49 不機嫌男の苦悩な戦い
「おい!」
「はいっ」
私は近くに飛んで着地してきたジョンの問いかけに返事をした。
「…………」
「ちょっと、返事したのにその白けた眼はなんなのよ」
「ふざけるからだ……」
ジョンは首だけを動かして、アレを見ろ! と言ってくる、私だってその部分をさっきからみてるわよ。
黒大蛇の頭からしたにある人間部分。
そう憎悪に満ちた聖女様の眼が見開いていて顔の部分は青い血の涙を流しているからだ。
お掛けで戦いにくい。
鋼のような皮膚を持つ尻尾を、私やジョンはなんとかさばいていく。
体を切るのは相当苦労がいるだろう。
全力をだせば? というやつだ。
「面倒だ。殺していいか? どうせあの人間部分が弱点だろう?」
「だ、だめっに決まってるでしょ!」
私が言うとジョンはため息をだして、ミッケル! と叫んだ。
ミッケルは大きな魔方陣の端にいて、地面に何か模様を書き込んでいる。
「まだかかりまーすよー!」
間の抜けた声が聞こえると、ジョンは再び黒大蛇へと突っ込んでいった。今度はミッケルの場所から遠ざけるように動き出す。
私も誘導に参加しますか。って思った所で背後から声がかかった。
「クリスお嬢様! ご無事で」
「うお!」
突然の声で私が振り向くと、アンナと顔面に傷を作ったアルベルトが走って来た。
私に抱きつくと、よかったです。と、安堵してくれる。
「ふう、生きていたか……よかった」
アルベルトも心底安心したような顔だ。
そこまで心配させたかな? あっそうか。
「試験がクリアできないから?」
「一次とはいえパーティーだ。そんな事は思った事ない、場をわきまえてくれ……それにアンナさんがもう暴れて暴れて……回復魔法が追いつかない」
「そうなんです、落ちた冒険者は諦めろ。と言うので……そこに調査団の人が来ましたので事情を言ってここまで来ました」
「ごめんね、心配かけたわよね」
「クリスお嬢様あのヘビは……」「あれは何だ?」
私は魔石の事を軽く説明する。
聖女様が魔石のせいであんなになって暴れている事と、ミッケルが何か手がありそうな事、その時間稼ぎをしている事と。
「では、僕も手伝おう。自慢じゃないけどC級だからね。それに有名な黒獅子率いる調査団だ、一緒の戦えば自慢にもなる」
「ほえ?」
思わず間抜けな声が出た。
そんな凄い調査団に見えない。
「知らないのか? 帝国調査団と言うけどその実力は素晴らしく、|ほらあそこで戦っている《・・・・・・・・・・》辺境の第三王子と呼ばれているラインハルト・フランベル。
同じく南方の大貴族ザン家の次男ミッケル・ザンの二人が中心となり作った調査団の事だよ。その調査団の権限は大きくてね、王が与えたとかなんとか」
「え。どこ!?」
「いやだからあの黒か……」
アルベルトが黒大蛇が暴れているほうへ腕を動かすと、私と遠くにいるジョンの視線が丁度あう。直ぐに一直線に剣が飛んできた。
「なっ!」
「えっ!?」
どっちの声だったかわからないけど、アルベルトと私はそれぞれ驚きの声を出す。
ジョンがこちら向かって剣をまっすぐに投げてきたからだ。
アルベルトは剣を避け、私は飛んできた剣の柄を空中で無理やり掴んで止めた。避けなければ完全にアルベルトの頭を貫通していただろうに。
「ちょっと! 馬鹿ジョン! 何するのよ。もう少しでアルベルトの頭が貫かれたじゃないっ!!」
「馬鹿ジョン?」
「今こっちに剣を飛ばしてきた奴よ、最初偽名かと思っていたんだけど、皆ジョンって呼ぶから本名なのよねきっと、あの時は疑って悪かったなぁ」
私が呟くと、その馬鹿ジョンが近くに戻ってきた。
「俺一人に任せて、他人の噂話など良い身分だな……それと、お前なら止めると思ったし、こいつも避けるぐらいの実力は見て取れた」
じゃぁ完全にわざとである。
なんだこの男は……。
私が文句を言おうとすると、アルベルトがかしこまり始めた。そんな緊張するような奴じゃないのに……。
「失礼、僕の名は――」
「話声は聞こえた、俺はジョンだ。魔力に釣られて屍鬼が沸いてきている、そっちを頼む」
「大声で言わなくても聞こえるわよ……たっく」
ジョンが黙って私に手のひらを見せてくるので、先ほど掴んだ剣を置く。
ギュっと掴むと、また黒大蛇に向かっていった。
「なにあれ、許してあげてね、ほんっと……ちょっと変な奴なのよ。
ってアルベルト? 汗が凄いけど」
「いや、なんでだ……しかし…………ジョンか。いや、うん、眠れる獅子の尻尾は踏まないほうがいいだろう。僕はC級らしく周りの雑魚をひきつけよう」
「何一人でブツブツと?」
「なんでもない、雑魚は僕にまかせてクリスさんはご指名されたからあっちかな? って事」
先ほどまで黙っていたアンナも、お供します。と、アルベルトに同意し始めた。
「何か二人ともスッキリした顔してるんだけど……まぁたしかに他の魔物が多くなってきたわね」
数人の調査隊の人が一生懸命魔物を倒しているのがみえる。
ヒゲモジャの姿もみえて大きな棍棒を振り回しては暴れているのが見えた。
ヒーラーって意味知ってるのかしら?
「クリスお嬢様?」
「ああ、ごめん。ぼーっとしていたわ」
「いまいましい石です……すべてを不幸に……クリスお嬢様お願いします」
「ん。わかった」
お願いします。と、いう短い言葉にアンナのすべての思いが詰まっている。
そうね、春まで待つのも面倒だし、ここで一気に蹴りをつけましょうか。
「まって、クリスさん」
アルベルトが腰の剣を鞘ごと私に投げてきた。
「ん?」
「迷宮都市で手に入れた星斬りと言うやつだ。その剣よりは切れるはずだ」
「わーお。くれるの?」
「貸すだけ……いや……」
アルベルトは私の顔をみて数秒黙る。
「デート五回、もしくはアンナさんとデート五回」
こいつは……さすがハーレム男。
私が勝手にアンナにデートの約束をさせるわけいかないでしょ!
「いいですよ、私アンナがアルベルトさんとデートすれば、その剣がクリスお嬢様の物になるのなら」
「いやいや、だめよ。こんな男とデートとか、腕はあるみたいだけど帰ってきたら妊娠してましたってなったら」
「それはそれで面白いですね」
アンナが微笑むので、アルベルトもそれもいいな。と、呟きだす。
「あのねー」
ヒュン!
と風を切る音とともに剣が飛んできた。
今度は私の頭より上の壁に刺さった。
ジョンが近くに着地する。
私達三人を見ると超がつくほどの不機嫌な顔だ。
「お前ら……いい加減にしてくれないか? 俺一人で手加減しながら戦うのも面倒だ」
「今行くわよっ。たっく……じゃ、そういう事で剣は貰ってきますわね」
見えないドレスを掴むようにしてお辞儀する。
背後で約束! 約束は! と叫んでいるけど、当然約束はしない。




