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ブライアンの思惑

ブライアンもマチルダと同様に、リリアはすぐ戻ってくるだろうと思っていた。

険しくはない山だが、山賊がいると言ってもこんな辺鄙な場所にいるはずがない。

それでも女が一人暮らしをするのは物理的に大変で、また危険はあるだろうとは思っている。


(今頃リリア、ズタボロになって泣いてんだろうな)


腰に下げた剣をカチカチ鳴らして遊びながら、ブライアンはリリアの様子を想像してにやつく。


リリアは昔から芯の強い女だった。


加護のない無加護のくせにいうことを聞かず、いじめても嫌がらせをしても折れない。

同世代の誰からも一目置かれている自分に対しても屈しない女だった。


物心ついてからは処世術としてしおらしい態度を見せていたし、不幸な境遇は自分のせいだと考えているようだったが、だからといって隷従していたわけでもない。


あんな仕打ちを受けていながら、大した意地だとブライアンは思う。

その意思の強さを反映したかのような黒髪は細くて艶々としていて綺麗だ。


黒い睫毛に縁取られた黒い瞳はどこまでもまっすぐ透き通っていた。

あの力強い瞳に見つめられるとゾクゾクする。


そんな黒の色彩が嫌だった。


赤や緑の髪はどんなに暗い色彩でも、リリアのように純粋な黒にはならない。

どこにいても目立っていた。


俺のリリアなのに、全員がリリアを意識する。


だが村の中で無加護に優しくしているとブライアン自身も変に思われる。

だからブライアンはリリアを徹底的にいじめる事にした。

誰からも疎まれるようになった時こそ、自分だけがリリアに近づけばいい。

そうすれば誰の事も頼れないリリアはその時こそ自分だけに弱みを見せるはずだ。


その計画はリリアが森へ旅立った事で頓挫しかけたが、むしろ今が一番のチャンスなのではないかとブライアンは考えた。

疲弊しきったリリアにこう言ってやろう。


「もしお前が望むなら、俺の家の飯炊き女として雇ってやってもいい」


リリアは断らないはずだ。

身寄りも頼れる人もいないリリアに、断る理由がない。


そうすれば邪魔者はいないし誰にも手出しできないはず。

自分だけのものだ。

いずれ自分は結婚するだろうが、リリアには結婚させない。


妻はほどほどに構っておけばいいと大人たちは言っていた。

そうして本命の妾を可愛がるのだ。

そう、リリアを離室に閉じ込めて可愛がりたい。


ブライアンは自分が人好きのする容姿であると理解していたし、自分のものにしてからちょっと優しくしてやれば虐げられてきたリリアはすぐに落ちるはずだ。


(俺は他の奴らとは違う)


ブライアンはいつも冷えた目を向けてきたリリアが自分に微笑む様を想像してはだらしなく笑った。



「それにしても歩きづれ~道だな」


整備もされていないのだから当然だが、下草や大きめの小石、張り出た枝が歩く邪魔をした。

しかも一歩ごとに柔らかな土に足を取られてやたらと疲れる。


(リリアと出会ったらてきとうに小突いて憂さ晴らしでもするか)


村では無加護に近づくと自分まで爪はじきものにされるかもしれないから手ごろな物を投げていた。

しかし森の中には誰もいないのだから見られるような事もない。問題ない。


逃げないようにまず腕をつかんであの二の腕に少し指を埋める。

そう、何も知らない幼子だった昔のようにもう一度触ってみたい。

リリアの細い腕の感触を想像してブライアンの身体が疼く。


その時ブライアンの頭上に急に影が差した。

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