55 クリスとオジサマ庭師
覗きをしている男性に近寄ると、私をちらっとみては人差し指を口元に持っていく。
静かに! っていう合図だ。
男は髪は金髪で顔は中々のイケメンで眼が細い、いわゆるキツネ眼っていうやつだろうか? 肌は健康的に日にやけていて私をみては悪戯っ子なような顔で私を見てくる。
金髪男は覗きがバレタにも関わらず動揺せずに私を手招きする。
扉の前には鍵穴が二つついていて、上のほうを指差した。覗いてみろ、という合図。
男はそのまま下のほうの鍵穴を覗き込む。
どれどれ。
私は上のほうを覗き込むと、室内が見える。そりゃ当然なんだけど……その中でテーブルから褐色肌の何かが伸びている……足だ。
その細い足がテーブルから伸びていて、足首辺りに頬ずりする中年の男性が見えた。
頭の下から小さい声で教えてくれた。
「あれは商人マルニタだね。女性のほうはマルニタの奴隷、アーニャかな」
「へぇ。うわ……男のほうが土下座しはじめたわよ」
「ほう、アーニャって子は物静かな奴隷で、いつもマルニタに怒鳴られていてね……不遇な立場かと思ったらこれはこれで……」
褐色の足に布着れがかかっていて、その布着れが足から落ちる。
マルニタがその布着れを宝物のようにして両手で包み込んだ。
いよいよか!
何がいよいよなのかは、乙女であり貴族なので口には出さない。
野暮ってものよ。
私の下で覗いている男性も静かに覗いてる、マナーがちゃんといい。
鍵穴を再び覗くと、褐色の奴隷がマルニタの頭をテーブルの上からポンポンと足で叩く。
うわ、マルニタの顔が笑顔すぎる。
パーーーーーーンッ!
まさに空気が破裂する音が突然聞こえた。
「うわっ!」「うおおっ!」
私と男性は驚いて飛び跳ねる。
若干腰を落として音のなったほうを見ると、鎧をきた男性が私達を見下ろしている、その背後には困った顔のメイドさんがいて……。
なるほど、メイドさんが私達をみて兵士に知らせたのかな?
まずい、まずいわよ。
「お二人とも何をしている!」
兵士の人が怒鳴っている。っていうか部屋のほうでも、何をしようとしていた二人の慌てる声と音が聞こえてきた。
いや、何をしている。と、言われても覗きである。
不味い、不味いわよ。
一応は客人である私が覗きをしていました。ってなると色々と駄目だろう。
私と一緒に覗いた男が立ち上がる。
「よく来てくれた、この先に魔物がいて鍵が掛かっていてね」
「何!」
「さすがの自分も城の中に魔物というのは眼を疑った、この御令嬢に確認してもらったのさ。さぁ、確認してくれたまえ」
余りにも堂々というので、兵士も怪訝な顔になる。
流石の私でも嘘とはわかるわよ、そんな話。
でも、万が一って思わせるほど堂々とした男の話に、私も魔物を見逃したのかと思い始めた。
「では確認する」
兵士が覗き穴に顔を近づけたとたん、金髪男は扉を蹴破った。
大きな音がなり兵士が前のめりに倒れ部屋の中に転がり込んだ。
一方部屋の中といえば半裸の二人が急いで着替えをしていて…………。
「逃げるぞっ!」
「えっ!? うおっ!」
私は手を引っ張られて廊下を走る。
何人の兵士が私達を何事かと見ているし、背後からさっきの兵士が、まてー! と、追いかけてくる。
いくつかの角を曲がった所で、突然腕を引っ張れた。
周りから死角になるような細い通路で、先は行き止まりだ。そこで突然に壁ドンされた。
男と私の顔が近い。
どちらかが顔をクイってすればキスが出来るぐらいに近い。
「おや、思ったより綺麗な顔だね」
「そりゃどうも、この状態でナンパかしら?」
「余裕があればね、アイツの小言は長いからなぁ……この壁の向こうに隠し階段がある。アイツも上には上がってこれないし、庭師がいると思うからそいつに事情を説明すれば帰れるはずだ」
「あなたは?」
この説明は私向けにされたもので、金髪男の分が入ってない。
「自分はアイツ一人ならまけるし、捕まってもまぁ平気さ」
「ようは私が逃げるのに邪魔って事ね」
「身もふたも無い。かっこいい勇者が哀れな姫を逃がすために魔王に立ち向かわん。としてるとは思わない?」
「ぜんっぜん」
「…………面白い客人だ」
どこだ! どこに隠れましたかっ! と、さっきの兵士の声も聞こえてきた。
なんだか足音も増えた気がする。
「っと、じゃ」
私と一緒に覗いていた男は、壁を触った。
私の体が半回転して後ろを向く、目の前には細い階段があり背後をみると壁があった。
本当に隠し扉とは…………壁を触るもこっちからは動かないようで、壁の向こうの喧騒も小さくなっていく。
「ふむー」
思わず口に出したけど、このままこの場所に居る訳には行かない。
アンナも心配してるだろうし…………うう、ミッケルとジョンの嫌味も聞こえてくる。
取りあえずは……。
「金髪細目男の言葉を信じるしかないか…………」
私はゆっくりと階段を登っていく。
逃げる途中でも階段を登ったり降りたりしたので現在位置がよくわからない。
先ほどの城の中と違い長い廊下があり右手は壁で左手は中庭が見える。
十人ぐらいが入れそうな庭で、金髪男の言うとおり中年の男性、いいえ、ちょっとお年がとったナイスなオジサマというのに相応しい男性が、両手鋏を使って雑草を切っている。
服装も楽な格好で、腰には道具をまとめるポーチをつけており、頭には麦藁帽子だ。
そのオジサンがこっちを見て驚く。
そりゃそうでしょう、行き止まりだった廊下から人がくるんだから。
「こんにちは……ええっと、庭師のオジさん」
「…………やぁこんにちは、お嬢さん」
「ごめんなさいね仕事の邪魔して」
私が謝ると、オジさんは小さく笑う。
「仕事か……お嬢さんから見たら仕事かもしれないな」
「違うの?」
「いや、違わない」
不思議なオジさんだ。
「あ、そうだ……ええっと、金髪で細目な男性に庭師の人に聞けば送ってもらえると聞いて、とりあえず来客の部屋までの道をおしえてほしいなーなんてー…………その男が怪しすぎて駄目?」
自分でいうのもなんだけど、怪しさ最大級である。
私が自分の家で、同じ事を言う人間をみたらとりあえず縛りつけるわね……。
「金髪で細目で、そこの通路も知っている男か……心当たりが一人いるから、その男だろう。騒ぎがあったとすれば今下にいくのはどうかな。少し休憩していくといい」
なるほど、それもそうだと、私はその提案を素直に受け取った。
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