84 クリス、淑女の嗜みを一晩中教えられる
自室、といっても借りた部屋に戻って色々と準備する。
ジョンにも早めに準備して置いてね。と言って別れた。
アンナも一緒に手伝ってくれて、よこでとても深く息を吐いている。
「残念です、クリスお嬢様とやっと出会えたと思ったのですけど……」
「まぁ手紙書くわよ」
「はい。にしても……いえ、クリスお嬢様に限っては無いとは思いますが、赤ん坊用のオムツを用意して待ってますので」
荷物をまとめていた手を止めてアンナを見る。
「さすがクリスお嬢様です、三白眼ですら可愛いです」
「いや、思ってるような事ないからね……オジサマの紹介で避暑地で子供を見るだけの仕事よ」
突っ込むのも面倒になって思わず投げやりに答えてしまった。
「でも、寂しいですね……」
「一季節終わるまでの仕事。オジサマ……皇帝陛下も言っていたでしょ」
オジサマの提案は私はすでに国外に行った。と王国の使者に説明するだけだ。
帝国が手を引いているのはバレバレな感じもあるけど、第三皇子であるラインハルトも城にいる、帝国調査団も私達と離れるので見た目だけは関係性もない。
当然王国からも追及が来ると思う、と話した所。
今度は聖女様が王国で不当な扱いを受けたのではないか? と逆に王国に使者を返すとの事。
どっちみち北の王国は雪が積もれば人の出入りは少ないので、時間稼ぎもかねだろうし。
春になり、それでも文句がある場合はどうぞ城の中を確認しろ。と、言うらしい。
「それに、アンナにも仕事あるんでしょ」
「はい、セーラの体内に残った魔力の調整……は、建前でセーラ様の話し相手にちょっとなってほしいと」
「聖女様もかわいそうよね、もう少し人生を気楽に考えればいいのに」
私がアンナに同意を求めると、アンナは微笑むだけで答えてはくれなかった。
アンナも苦労人だかかな。
別に私に仕えないで早くいい男捕まればいいのに……あっもしかして弟とアンナならいい感じになれるかしら。
「クリスお嬢様?」
「え、あっ何でもないわよ。さて……準備出来た」
「お疲れ様です、出発は何時に?」
「何時でもいいけどね、ジョンの準備が出来ればって所。あっちは数日かかるんじゃない? 急な事だし」
「そうですか、では数日は一緒にいれますね」
私が嬉しそうなアンナに喋り終わった所で部屋がノックされた。
開けるとジョンが立っており、準備が終わった。と短く言ってくる。
アンナが微笑みならがも、怒りのオーラ全壊でジョンを出迎えた。
「ジョンさん、空気読んでくれませんか?」
「……なんの話だ」
「アンナがジョンの用意が早すぎるって怒ってるのよ」
私がアンナの心の声、漏れてるけど……説明するとジョンは不機嫌な顔になる。
「……早く準備しろって言われたのだがな」
「確かに、私言ったわね。二人ともごめん」
「クリスお嬢様は悪くないです」
「まぁまぁ、そんな場所にいても邪魔だし、部屋の中。そうそうその辺に座っていてよ」
「いいのか?」
何に対して確認取ってるのか知らないけど、扉の前で立たれると邪魔だ。
「別に? 見られて困るものな……何アンナ?」
喋っている途中でアンナが部屋の隅を指さす。先ほど私が脱いだ下着が見えているのだ。
洗濯物でアンナが洗って保管してくれる手はずになっている。
見られても……まぁいいか。
「なるほど、入っていいわよ」
「……断る!」
力強く扉を閉められてジョンは帰っていった。
むっつりねぇ。
仕方がないので汚……無くはないと思うちょっと汚い下着を袋にまとめる、もちろん持っていかない。
部屋も荷物もすっきりすると日が沈みかけてきた。
部屋がノックされたので、今度は私がでると立ってるとミッケルが立っていた。
私は黙って扉を閉め鍵もかけた。
「さて、次の用意はっと」
「クリスお嬢様……」
何か言いたそうなアンナの声より大きく、廊下から声が聞こえてくる。
開けてくださいー! クリスさーん! クーリースーさーんー!
と、叫びながら扉を叩く音までついてきた。煩くてしょうがない。
行き遅れーのおばさんクリスー!
「あん?」
私は直ぐに扉を開けミッケルの胸ぐらをつかむ。
ミッケルは私の手を軽くほどくと服を正して、やっと空きました。と言ってきた。
「どうしました? まさか若いのに幻聴が聞こえたとか……? 若いのに! いい薬剤師紹介しましようか」
「こいつは……まぁいいわ。馬車の用意できたとか?」
「もうすぐ夜ですので出発は明日のほうが良いでしょう。シーディス様が呼んでますので」
「あら、本当? ありがと」
二人にちょっと言ってくると伝えシーディス様の部屋へと小走りに走る。
扉をノックする前に手が止まった。
まさかオジサマと一緒じゃないわよね? 仲いい場面を割くのも悪い。
私も聞いてないし、誰も教えてくれないけど年にわずかな時間しか会えないとかなんとか。
小さくノックすると、開けてちょうーだいー。と、シーディス様の返事が来た。
「失礼しまーす。お呼びと聞きまして……帰ってよろしいでしょうか?」
顔色がいいシーディス様が私を出迎えてくれた。
「だめよー、クリスさんって貴族だったのよね? 皇帝の愛人の命令よ!」
ここで、もう貴族じゃないです。って言おうかと思ったけど……シーディス様には通じそうにもないし、こうハッキリと立場を言われると断りずらい。
私だって別に普通のドレスなら私も何も言わないわよ、シーディス様の手には見た事もないドレスをもっており、ベッドの上にもドレスがある。
どれもお腹の部分の生地が大きくなっており、物理的にお腹が大きい人が着れる奴だ。
「だって直ぐに必要になるじゃない?」
「なりませんー!」
「いいえ! なるに決まってます…………たぶん」
「シーディス様、多分って言いましたよね!」
「やだ、言ってないわ、女性のたしなみとしての話よクリスさん」
◇◇◇
翌朝、私は欠伸をかみ殺してアンナに挨拶をする。
「おはようございますクリスお嬢様。眠そうですね」
「そりゃそうよ、夜遅くまでシーディス様から絶対持って来なさい。って、何着も妊婦が着れるドレス押し付けられて……アイテムボックスにいくらでも入るんでしょう? って」
「素晴らしい考えと思います!」
アンナも花畑じゃないの。
私がちょっとにらむと、素直に申し訳ありませんでした。と、謝ってくれる。
「クリスお嬢様があまりにも可愛くてからかってしまいました」
「…………ううん、何か昔に戻ったみたいで嬉しかったかも」
扉がノックされた、今度は開ける前にジョンだ。と、短く挨拶をされた。
「あら、おはよってジョン……目の下にクマがってうわアルコールくさいわよ」
「…………すまないな。送別会という名目で飲まされた」
珍しく謝ってるわね。私も優しい言葉でもかけてあげようかしら、決して昨夜シーディス様に女性の心得を無理やり教えてもらったわけじゃない。
「どんまい!」
酷い話だ、私の励ましの言葉にジョンは不服そうな顔をしている。
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