11 クリス卑怯な馬鹿を挑発する
「おいこのブス聞いてるのか?」
「三回」
「あん?」
ハンナさんの孫で名前を忘れた男は私に言葉を投げつけてくる。
手のひらをみせ、親指からゆっくりと内側に折っていく。
婚約破棄された時より怒りが大きい。
「おい、だから何なんだよ。何かいえよ!」
「四回目」
ちなみに回数は適当。
ただ、私の怒りゲージと共に指の数は増えていく。
過去貴族に嫌味を言われ続けたけど、剣を持って静かに数を数えると皆静かになったし。
「だから数えるなっ! そ、それに知っているんだぞ! 俺がお前に何かをされたと言えば依頼失敗だろ!」
「私はただ数えてるだけだけど?」
「このアマっ」
ハンナさんの孫は突然殴りかかってくる。
ってか、突然殴るって何考えているのかしら、一応は女っても冒険者なんだし。
腕を掴んで勢いをとめる。
「離せこの馬鹿っ! いてええ、折れる。折れるっ!」
「クリスちゃん、あの離してあげて」
私はハンナさんをみる。
悲しい顔でお願いしてくるので思わずため息が出てしまった。
「良かったでちゅねー。ハンナさんの助けが入って」
「このっ! 女とおもって甘い顔していれば、外にでろ!」
いつ甘い顔をされたのか聞きたい。
私が手を離すと、私が手入れした庭に向かって行った。
「クリスちゃん……あぶないわ」
「大丈夫です、ちょっとお孫さんの首の骨折るだけですから」
「それじゃ死んじゃうんじゃないかしら?」
「冗談ですので」
手入れされた庭にでると、ハンナさんの孫が腕まくりをしてやる気満々だ。
「ええっと、名前なんだっけ?」
「クラインだ! 勝ったら金貨二十枚よこせ」
「…………別にいいけど」
「いいのかっ!?」
持ってないけどね。
「その代わり、私が勝ったらもうハンナさんに迷惑かけないこと」
「………………もう一個だ。その自身満々の顔が気にくわねえ」
「別にいいけど、これ以上お金ないわよ」
最初の十枚も、もちろん無いけど。
「ちょっと耳を貸せ。ババアには聞かせられねえ」
庭の真ん中で手招きするので仕方が無く歩く。
おろおろするハンナさんの前で突然卑怯な事もたぶんしないわよね。
小声であれば他の人に話が聞こえない場所まで近づく。
「勝ったら揉ませろ」
「は?」
「だから、その勝ったら胸を揉ませろ。いや一晩俺の女になれ」
「…………あーはいはい、なるほどそっち系ね」
たまに貴族でもいるんだ。
俺が勝負に勝ったら抱かせろ。とか、うちの私兵と勝負してお前が負けたら嫁になれ、とか。
王国内で私闘は禁止されているのでコーネリア家に正式に頼んでください。といつも断っている。
で、正式に来た試合は全戦全勝である。
その度に、お爺ちゃんから、クリスは戦いを楽しむ癖があるな気が緩むと死ぬぞよ! と怒られる。
「まったく、わかってるわよ……」
「何の話だ?」
「なんでもない。勝負の方法は? 剣をはじかれたほうが負け?」
「そんな冒険者の綺麗な試合なんて馬鹿じゃねえか?」
剣を弾く試合は王国の貴族流儀だ。
「じゃぁなに?」
「拳で勝負だ。相手がまいったっ! というまでだ」
勝ったら……ぐふふ……。と呟くクラインの手が何かを揉むようなしぐさをする。
この馬鹿は、ハンナさんの前で私を襲う気なのかしら?
「わかりやすい方法ね」
この手の人って、まいったって言わなければ負けない。って思ってるのよね。
ええそうね。そうなのよね。
私と馬鹿……いいえ、ハンナさんの孫だから名前で呼んであげたほうがいいわよね。
クラインと庭の中央部分に立つ。
暗黙のルールで庭からはでてはダメ。
騒ぎを聞きつけて数人の野次馬が庭の周りに集まってくる。
って、ハンナさんをみると、寄り添うようにお爺さんがいるわね。
結構仲がよさそうに見える。旦那さんは亡くなったって言っていたので、まさかの恋人!? あっハンナさんが畑を貸すって言ってた人かしら、何となくよかったって思う。
「クラインが暴れるのってハンナさんを取られたと思ったから?」
「ごちゃごちゃ何を言っている、この石が落ちたら勝負だ!」
「どうぞ」
「落ちたらだからな、よーくみてろよ!」
クラインは石を真上に投げると同時に突っ込んできた。
ハイハイ、そうくるとは思っていたわよ。
突進してくるクラインに足を引っ掛けて転ばす。
うまく受身を取ったクラインは肩から庭に突っ込んだ。
「はい、私の勝ち~」
「ばっ。おいっ俺はまだ、まだまいったって言ってねえぞ!」
「そうね」
私とクラインの試合を野次馬していた数人から、クラインよえーぞーと野次が聞こえてくる。起き上がり「今のは油断しただけだ!」と叫んで元の場所へ戻る。
さて、今までの馬鹿と同じなら……。
「仕切りなおしだ! いくぞ」
「どうぞ」
クラインは石を真上に投げる振りして、私の顔目掛け三つ投げつけてくる。
そして一緒に突進して、その手には小剣が握られていた。