36 閑話・第三皇子の苦悩な日々(別視点)
ダンジョンから戻った俺達は村長の家に向かった。
代表してミッケルが、司祭の事を聞いている。
「なるほど……では彼はここ数年は金回りが良かった。という事ですね」
「ええ、よく村を抜けて近くの町へ飲みにいってましたのじゃ。本人は賭けがうまくいったからと……今思えば、恐らくは魔石を売ったとかなんでしょう。すみません帝都の管轄でしたのにじゃ」
「まったくだな」
俺はわざとらしく謝っている村長を睨みつけるとミッケルが仲裁しはじめる。
「まぁまぁ、村長だけが悪いわけでもないですし、我々も定期連絡だけを鵜呑みにしてましたからね」
「く…………そうだな」
俺の手元に手紙が来たのが数ヶ月前。
しかも俺が住んでいた町に届き、そこから俺が呼ばれた帝都までの距離を考えると後手に回るのは仕方が無いか。
しかし何年も放置していたのも事実だ。
「と、言うわけででして村長さん。これからも村の管理をお任せします。司祭のほうは教会に連絡しますので後日誰か来ると思います。それまで回復魔法を使える一人を置いていきますので」
「ははーミッケル様お願いいたします」
村長が深く頭を下げてくる。
ふん。どうせ保身の為だろう。
ほら、上げてきた顔は笑顔でこびを売ってきている。
「そういえば、ミッケル様。行商人から聞いたのですが帝都にいるラインハルト第三皇子が婚約したと……村からは何を贈れば」
「…………おい、ミッケル。こっちを見るな」
「おっと、失礼。ニーア村長、まだお聞きじゃない? ラインハルト第三皇子は振られたのですよ。王国から婚約破棄の知らせがきましてね。あっでも、正式に振られてはいないかもでっ――――」
俺はミッケルの鼻先に剣を抜いて見せた。
村長もミッケルも唖然としている。
「ミ、ミッケル様。こ、この隊員をつかっ」
捕まえたほうがいい。とでも言うのだろうが?
ミッケルは涼しい顔で剣を押し戻す。
「大丈夫ですよ。こう見えても彼は突撃隊長なので、皇子の部下でもある彼はそういう噂話は嫌いなようで、うっかりしてましたね。はっはっは」
俺は剣を腰に収める。
やっと黙ったか。
「と、いう事でそういう話は他ではしないほうがいいですね。首と胴が離れてもいいなら構いませんが」
村長は首を何度も縦にしている。
まったく婚約者か、クリス・コーネリア…………俺の剣の師であるザック・コーネリアの孫。
俺がまだ七歳のころだ、旅に来ていたザック・コーネリアは俺が皇帝の愛人の子と知った上で三十日も剣を教えてくれた。
そのなかで休憩中に何度も、孫の絵を見せられた。
いかに可愛いか。
どんなに愛らしいか。
どれだけ剣舞の才を持って生まれて来たか。
小さい俺はその話に胸がドキドキし俺は会ってみたい……と。
馬鹿な考えだ。皇帝の子とはいえ愛人の子だ。ちょっと裕福な平民として育てられている俺に、本来貴族に会う。そんな資格はない。
にもかかわらず、俺はクリス・コーネリアの事を調べていた。
女なのに剣を握る変わり者。
女の癖に貴族を殴る変人。
豪傑姫。
オークの生まれかわりなど。
噂を聞くたびに会ってみたい衝動に駆られた。
十四歳の時、ザック・コーネリアと再び出会った。
王国から逃げた賊の討伐だ。師のおかけで強くなった、その思いと共に賊を打ち破る。
師は、俺の事を覚えていて俺も嬉しくなった。
つい、孫のクリスは元気なのか? と聞いてしまった。
俺の中の邪な気持ちに気づいたのだろう、師は俺を訓練だ。というと十日間連れまわされた。
別れる時に、お前の気持ちが変わってなければ十年待て。と……。
そんな師の言葉も忘れ遊撃隊に入り、帝都の治安を守るようになって数年。俺は、突然に帝都に呼び出された。
父である皇帝に、俺と王国のコーネリア家との婚約を伝えてきたのだ。
正直驚いた。
顔に出さすに喜び謹んで受けた。
それから半年後、王国側から今回の話は無かった事にしてくれと書状がくるまでは……。
◇◇◇
「さて、話は終わりましたので、突撃隊長。お暇しますよ」
「…………わかった」
俺はミッケルと村長の家を出る。
ミッケルは俺だけに聞こえるように喋りだした。
周りに誰もいなく、昔の親友のように話し、つい俺も本音が出る。
「さて、一応ばれたら不味いと思って隠してますけど、村はともかく彼女達に最後まで隠すんですか?」
「どうするべきか…………本当は、どうせサーディスの所でばれるだろう。と思っていた」
俺の本音にミッケルの眉間にシワが入った。
「それは……それは要らぬ事しましたかね。一応先手打ってサーディス様にも黙ってもらえるように頼んだんですけど……今からでも正体あかしにいきます?」
俺は黙って首を振る。
「いや、ばれなくてほっとした。このままでいい……もし俺がラインハルトとばれたらどう思われる?」
「そうですね、婚約者。いえ婚約者だったってのも含めて伝えてないし。嘘ついていたわけですし。最悪……」
ミッケルは俺の前で首の部分に手をあてる、そのまま真横に移動させた。
「頭と胴がバラバラになるかもですな。はっはっは」
「……………………」
「冗談ですよ、ライ」
「わかってる」
「最初に偽名使ったのが間違いでしたねぇ」
ちっ。
思わず舌打ちをしていた。
そもそもだ、草むらから強そうな女が出てきて本名をいきなり教えるのは危険だ。と思ったからだ。
アイツだって俺が偽名だったのを薄々感じてただろうに。
なぜ二回目に会った時に突っ込まない。
「いやー、それにしてもさか本物のクリスさんでしたとはね。ライ良かったんじゃないですか? 夢にまで見た人に出会えて」
下らない冗談であるが、俺もその冗談を返す。
「夢なら悪夢だな」
彼女でしたら、ライといい家庭作れそうなんじゃないですか? と、ミッケルはいつもの調子で俺に絡んできた。
「相手の思いも聞かずにか?」
「…………まぁそうですね、王国の王子から婚約破棄されて素直に追放される人ですし、地位や名誉にこだわらない人っぽいですよね。
そんなに気になるのでしたら、さらって逃げればいいのですよ。上のお兄様や皇帝様には私から何とか言いますので」
「…………笑えない冗談だな」
「まぁ彼女達は魔石から手を引く、といっていたので、帝都に送り届ければもう会うことも――」
「本当にそう思うのか?」
俺は喋っているミッケルにたずねる。
口を閉ざしていつになく真剣な顔だ。
「なりませんよね、たぶん…………」
複雑な気分のまま俺は次の作戦へと準備をした。




