69 クリスさん騙される。魔物なんていないじゃない。
私とアンナは言われた通りに動く。
スタンピードが本当に起こったかを見てくれと、顔なじみの調査団の人から頼まれたからだ。
幸い鉱山への道は先ほどアンナが覚えた。
私はその後を小走りでついていく。
「これは……」
アンナが立ち止まり周囲を確認する。
「いませんね」
「何もないわね」
私達が途方に暮れていると、一頭の馬が人を乗せてこっちに向かってくる。
ラ……いや、ジョンと呼ぼう。
「何してるの?」
「……こっちのセリフだ」
「こっちは、リアがスタンピードって騒ぐから様子を見に来てねっても何も起きてないわね」
「見渡す限り平和ね」
「リアはどこだっ!」
ジョンが馬上から叫ぶ。
「私に聞かれても知らないわよ。そんなに探してるなら縄でもつけて起きなさいよ」
「一度つけたが、本人も知らない間に外れていた」
「…………そう」
アンナが一歩前に出る。
「ジョンさん、リアさんは嘘つきな方なんですか?」
「違う、アレはちょっと変わったやつだが嘘はつかない、ただ……いや、詳しい事はミッケルに聞け」
ジョンは馬から降りると手綱を私に手渡した。
「乗っていけ俺は徒歩でいい」
「いや、そういうわけにも行かないでしょ」
「馬に三人は乗れない」
「でしたらわたくしアンナは徒歩で行きます、メイド服ですし」
そういうわけにも行かないでしょ。
誰が馬に乗って町まで帰るか議論に議論をかさねて、結局はアンナを乗せて私とジョンは手綱を持って歩く。
「お二人に先導させるとお姫様になった気分です」
「メイドの姫か……それも面白いかもな」
珍しくジョンが笑っている。
そういえばコイツ、私の事好きなんだっけ……その割にはあれから音沙汰もないってどういう事だったのかしら。
からかわれただけ? でも私から聞くのは負けた気分で嫌よね。
「クリスお嬢様?」
「注意力がないな、疲れているのか?」
「ぜんっぜん大丈夫よ。ってかジョンは何してたのよ?」
「坑道の確認だ」
あーミッケルが魔物がいるとか言っていたっけ。
「討伐手伝おうか?」
「いや、まだいない」
ん? いないって、ミッケルはいるって言っていたし、たしかリアも鉱山の人達に魔物がいるからって説明していたような。
何か納得行かないまま街に入った。
私達を出迎えるように様々な男たちが取り囲んできた。
スキンヘッドの男から、モヒカンの男。
太った女性に、山賊にみえるガラの悪い男もなどもみえる。
ざっと三十人はいるわね。
代表者なのか、職人風の男が一歩でては話しかけてきた。
「またあんた達か……中央の犬っころ。いつ俺達は仕事できるんだ?」
「言ったはずだ、坑道の奥に魔物がでる」
「ああ、確かに言っていたな。でもよ、俺たちが見に行ったらいなかったぞ。それになんだギルドに行ったらスタンピードって話もしてやがる。どこにそんな魔物いるんだ?」
「…………今はいない」
なるほど、この人たちは鉱山で働いている人達が十人ぐらいかしら、周りのは護衛の冒険者みたいね、複数人に囲まれて暑苦しい。
私がジョンの正体をみんなにばらしたら、この人たちは土下座するのだろうか? 控えおろう! この方をどなたと心得る! って、ちらっとジョンの横顔を見ると相変わらず不機嫌顔だ。
「おい、変な事を言うなよ」
私が注意された。
本当に言うわけないですよー。ってこの場をどうするのかしら、力に任せて突破? それだったら楽でよさそう。
よく祖父に油断はしないほうがいい。と、教えられたけどこの人数なら倒せる。
後はアンナを抱き上げて逃げればいいか。
「なぁ兄ちゃんよ。無視って事はねえだろう」
「…………無視はしてない。アイザックのギルドマスターに話は付けたはずだ。文句があるならそっちに言え」
「この野郎!」
暑苦しい男がジョンの胸ぐらをつかむ。
ジョンは一歩も引かないでつかんで来た男の顔をまっすぐに見つめてるだけだ。
ジョンが動かないんだもん、私が勝手に動く事も出来ないし。
「おい、女のほうも話聞いてるのかっ、俺たちの仕事奪っておいてお前らは鉱山でヤルことヤルってかっああん? どうだ、そんな反論もできねえ男よりこっちに乗り換えねえか?」
別の男が私とアンナを捕まえようと襲い掛かってくる。
足払いをして転ばせて、その心臓付近を足で踏む。ついでに剣を抜いて鼻のてっぺんを突いた。いい感じに小さく血がぷくーっとにじみ出る。
ジョンが首だけを動かして私達に注意してきた。
「おい、変な事は……」
「私は変な事は言ってないわよ、そもそも事情も知らないし。ただ襲われたから対処しただけ」
アンナのほうを見るとアンナも腰からムチを取り出して襲ってきた女性冒険者をけん制してる。
「わたくしも同意見です」
「と、いうわけで。鉱山で働く人はソッチに任せるわ。私達は冒険者の相手って事で、確か冒険者同士は揉め事おこしても、そんなに罰にならないのよね」
足元の冒険者が必至で逃げようとするのを押さえつける。
「ど、どうせならそっちのメイドに踏まれたい……」
この状況でも軽口を叩けるのは立派な冒険者だ。
ええ、私が踏んで悪うございましたね! 私は無言で足に力を入れた。
「お、おい折れる。馬鹿やめろ!」
野次馬が増えてきたころ、遠くから走ってくる音が聞こえてきた。
ついでに笛の音も聞こえる。
ピーーーーーーーーーーーーーーーーーピッピッピーーーーー。
うるさっ!
笛を吹いているのはミッケルだ。
その手にはロープが握られていてロープの先にはリアが縛ってある。
「双方、喧嘩は終わりですよー!」
私たちの間に無理やり入ってくると、冒険者や鉱山で働いてる人に革袋を手渡す。
中を開くと金貨がびっしり入っていた。
「鉱山封鎖に関してはギルド、領主組合にも許可を取っています。皆様方の仕事熱心なのは大変わかるのですが、今回はこれを」
「べ、別に俺達も金をせびろうってわけじゃなくてなぁ」
別の男も、別に金じゃねえよ。と、いいながら貰った金貨から目を離さない。
「ええ、これはシーディス様から組合の皆様に使ってほしいという心付けです。一人金貨五枚。ここにいるのは十五人ですよね」
そういうと金貨が詰まった袋をミッケルは取り上げた。
「あっ……」
「この場でお渡ししたいんですけど、名簿と照らしあわなければなりません。そこの冒険者の方。この金貨の袋と鉱山の人達をギルドに連れて行ってもらっていいですか?
もちろん冒険者の皆様方にも二枚ですが配られてます」
ミッケルの言葉に、私の足元でもがいていた男が口笛を吹く。
はーまったくもう、私が足を退けると冒険者の男は自然に立ち上がって関節を鳴らし始めた。
「俺が行こう。で、どうする旦那方? 約束通りこいつらと暴れてもいいが」
「こっちは……保障してくれるならまぁ……いいか早めに魔物倒してくれよ? か、帰るぞ」
鉱山で働く人達はさっさと歩きだした。
口笛を吹いた冒険者はじゃぁな、と軽口をたたいて離れていった。
もう少し痛めつけてもよかったかもしれない。
「じゃなくて。何がどうなってるのよジョンはミッケルに聞けっていうし、魔物はいないし」
「ここではなんですし、リアも含めて説明しますよ」
ローブにぐるぐる巻きにされたリアが、信じてくださいー。と、涙声で私に訴えかけていた。
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