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リリアとブライアン

ブライアンはアエラスが風のベッドを作り外で寝る事になった。

床で寝る事には慣れているリリアがベッドを譲ろうとしたのだが、精霊王も大精霊もそれを承知しなかったのだ。

最も小屋の中であろうと外であろうと、ブライアンには精霊王の近くで眠る事が出来るような度胸はないのだが。


それでも視界に畏怖の対象である精霊がいなくなれば少しは冷静に小屋の内外を眺める事が出来た。

最初に小屋に来た時に感じた違和感も察する事が出来る。


(王都にあるような道具があるんだな、ここ)


親の仕事の都合で何度か王都へ足を運んだ事があった。

王都は華やかで発展していて、リリアがいなければ村などなんの価値も感じなくなるほど、それこそ毎日がお祭りみたいな場所だった。


王都で学んだ「水道」のようなものが丁度ブライアンから見える。

水道は人が管理し保全等に莫大なお金が必要らしく、貴族の中でも一部の道楽として取り入れられている程度だった。


それが今、なぜか目の前で木から水がとうとうと流れ出ている。そして流れた水は消えているようだ。

奇跡みたいな光景だが、この小屋は常にちょうど良い温度が保たれているし火加減の調節が出来る炉があった。

王宮や一部の有力貴族が大勢の召使の力で実現させている居心地の良い空間が、この薄汚れた小屋の中にも存在しているのだ。


精霊の力であろう事は想像がつくが、精霊が人一人にそこまで肩入れするなんて、あの何百ページもある精霊教典にも書かれていないだろう。


(それに、多分この小屋の雰囲気が良いのはリリアがいるからだ)


その時、さく、さく、と草を踏む柔らかい足音が聞こえた。


「まさか私が花精霊祭に行くことになるとは思わなかったわ」


「……しかも精霊王や大精霊達と一緒にな」


毛布を持ってブライアンの様子を見に来たリリアは、突如決まった花精霊祭の参加に戸惑っているようだ。

しばらく迷っていたようだが、意を決して口を開く。


「お願いがあるの、ブライアン」


「お願い? 俺に? あの精霊王様に助けてもらえばいいだろ」


長年沁みついた癖でついリリア辛辣に当たってしまう。

しかしリリアはそんなブライアンの態度に全く動じない。

それどころか近くによってこそ、と小声でさらに話しかける。


「ブライアンにしか頼めないのよ。あんな事してきたんだから罪滅ぼしに頼みくらい聞いてくれても良いはずよ。私はあなたの事許してないんだから」


「……なんだよ」


正直、好きな子に自分にしか頼めないと言われたら誰でも力になりたいと思うはずだ。

ブライアンはドキドキしながらリリアの頼みを待つ。


「私が村に行けばお祭りを楽しむどころじゃないってあなたなら分かるでしょう。だから何とかしてくれないかしら。その、特にエレス達にはばれないように」


なるほど、彼は思った。

リリアは精霊達が祭りを楽しむのに水を差されたくないようだ。

それだけでなく、おそらく心配をかけたくないのだろう。

そして、あの精霊王に情けない無加護である自分を見せたくないのだ。


リリアは昔からどんなに傷つけられても気高かった。

人前で弱さを見せたがらない少女だ。

こっそり泣いている事もあったが、それも偶然知ったくらいだ。


酒場の娘のキャロルも、同様に虐めていた奴らも、リリアの凛とした部分には気づいている。

それが強がりだとしても、弱みを見せまいとする態度に気付かされる。

いくらいたぶっても、リリアに勝ったという気はしなかった。

だから彼はリリアのお願いが腑に落ちる。


「そんなことかよ。あの精霊王と並んで歩けばお前の事なんか誰も見ねえよ。ある意味、無加護なんて見慣れてるしな」


「それじゃあ私のせいでエレスがひどい目にあうかもしれないじゃない」


(そんなわけないだろ)


相手は精霊達だぞ、とブライアンは思ったがリリアの目は真剣そのものだ。


そこにいるだけで畏敬の念を集め全ての人間の頭を垂れさせる存在に、そんな事を心配するなんてどこかズレているんじゃないかとブライアンは思う。


精霊は自分の意思で姿を現したり隠す事が出来るようだが、先ほどの様子からして精霊王はリリアと共に花精霊祭を楽しむつもりだろう。

だとしたら人々の頭はあの美貌の精霊王の事しか考えられないはずだ。

一度会話したブライアン自身も、また精霊王を目の前にすればその存在の事でいっぱいいっぱいになるのは想像できた。


「それに、エレスや大精霊達には姿を隠してもらうつもりよ」


「そうなのか? 一緒に祭りを見て回る気っぽかったけど」


「精霊が人前に姿を現す事なんてそうそうないんでしょう? それにエレス達はどうしたって目立つじゃない。私、この森の小屋で静かに暮らしていたいの。精霊王や大精霊がいるって知られたら、国中騒ぎになるんじゃないかしら」


「あー、まあ騒ぎどころじゃないだろうな」


それこそ、まず国王から招聘がかかる。

下手したらリリアは精霊絡みの罪で死罪になってしまう可能性もあるだろう。


「……分かったよ。ちょっと無理はしてもらうがお前だって分からないようにしてやる。俺が近くでサポートすればまあ、バレないだろ」


「本当? さすがブライアン、いつも大人の前では猫被ってるだけあるわね」


「うるせえよ。それより俺がお前の近くにいる事で精霊達が気を悪くしないようにちゃんと説明しとけよ」


「大丈夫だと思うけど……確かにブライアンは、精霊達に嫌われていたわね」


ブライアンが嫌われているというより、精霊達はリリアだけを溺愛しているのだがリリアはそこまで分かっていないらしい。

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