月想起
(精霊の気持ちも少し分かるんだよな)
ブライアンは村ではかなりモテる方だ。
如才ない立ち回りのおかげで大人にも可愛がられ、子分に志願するような年下の子供もたくさんいる。
(でも、リリア以外どうでもいい)
ブライアンは自分の命が一番大事だ。
その次に立場や面子。
でも自分以外の大切な存在となるとリリアしかいない。
どんなに村の女の子にアプローチされても、彼はどうでも良いと思ってしまう。
今回のリリアの頼みも、無加護を助けたと村に知られればブライアンの居場所はなくなるかもしれない。
だが、それでもブライアンは引き受けてしまった。
それは恋敵が精霊王という存在であり勝ち目が見えない事も関係している。
ここに来る時に盗賊にリリアを差し出して自分だけ助かろうとした事へのちょっとした罪滅ぼしでもあった。
「でも今年は俺が精霊王役なんだ。付きっ切りでは手伝えない。それでもいいな?」
「そうなの? 分かったわ。どうせ雰囲気を見たらすぐ戻るつもりよ」
「……ありがとうブライアン。実は、少し花精霊祭気になっていたの」
そう言ってリリアは照れたようにはにかむ。
毎年祭りを気にしてはいたようだが、今年は精霊王に関わりのある事だから、特に気になったのだろう。
(今年の花乙女は不在だな)
舞台の上に誘おうと思っていた女の子は、本物の花乙女になってしまったのだから。
「ああ。……今まで悪かったな。こんな謝罪で帳消しになるとは思わねえけど」
「それはそうね」
「本当は、俺がお前を養おうと思ってた」
「そう……えっ!? なにそれ、初耳よ」
「今日ここに来て言おうと思ってたんだよ。『ドレスをやるから将来俺の妾になれ』ってな」
「め、妾!? なるわけないでしょ、そんなの! そんな条件ならドレスはいらないわよ」
リリアは怒り、慌ててブライアンから距離を取ろうとする。
「分かってる。……それでもあのまま村の孤児院にいるよりはマシだと思ってたんだよ。俺だけがお前を救えるって。でも違った。ここにいるお前はすごく幸せそうで、俺が間違ってるって分かった。もちろん今は妾になんて思ってない。詫びってわけじゃないがドレスは受け取ってくれ」
項垂れたブライアンを追うようにさらさらと金髪が流れる。
村中の女の子がブライアンの整った顔立ちとその金髪、そして自信たっぷりな所に惹かれていた。
リリアにとっては恐怖と諦念の象徴のようなものだったが。
「昔……まだ一緒に遊んでいた頃の話だけれど、あなたのその金色が羨ましかったのよ。今はそうでもないけれどね。ブライアンが友達として私を助けてくれようとしてくれたのは、驚いたけれど嬉しいわ。それでも許せるかといえばまだ全然腹が立つけれどね」
「そうだろうな」
リリアには伝えていない。ここへ来るまでにもどんなにひどい事を考えていたか。
精霊の集うこの小屋に来てから、ブライアンは知らず心が浄化されているような気がしていた。
「私はエレス達と出会えただけで良いのよ。この黒髪も、少しずつ好きになれそうな気がする」
「良かったな」
その黒髪はずっと美しかったと伝えようかとブライアンは一瞬考え、やめた。
リリアがブライアンを必要としていた事など一度もなく、伝える資格もない。
今もこの会話を聞いているはずなのに邪魔されないのは、おそらくリリアが精霊王に邪魔するなという旨を言い含めているからだ。
これからはあの精霊王が積極的にリリアにその美しさを教えるのだろう。
「花精霊祭かあ」
ブライアンに毛布を届けた後、リリアは小屋から少し離れた所で月を見上げていた。
(まさか無加護の私が参加する事になるなんて)
エレスと出会い祝福されてから、彼女にとって驚くことばかり起きる。
「花精霊祭に本物の精霊王がいるなんて、本当に大丈夫なのかしら」
リリアは花精霊祭がどんなふうに行われるのかは知らない。
アエラスの口ぶりからすると精霊や大精霊はお祭りを楽しむ事もあるようだし、誰も心配していないから問題はないのだろう。
無加護に対する村での扱いについても、ひとまずはブライアンを信じる事にする。
後は初めてのお祭りを楽しむだけなのだ。
きっと、自分が楽しそうにしている事が精霊達にとっても嬉しいのだろうとリリアも分かっている。
急遽決まった花精霊祭の参加だがそれでも、リリアにはまだ一番気になる事がある。
(……建国の花乙女ってどんな人だったんだろう)
精霊曰く今はリリアこそが花乙女という立場らしいが、まるで実感がない。
エレスと話しあったりもしたが、リリアはリリアなのだ。
ブライアンに伝えたように、この小屋で静かに暮らしていければそれでいいと思っている。
(エレスには自分の他に大切な人がいたのよね)
そんな当たり前の事がこんなにも苦しい。
むしろ、おそらく自分は花乙女の代わりなのだろうとリリアは考える。
(建国の花乙女はもういないから)
自分はエレスが本当に愛した花乙女の代替でしかないのだ。
そう思うと彼女は体から力が抜けるような感覚になる。
心臓にチクリと針を刺され、そこからしゅうしゅうと全身の空気が抜けていくようだ。
だがリリアはショックを受ける立場ではないとも理解していた。
精霊王からの祝福され、今こうして慎ましく楽しく暮らしている。
エレスは側にいなかった15年分、これから祝福してくれるとも約束してくれた。
精霊と縁遠くても、いやむしろ精霊を近くに感じなかったからこそ、それがどんなに凄い事なのか分かる。
だから何に対し満たされないと思ってしまっているのか、リリアには分からない。
身に余る幸福を確かに感じているはずだ。
(変な感じ。心臓がお腹空いたって言ってるみたいで落ち着かないわ)
何が不満なのだろう。何を不安に感じているのだろう。
リリアは生まれて初めて感じる情動に困惑していた。
自分の心が騒ぎ立てて空腹時のように音を出さないように。
上からそのまま抑え込むようにリリアはぎゅう、と心臓のあたりの布を掴んだ。




