です、心のケアはしますので」
ふう……いるのよね、こういう人。
昼間出会ったマルコスも自分勝手だったけどまだ愛着があった。
…………いや、何を言っているんだ私は無い無い、さてと。
「悪いけど全部断るわ。マリーが私と心から別れると言うのなら納得するけど」
「そうですか……仕方がありません」
アンネリーゼが小さく手を叩くと、アンネリーゼの指にはめられている指輪が光った。
まぶしくて目を細めると私の周りの空気がゆらぐ。
複数の黒いローブ姿の人間らしき者、手の部分には剣、盾、杖をもっているのが現れた。
「自慢の精霊兵です。安心してください死んだ貴女もコレクションとして大事にしますので。大丈夫ですよ。頭が無くても繋ぎますので」
私はとっさに剣を抜いて、襲ってくる精霊兵の剣をはじき、間合いを取る。
守っていなければ胴と頭が離れ離れたったに違いない。
「……殺す目的だった?」
「いいえ、交渉は本当です。素直に帰ってくだされば何もしませんでしたよ。
どうぞ抵抗なさってください」
私は抵抗してこい。というアンネリーゼの顔を見る。
勝ち誇った顔ではなく泣き出しそうな顔をして私を見ていた。
気味悪いわね。
「なんでそっちが泣きそうなのよ! 泣きたいのはこっちよ」
「すみません、若い女性がまた一人命がなくなると思うと」
「勝手に決めるてっ!」
私は杖を持った精霊兵へと突進する。
こういうのは魔法使いが一番面倒だから。
精霊兵は杖を構えるとその先端から冷たい暴風がふきあれ私の視界を真っ白にした。
手足や体が急速に凍っていく。
だからどうしたっ!
私は剣を無理やり握ると。凍った手のまま振りかざす。
「ふふ、精霊兵は普通の人じゃ斬れま…………えっ」
杖を持った精霊兵を胸をえぐりそのまま振り上げる。
顔の部分が無いローブは力を失ったように地面におち崩れて消えた。
「効いたわね」
「な、なんなのです…………貴女」
凍った手でアイテムボックスからポーションを取り出し一気に飲む。
飲みきった空きビンをその辺に捨てようとして思いとどまった。ゴミは捨てるものじゃないわよね。
指先の感覚が戻るまでに剣を振りかざしてくる精霊兵。
甘いっ!
人であれば剣と剣を合わせてもよかったかもしれない。
でも、私は剣を振りかぶってくる精霊兵の腕を斬り落とす。
尻餅をつくアンネリーゼに突進すると、最後の大きな盾を持った精霊兵が守っているが……。
「退きなさいっ! 斬るわよっ!」
私の声が届いたのか精霊兵の散るように消える。
「なっなぜですのっ! た、たすけ……話し合いまっ」
私はアンネリーゼを間合いにとらえて一気に剣を振り上げた。
扉が開く。
振り向くとマリーとデスデス女性……ええっと…………。
「クロエ? とマリー」
「そうデース! 暴れすぎデース……殺しちゃいましたデスか?」
「そうもいかないでしょ。二人は何で?」
「クリスおねーちゃん!」
マリーは私に抱き着くと、すぐにつめたいです! と驚く。
「その子が急に戻るって言いだしたデース」
「やなよかんがしたのっ!」
私は目の前で放心状態のアンネリーゼを見て剣を収める。
斬ったのは彼女がしていた指輪。
我ながらうまく斬れたものだ、本当は指まで斬り落とすつもりだったけど結果おーらいって奴?
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