16 クリスと自称メイド長アンナ
アンナ・クロイス。
クロイス家の長女で通称はアンナ。私より六つ上の二十六歳。
クロイス家は王国にある古い貴族で、逆恨みから十二年前に盗賊に全滅させられた。
本来殺されるはずのアンナは違法奴隷商人に捕まり売られていて、違法奴隷商人を壊滅させたお爺ちゃんが家に引き取ってきた子。
クロイス家の全滅事件から既に一年が過ぎていて復興はもう無理だった。
その後色々あって私専属の友達になった。
そんなアンナが私に抱きついて、抱きついて…………。
「ちょ! アンナ鼻息が荒いっ周りが見てるっ! ドサクサにまぎれて胸を揉むなっ」
「では、見られない場所に行きましょう。近くのホテルを取ってきます!」
「ちがっ、離れてっ離れなさいっ! め、命令っ」
私が命令というと、アンナはしぶしぶ離れた。
手を何度もぐーぱーして何か、大きくなりましたね。と、色々ときわどい発言をして周りの注目を浴びている。
五日で胸が大きくなったらそれはもう化け物だ。
「所でクリスお嬢様、豚にそっくりなアーカもごごもごご? もごごご」
「まったまったまった、声が大きい! それにそこまで似てないし、聞かれたら打ち首よっ」
私の周りで聞き耳立てている冒険者は、お嬢様? とか やっぱ貴族の出? などささやき合っている。
私は大きな声で「盗み聞きはよくないわよね」って言うと何人かの冒険者が席を立って帰った。
残るは、キモの座った人か、こんな場所で話しているこっちが悪い。と、思っている人だろう。
うん、私達が悪い。
「アンナ、私は今近くに宿を取ってるの」
「まさかクリスお嬢様お一人でですかっ!?」
「え、まぁそうなるわね。だから詳しい話はそこで…………アンナ?」
アンナの鼻から血が流れてきた。鼻血という奴だ。
「失礼、これからホテルで起こる事を考えていたら鼻血が」
「何も起きない! 起きないからね!」
◇◇◇
冒険者ギルトから逃げるようにでる、結局クエストを探す所じゃない。
宿までは当然歩く事になるんだけど。
私が先頭で横アンナ、すれ違う人が全員私達をみている。
そりゃ綺麗な人がメイド服を着て歩いていたらそうなるわよね。
「ええっと、なんでメイド服?」
「なぜと言われましても、クリスお嬢様のメイドですので」
「いや、だって五日前に辞めたよね……」
そう、私が婚約するという事で専属メイドは要らないよねってなった。
そもそも、アンナは自称私のメイドであって本来はメイドでもない。
家族一同、家族のように接していたのに、アンナは恐れ多いです。と、勝手に私のメイドを自称しだしたのだ。
最初は心の傷のせいだろう。と家族も好きにさせていたら、だんだん本領を発揮して回り、家族も認める専属メイド(仮)まで上り詰めた。
実際他のメイドや召使いと仲がよく、私達に直接いえない相談事をうけおって私や両親に伝えていたりもした。
女版執事みたいな物だ。
でも仮は仮なので王宮までついてこれず。色々あって五日前に、一方的な涙の送別会をした。
「クリスお嬢様と別れてわかったんです、この服を着続ける限り、わたくしアンナとクリスお嬢様の魂は一緒にあると」
「ないないないないない」
私より大きい胸に手を当てて感動してるアンナに突っ込みをいれる。
真顔で「なぜでしょう?」と逆に聞いてくる。
「なぜって……」
「本来アーカルとの婚約中で国内にいるはずのクリスお嬢様が、帝都にいるのです。これは運命。そう魂と魂がひかれあったと思いませんかっ!?
異国の地にいるアンナに会いに来てくれたのです!」
「とりあえず、国外でも王子を呼び捨ては辞めなさい。あっ着いたわよ」
「どこでしょうか?」
「いやだから宿の真正面に。あっ女将さんただいまですっ! 昨晩は帰らなくてすみません」
目の前に宿があるのにアンナはキョロキョロと首を回していた。
女将さんが「めんこい子連れてきたねー。きにせんでー前金だっし」って私に笑いかけてくる。
「クリスお嬢様、もう一度聞きます。クリスお嬢様が泊まる立派なホテルはどこでしょうか? 目の前にはぶ――――たごおもごごごごごもご」
「声が大きい! 何でもないですよー女将さん。部屋はそのままで彼女も泊めて大丈夫でしょうか? あっもちろん宿代はあります」
私は腰の金貨袋から一枚取り出して女将さんに渡す。
女将さんは煩くしなければ、大丈夫よ。と笑顔で承諾してくれる。
よかった、アンナの呟きは聞こえなかったらしい。
「わたくしアンナがクリスお嬢様と一緒の部屋!?」
「あっ嫌だった。とりあえず事情も話した――――」
アンナは私の手を強引に引っ張ると、すぐに宿に入ろうとする。
「行きましょう! こうなったら仕事は全部キャンセルします! 一生部屋にいましょう」
「え、仕事で来てるの!? いや、それはやったほうがっ」
「クリスお嬢様襲いですっ! いいえ遅いです早く部屋に、クリスお嬢様の寝室へハァハァ」
「待ちなさい、いや、本当にまってってっ部屋の場所!」
「安心してください! クリスお嬢様の匂いでわかります」
それもどうかと思う、と突っ込みを入れる前にアンナは走って宿に入っていった。