26 クリスは後に考える、騙された気分よね。
剣と剣がぶつかる音が私の心を高鳴らせる。
貴族風にいえば、いいえ、詩人風にたとえてみた。
ジョンとの模擬戦で既に二度ほど剣をぶつけ合っている。
初手は私が行き受け止められる。
次はジョンが来て、私が受け止める。
大体はそれでお互いの力量がわかるのだけど、ジョンは力を抜いてる。
おのれ、全力でこないとは騎士の風上に置けない奴だ。
「いや、騎士じゃないか」
「…………よそ見とは余裕だな」
ジョンがいつの間にか近くにいた。
せまって来る剣の背に蹴りを入れて剣の軌道を変えた。
「ちっ、化け物かっ!」
「褒め言葉ありがとう」
返す力で、横一線になぎ払う。
ジョンの着ている訓練用の革鎧がうっすらと切れた。
私が来ている革鎧も胸の部分が裂けている。
剣の軌道はかえても衝撃は届いたらしい、どっちが化け物よ。
騒がしかった野次馬の声も今は静かになっている。
こんなに静かなのは、十歳の頃、賊に捕まった時を思い出す。
あの時も周りの大人は静かになった。
ダンスでも踊れというので、短剣を持ち踊り終えると、誰一人息をしていなかったわね。
ジョンと私は仕切りなおしのようにお互いに離れている。
「あら、笑っているけど随分と余裕ね」
「…………お前も笑っているな」
祖父がよく言っていた、クリスの剣はダンスのようだな、と。
よく言えば速さを目指した剣…………私のダンスに付き合う男性はいるのかしら。
一撃、二撃とジョンに向かって剣をさばく。
うまい。
素直にそう感じた。
私の剣をこうも受け流す人は祖父以来だ。
次はこっちの番だ! といわんばかりにジョンが攻撃を仕掛けてくる。
私と違って一撃一撃が重い。
すべてを受け流すのは無理で、何度も後退を繰り返す。
こっちは、サイクロプスに吹っ飛ばされても、すり傷ぐらいだっていうのに…………お互いに一撃でも入ったら致命傷かもってのがわかったぐらい。
ジョンは剣を斜め上に構えた。
なるほど、肩から一気に振り下ろす気だ。
じゃぁ私は下から振り上げますか、丁度十字に剣と剣がぶつかる。
ようは、力比べ。
ジョンとは反対に斜め下に剣を構えた。
荒くなった呼吸を無理やり深呼吸して正しい呼吸へと持っていく。
「クリス・コーネリア。参るっ!」
間合いを詰めて一気に振り上げる、ジョンの剣とぶつかると反動を利用して体を回転させた。
小さいジャンプを無意識にして、今度は上から振り下ろす。
ジョンも私と同じ考えをしていたのか、反対に下から振り上げる形になった。
連続で何度目かのぶつかりの後、お互いに間合いを取る。
「楽しいっ!」
「…………俺は楽しくない……」
嘘つき、無表情だけど顔が喜んでいるように見えるし。
「…………間合いを取ったのは馬鹿じゃないって事か」
「あ? どういう意味よ!」
「あのまま打ち合えば剣が折れる、だから離れた。違うか?」
「かームカツク。ええ、そうよっ! でも馬鹿って言い方酷くない?」
今度は剣が折れても突進してやる。
ジョンが構えなおして、私も片手で剣を一振りする。
「では、貴族の姫様に伝わるように言い方を代えよう。おりこうさん」
完全に挑発してきた。
あったま来た! って奴よ。確か金的は禁止されてないわよね。
つぶす、口にだすとアンナに怒られるから、どさくさに紛れて狙う!
なに、回復魔法の使い手いるんだから平気よね。
「先手必勝っ!」
私が先に駆け出し、ジョンまであと少しって所で突然――――。
ピーーーーーーーーーーーーーーーーーー。ピッピッピッピーーーーーーーーー。
ピーーーーーーー。ピピーーーーーー。
「うおっ」
笛の音が鳴り響いて、私もジョンも動きが外れた。
カウンターを構えていたジョンは横にずれ、私もジョンに攻撃を当てないように起動を変えて地面の上へと受身を取る。
「なにっ!」
「…………なんだ?」
二人で笛を鳴らしたミッケルを見る。
「ピッピッピッピピピュー」
「笛取らないと何言ってるかわからないんですけど」
「ピッ…………これは失礼。勝者クリス・コーネリア!」
私とジョンはポカーンとして、ミッケルとその近くにいたアンナを見る。
周りにいた調査隊の人たちもポカーンだ。
「ジョン、何か反則した?」
「……するわけが無い。ミッケル、勝負はついてないはずだ」
「でも、ジョン。負けを認めましたよね」
私はジョンを見ながら考える。
してないはず。いまだってギラギラした目で私の一撃を何かで返す気でいたみたいだし。
「ですから……ラっおっと。
失礼、ジョンがクリスさんに対して「おりこうさん」と」
ん???
「おりこうさん……おりこうさん…………おり、こうさん…………こうさん。降参!?」
「いやはや、クリスさんそうですそうです! お二人に言いましたよねルールをちゃんと聞いてくださいって」
何よ、その終わりは……。
一気に何か疲れた。
「あのまま続けていたら、今度はクリスさんが反則負けでしたからね。笛を鳴らさせて頂きました………………まぁどっちも回復魔法あったとしても大怪我されてもこまりますし、大変なんですよ報告書をで――――」
長い話は聞きたくないので、適当に打ち切る。
「あーそう…………」
「別に不服なら続行でもいいんですよ、その場合我々はお二人を残して先に進むだけです」
なんて陰湿!
疲れと共にジョンを見ると、ジョンもこっちを見てきた。
黒髪から見える目が心なしか力が無い。
「すまん」
「………………別に、でもまぁ謝るだけ許すわ」
「すまん……」
子犬みたいな顔で謝れても……。
かわりにアンナが近くによってきた、その顔は満面の笑みである。
「クリスお嬢様もっと喜ぶべきです。負け犬、もとい敗者に失礼といつも言っているじゃないですか」
「まぁね」
敗者にも敬意を払う。
勝った場合相手に同情しすぎると、逆に失礼な場合もある。と、祖父に教えられている。
「さすがクリスお嬢様です、今夜はパーティーにしてもらいましょう」
「いや、調査隊の食事だからね。私達に権限はないからね?」
にしても、こんな終わり納得いくかあああああああああああ!
誰にも聞こえないように心の中で叫んだ。




