68 「ヴァッs……」「クリスお嬢様それ以上いけません」
紅茶を一口のんで静かにカップを置く。
今日もアンナが入れてくれた紅茶は美味しい。
場所はシーディス邸の食堂。
アンナが横に立ち私のカップを持ち上げる、お代わりをいれてくれるのだ。
再び私の前にカップが置かれると、食堂の扉が開いた。
黒髪で短髪の男を見て私は椅子から立ち上がった。
腰を曲げて丁寧に挨拶をする。
「これはこれは、ラインハルト様。ご機嫌うるわしゅう」
「…………よせ」
「一般市民を騙して反応を見て遊ぶとか、さぞ楽しかったでしょうね」
「……とりあえず座れ」
「では、失礼しますわ」
まったく信じられない。
あの場でぶん殴ろうかと思ったぐらいだ。
でも、シーディス様が咳き込みはじめたので私は退室した。
直ぐにミッケルが駆け寄ってきて、食堂でお待ちを。とささやいて来たので、奴のお腹に一撃入れてここにいるのだ。
ジョンいえラインハルトの後ろから、ミッケルも食堂に入ってきた。
ラインハルトと対照に明るい。
もっと殴っておけばよかったかな。
「まぁまぁまぁクリスさん。ライもこういってるわけですし」
「まだ、何にも聞いてませんけど!」
「おや、そうでしたか? 海よりも深く、山よりも高い事情があるんですよ。聞いてくれますか?」
「聞きたくないわね。騙していた事には違いないわよね」
私が文句を言うと、ミッケルは椅子を引いて座りだす。
ラインハルトとミッケルの前にアンナが紅茶を入れて差し出した。
「では、説明しますね。これだけが仕事なので」
「説明はいらないって聞いてた?」
私の言葉を無視してミッケルが説明しだす。
「帝国調査隊の隊長とはラインハルト・フランベル。これは結構有名な事なんですけど、有名であるがゆえに頭のほうが追いついてないというか、この隊長いつも前線で戦うのが好きなんですよね」
ほう。それはちょっとわかる。
私もそういうタイプだ。
他人に指示するより自分で魔物を狩った方が安全だし早い。
「それゆえに、たまに命を狙ってくる人物がいるのですよ。そういう時にこの隊にいないってなれば多少は安全なのです」
「じゃぁなんで教えてくれなかったのよ……それぐらいあっても良かったと思わない?」
「そこです。元婚約者だったライが素直に教えていたとしたらどうなってましか?」
腕を組んで無口なラインハルトを見る。
ふむ、とりあえず勝手に婚約者されていた事を聞いて、疎遠になるかもなるべく別行動するだろうし、うーんどうかなぁクロイスの石の探しもついていったかな。
近くまで行って別待機になるかもだし、そうなると、いやまって……どの道探しに行くんだし。
「わからないわよ、そんなの」
ミッケルが、何度も頭を縦に振る。
「そうです、何が起こるがわからないのです。もしかしたらライと仲がいいお二人に危害があるかもしれません。もっとも、強さを知った今それはあまりないと思いますけど」
「心配してくれたって事ね」
私が頷くと、ラインハルトが簡単に頭を下げる。
だから皇子がそう簡単に頭さげたらだめじゃないの?
「すまなかったな。もう一つある、俺が皇子となれば変な気も使うだろう。外の世界までそういうのは俺が嫌いなんだ、お前ならわかると思う」
「…………なるほどね。わかったわよ、黙っていた事は許す。今後は何て呼べばいい?」
「ジョンでいい」
「わかった」
お前ならわかると思う、普通に接してほしい。痛い所を突かれた。
私も行く先々で、貴族のクリス・コーネリアという肩書で呼ばれるのが嫌いだから。
私でさえそうなんだから、皇子という立場はもっと苦しいわよね。
「良かったですね、クリスお嬢様。わたくしアンナも全然気づきませんでした」
アンナの言葉に、ミッケルが咳き込みだした。やだ風邪かしら? 体は大事にしてほしい。
「ほんっと、アンナでさえ騙すんだから、このお礼はしてもらうわよ」
「いやはや、勿論です。シーディス様の薬も届けて貰えた事ですからね」
「話は終わったな……見回りを行ってくる」
ラインハルト……改め? ジョンが席を立つ。
さっさと扉を開けて出て行った、皇子とわかるとあの身勝手さも頷ける。
よく考えればミッケルって何だかんだでジョンの意見聞いていたしもっと早く気付くべきだった。
「忙しそうね」
「本当は休暇のようなものだったんですけどねぇ。鉱山地下に魔物がでた。と建前的な命令で来たんですけど、本当に魔物が出るようになってまして。
現在確認中なんですけど……あのクリスさん、ずいぶんと嬉しそうな顔をしてますが?」
「やだ。そんな顔はしてませんー! 気になるだけよ」
「そうですか、ではわたしも席を……宿を取っていないならシーディス様から部屋が空いてるという事です。ギルドは、アンナさんお願いします」
「任されました」
アンナが返事をするとミッケルも食堂から出て行った。
ちょっとだけ疎外感がある。
「ギルドって?」
「完了の事です、先ほどミッケルさんから印を貰ったのでギルドで報酬の受け取りになっています」
「そういえば依頼は依頼よね」
なんで私じゃなくてアンナに聞いたのか問い詰めたい。
私だってその、忘れてないわよ? そりゃアンナのほうがしっかりしてるけどさー。
紅茶のお礼を言って私も外に行く準備をする。
アンナが食器を片付けた所でシーディス様の屋敷を出る事になった。
私が一歩外にでると、体にぶつかってる人間がいる。
その体を捕まえ顔を見た。
制服姿のリアだ、その顔は土気色だ。
「あのね、いくら私でもぶつかったぐらいで怒らないわよ」
「はっ! あの、退いてくださいミッケル副隊長! いえ、隊長でもいいんです。緊急の用事なんです!」
私の手を払いのけてリアは屋敷に入っていった。
次々に扉が開く音が聞こえると玄関に戻ってきた。
私とアンナ、そして見知った顔の調査団の門番と顔を見合わせる。
「クリスさんっ! 隊長も副隊長もいません!」
「私に聞かれても……アンナも知らないわよね?」
「わたくしアンナも存じません。門番をしている、調査団のお仲間さん達は知ってますか?」
アンナに話を振られた一人は、
「もちろん、二人とも出て行ったぞ。何所に行ったかはしらん」
と教えてくれる。
「ふえええええええええええええええええええええええええええええええええ――」
「ちょ、うるさい、うるさいって! 何どうしたの? お給金足りないの? 貸してあげようか?」
思わず言うと、アンナがクリスお嬢様……。と、非難の声を上げてくる。
いやだって、減俸されたって聞いたし。
「それはありがとうございます。って違うんです。スタンピードです! 隊長や副隊長! そうだギ、ギルドにも伝えないとっ!」
リアは私達を跳ねのけて外に走っていった。すぐに右に曲がって見えなくなる。
残された私達は茫然として、門番をしている顔見知りの調査団のまずい。と、いう声で我に返った。
「アイツ! ギルドは左だぞ……」
「え、右に曲がったわよね……」
お読みくださりありがとうございます!




