09 クリス羊を数える
結局調査部隊の人に街まで送ってもらった。
夕方になっており、ミラクルジャンの三人は出入り口で別れた。なんでもこれから祝勝会を開くとかなんとか、だから借金が増えるんじゃ?
副隊長のミッケルさんの薦めで女性でも泊まれる安い宿を紹介してもらう。
女将さんがとてもいい人で、長く街にいるならと、ご飯抜き三十日金貨十枚という破格な値段で貸してもらえた。
けど、これで残金はやっぱり金貨一枚だ。
「金貨一枚って普通の貴族なら発狂してるでしょうね」
簡素な部屋の中で汗を拭きながら呟く、コーネリア家は特殊というか変わり者が多い。
ふと思い出す。
祖父や、兄は剣に生き。
父や母は文才があふれていた。弟のマルクもそっち系だ。
貴族たる地位に驕るな。って言うのを教えられた、月数回は召使いやメイドと共に庶民の物を食べる事もしたっけ。
「っと、物思いにふけってる場合じゃないわね。稼がないと、借金生活はしたくないし、とりあえず今日は寝るとしますか」
◇◇◇
朝になって女将さんに挨拶して宿をでる。
向かうは冒険者ギルド。
事前に聞いていただけあって朝の冒険者ギルドは混んでいる、年齢も種族も関係なく混んでいて、ちょっと引くぐらい混んでいた。
こうしてみると、亜人も結構多いのね。
長いもふもふした尻尾の亜人も何人か見かける。
「ってか混みすぎ」
私の真横にいた青年が話しかけてくる。
「君冒険者だろ? ランクは?」
「…………Fよ」
「そうかぁ、Fなら知らないかもね、昨夜新ダンジョンが発見されたんだ。調査団の話によるとダンジョンランクはC、冒険者ランクBなら単独も可能って事で、その情報の取り合いさ」
超早口で言うと、親切に教えてくれた青年はCのボードに消えていった。
若干馬鹿にされた気もするけど、どうなんだろう? 悪意はないと思いたい。
「っと、他人ばっかり見ていても仕方がないわね。仕事仕事」
Fのボードを見る。
他のDやCと違って人気がなく選び放題だ。
あ、これいいかも、一枚の古びた紙を取る。
庭の手入れ。
雑草が多いので手の空いた人はお願いします。報酬銀貨二枚。
うん、銀貨二枚なら節約すれば二食分って所。
一際並びが少ないカウンターへ行く。
「あ、昨日の……クリスさんでしたよね」
「昨日ぶりミィちゃん。この仕事をうけたいんだけど」
依頼書を見せると、笑顔で、わかりました。といってくる。なるほど語尾はぴょんじゃないのね。
「あの、なにか?」
「なんでもないわよ?」
「そうですか? でしたらこの紹介状を持って依頼主の場所へ伺ってください。依頼が終われば依頼主のサインとマークを頂いてこちらで確認します。
依頼内容と違ったりした場合はご連絡を。
また、依頼主に依頼内容以外で暴言をはいたり、脅したりは冒険者資格の剥奪の場合もありますので――――」
「長い……」
「はい?」
「なんでもないわよ」
「はい! では説明を続けさせていただきます!」
元気よく説明にもどるミィちゃん。
「――――と、初回の説明を終わらせていただきます! …………あの?」
「羊が七百二十一匹、羊が七百二十二匹、羊が…………」
「クリスさんっ!?」
「はっ、はい。わかりましたわ」
あまりの長さに羊を数えていたら終わっていた、思わず怒られた時の言葉が出てしまった。
ミィちゃんが何か言いたそうな顔をしている。
「大丈夫大丈夫よ。完璧にこなしてくるから」
地図を貰って冒険者ギルドを後にした。
帝都中央にある城から、離れた所に小ぶりな家があった。
外見からみても庭に当たる部分が荒れ放題で私の腰ぐらいまで雑草が伸びている。
扉をノックしようと前に立つ、手を上げた所で突然に扉が開いた。
不意打ちすぎて、扉に頭をぶつける。
「いったああっ…………」
「っと、誰だ。ねーさん」
思わずしゃがむと頭上から声がするので、声だけ伝える
「冒険者よ」
「ちっ、クソ冒険者って事はババアの依頼の奴か。まぁなんだ。そんな所に立ってるほうが悪い。じゃあなっ」
「は?」
私が振り向くと、背中に大きなカバンを背負った男の背中しか見えない。
ちっ逃げ足の速いやつめ。
「ごめんなさいねぇ……ええっと、冒険者の方かしら。あらあら怪我はないかしら」
「はい。だいじょう。ちょっと、お婆ちゃんっ! 私は大丈夫だけど、おばあちゃんのほうが腕に怪我してるじゃないのっ!」
「あらいやだわ、いつのまに」
お婆ちゃんの背後には散らばった皿が見える。
「なっ! さっきの男ねっ強盗っ、まってっ今捕まえてくるからっ」
「ち、ちがうのよ。あれはその孫でその、大丈夫だから大丈夫よ」
「怪我までして大丈夫もないでしょ。傷薬は?」
「どこだったかしら……?」
あーもう、おっとりすぎる。
入るわよ、と一言伝え家の中に入ると、強盗のほうがましだったんじゃって思うぐらい荒らされている。
「草刈よりも家の中のほうが先よね」
「あら、じゃぁお金を払わないとね、ええっと確かこっちにヘソクリがあるのよっ」
「いりませんからっ」
私は怪我したまま歩き回ろうとするのを押さえ、必死に薬箱を探した。