60 脳筋男は単細胞で困るわよ
何百人の兵士が見守る中、私は中庭に立たされている。
なぜこうなった……。
対するのは第一皇子エルマ・フランベル。
城の兵士をまとめる大隊長の地位も持っている。と、アンナは教えてくれた。
いや、それは別にいいんだけど……皇子に怪我させたら不味いわよね?
よし! 手を抜こう。
「クリス・コーネリア。手を抜く事は考えるな……」
私の心を見透かしたようにエルマが喋る。
「もう一度聞きたいんですけど、なぜ試合を?」
「純粋に興味だ。調査団からの評価、それとザウザンの評価だな。噂ではハイオーク顔負けの強さと聞いている。後は…………ナツの顔を立てた」
「私の顔は立たないんですけどー!」
「勝ち負けは関係ない。全力を出せ」
出せって言われてもなぁ……そもそも私の剣は騎士用ではない。
一応礼法も習ったけど、しょうがない……試合といえばジョンとの試合は楽しかったわね。
廊下から観客の声が聞こえてくる。
「エルマ様ー! がんばってくださいー! そこのクソ女を叩き潰してくださいー」
これはナツだ。
連隊長副官の女性。私とエルマが一緒に兵士を見ていただけというのに、私をクソ女呼ばわりである。当然というか、私よりアンナの顔が怖い。
私自身は子リスがじゃれている感覚に近いんだけどな……それを言うともっと騒ぐだろうし言わないけど。
「クリスお嬢様! こんな躾のなっていない部下を持つ隊長なんかに絶対に負けないでください!」
アンナも負けじと応援……応援よね? ヤジじゃないわよね? たぶん、応援をしてくれてる。
最後に救急箱を持った聖女様が、お二人とも、成るべく怪我はしないでくださいねー。と、聖女様らしい笑顔で応援してくれた。はぁ癒される。
エルマと眼があった。
その口が開き、
「お互い部下には苦労するな」
と、言って来る。
「私は別に苦労してないわよ? そもそも部下じゃないし」
「そうなのか……」
「そっちこそ、あの副隊長の事を随分と買ってるのね、もしかして好きとか?」
ちょっとした、揺さぶりである。
特に他意はない。
「揺さぶりか? 試合に勝てたら教えてやる」
審判の兵士が準備! と叫ぶのでお互いに数歩離れる。
仕方が無い、行きますかっ。
審判役の兵士が赤と青の旗を振り下げた。
こういうのは先手必勝! 一気に間合いを詰めて、腰を落とす。
次に刃がない練習用の剣を振り上げる。
私の必勝法だ。
エルマは驚愕した顔をして、防御をとった。
「甘い!」
力を乗せて回し蹴りを叩き込んだ。
エルマは後ろに飛んで、威力を逃がした。
「ちっ!」
思わず舌打ちすると、エルマが突進してくる。
剣と剣をぶつけ合うと、エルマの顔が近い。
「そこのクソ女! エルマ様と顔が近い! はなれろー!」
「クリスお嬢様! そこでキスです! 相手が動揺します! そこです! いつもの急所を蹴り上げましょう!」
「なっ、エルマ隊長引いてください! そこを蹴られると子供が作れなくなります! 国が、跡継ぎがっ」
「いいえ! 第二、第三皇子がいるんです! 第一のご子息が――」
いやいやいやいや、いくら実践タイプの私でも、そういうのは時と場合によるからね? ほらエルマも一気に間合いを取ったし。
「…………邪な戦いを好むのか、いや邪剣とでもいうのか?」
「しっつれいなっ、普通に戦えますよー! っだ」
私の性格的に、後の戦いは好きじゃない。出来ないわけじゃないだろうけど……一応習ったし、でも体を動かすほうが好きだ。
エルマが攻撃を仕掛けてくる。
大振りな割りに素早い動きだ、ためしに剣を受けてみると私の体がそのまま押された。
やっば、後ろに飛んで威力を逃がす。
大振りなわりに動きが早い。
片手で剣を振り回すと、私に投げてきた。
「槍じゃないんだからっ!」
余りに突然投げてきたので避けるのにエルマから視線を外した。
前を向いたらエルマの顔がみえ、腹部が痛い。
まずっ!
後ろに飛んで間合いを取ったけど力を全部流せなかった。
地面にささった剣を引き抜くエルマを見て私は文句を言う。
「痛い痛い痛い……痛いっていうの! 酷くない? 殴るだなんて……騎士の戦いに剣を捨てるってあったかしら?」
「無いな」
人の戦い方に文句を言うくせに、何が邪な戦い方。だ!
こういう手合いが一番面倒だ。
頭の隅に引っかかってる事をたずねてみるか。
「…………ねぇ魔法も使えたりする?」
「どうだろうな」
恍けた返事が返ってくる。
滅多にいないけど、魔法剣士という人物と手合わせた事がある、回復魔法を自身にかけたり氷の矢を飛ばしてきたりして相手にするのは、ちょっと面倒だ。
すぐに廊下から、隊長の魔法は凄いんだぞー! とネタバレが飛んできた。
「優秀な部下な事で」
「優秀すぎて困るな……安心しろ魔法は使わん」
「それはどうも」
実力は痛いほどわかった。長期戦は面倒しかない……。
私は間合いを一気につめっ! なっ!
間合いを詰める途中で火球が四発飛んで来る、魔法じゃないの! 当たりそうなのは剣で火球の起動をかえる。観客の兵士達の悲鳴が聞こえるけど、私に罪はない。
魔法を使うほうが悪いのだ。
「嘘つき!」
「嘘をつかれたので負けました。とでも言うのか?」
かーーー! こ・い・つ・は! ぶっ飛ばす!。
私が間合いを離れると火球が飛んで来る。その火球は避けれるけど、すぐにエルマが攻撃を仕掛けてきた。戦いにくい……ってか強い。
お互いの剣が体をかすめる。
刃が無いのにエルマの顔に傷が出来ていた。おそらく私も同じだろう。
私も試合での本気は出しているつもりなんだけど、不味いわね。
よし! 負けたら負けたでいっかっ。
腰を落として足に一気に力を入れた。
飛ぶわよっ!
火球が飛んで来る、構わずに一気に間合いを詰めた、肌や髪が焦げ臭くなったけど……今はこっち! エルマのお腹の部分に私の頭がある。見上げる形で剣を振り上げた。
エルマを攻撃すると、私の剣は受け止められる。
うん、知ってる。
直ぐに左に抜けて攻撃する。
これも、受け止められた。
でしょうね……じゃぁ次は右、あらこれも受けとめる、じゃぁ今度も右っ!
連続からの連続、ようは相手に攻撃させなければいい。
十数回剣を叩き込んだら、エルマの足がちょっとよろけた。
「そこ!」
「ぬっ!」
足払いをかけるとエルマは簡単に転ぶ。転んだ顔に剣を向けるとエルマの動きがピタっと止まった。
「…………参った」
エルマが降参を宣言した。
にも関わらず、暫く誰も何も声を出さない。
廊下からアンナが、審判! と叫ぶと、審判も青い旗を高く持ち上げて私の勝利を宣言した。
まぁ連隊長が負けたとなるとねぇ……でも手は抜くなって言われたし。
私悪くないわよね? うん。アンナも喜んでいるし。
そもそも弱い……いや、弱くは無かった。無かったけど……ジョンのほうが強かった。
ジョンはこの連激も耐えたし。
廊下からタイチョーーーーーーと、奇声を出してナツが走って来る。
私は剣をずらしてエルマから数歩離れた。ナツはエルマの横にくると私を指差して叫ぶ。
「隊長! エルマ隊長! 手加減したんですよね! こんな作法もわからないような女に負けるとかっ!」
クイっと顔を向けると私に剣むけてきた。
「負けたのは事実だ。これ以上はお互いに本気になる」
「ななななっ! 本気とか隊長! それってつまり、そういう事なんですかっ!」
「勘違いするな……殺し合いって意味だ」
まぁ…………私は違うけどね。
私はゆっくりと立ち上がるエルマの顔を見てそう思った。
お読みくださりありがとうございます!




