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甘い熱

「リリア」


ゆっくり、熱を潜ませてエレスはリリアの名前を呼ぶ。


「どうしたのエレス。あ、もしかしてすっごく大きいとか高価とか貴重とかで難しいかしら」


「『私の乙女』」


エレスはついに、ことさら蜜を煮詰めたように甘い声を響かせてリリアを呼ぶ。

ドキリとしてエレスを見ると視線にもたっぷり砂糖がかかっているように甘い。


持っている果実がそのままジャムになってしまいそうだ。

大切な人のように見られる事に慣れないリリアは、その甘さが恥ずかしくなってしまう。


「焦らしているのか? そんな風に私をはぐらかして」


「えっ……」


困ったように眉を寄せて笑うエレスに、リリアはどういう事かとおろおろするばかりだ。


「以前にも、リリアの料理の美味しさと素晴らしさは伝えたな」


「ええ、作っている人の気持ちが入ってるって……なんだか分不相応な程に褒めてもらったわ」


自分で言うのも恥ずかしいし未だにあまり実感があるわけではないが、あの言葉自体は嬉しかったのだ。


「私の言葉ではまだ足りないくらいだ。リリアの料理は、まるでリリアを味わっているような幸福感に満たされる」


「やだ、それじゃ美味しくないじゃない」


直球思わず否定する言葉が口をついて出てしまう。

エレスの想いを受け取れる程、リリアは愛されてこなかった。


だから受け止めきれないし、受け入れるのが時に恐ろしい。

もし受け入れて喜んだ途端手のひらを返されたら。


短い時間でもそんな事はしないと分かっているが、感情はそう上手く言う事を聞いてくれない。

しかしエレスはそんなリリアごと包み込むように続ける。


「なぜ? 至福の味わいだ」


エレスの手の中でファイアベリーが緩く形を崩しはじめた。

美しい指先から仄かに熱を与えられて、ファイアベリーは柔らかく蕩けていく。


「私は確かに執着をしない性質だ。だがその性質すら凌駕して私の乙女を誰にも渡したくないと思う。こんな気持ちにさせるのはリリアだけだ」


「……っ」


揺らめく薄暮の瞳に見つめられ、リリアは全身の血が鍋でぐつぐつ煮られているように熱くなった。

幸せすぎて自分が自分でないような心地がして、何も考えられない。

一体自分は今何を言われたのだろう。いや、そもそもこれは本当に私に対する言葉だろうか。


「でも、……っあう」


なおも反論しようとするリリアの唇に温かいファイアベリーが触れる。

腕を伸ばすエレスが口を開けてくれと言うのでリリアが言う通りにすると、ゆっくり押し込まれた。


舌の少しの圧で実を綻ばせるファイアベリーはじんわり口中を温める。

砂糖も何もかかっていない自然そのものだが、熱を加えられた果実は甘味を増し舌を喜ばせ喉を潤した。


美味しい。


「人と精霊の感じ方は多少違うが、それでも分かるものはあるだろう?」


リリアはこくりと頷いてファイアベリーを飲み込んだ。

とろりとしたこの甘さと温かさが、エレスの気持ちだと分かる。


そんなリリアを見てエレスの白い睫毛に縁取られた紫の瞳が細められる。

エレスの瞳はその時々で色んな印象を持たせる。

今はこの世で最も高級で甘い、雪砂糖かけのお菓子のようにリリアには思えた。


「いや~お熱いねぇ」


「これは火の大精霊も形無しですね」


「全くだよ。これじゃお株を奪われるってやつさ」


大精霊たちは笑ってひゅうひゅうと囃し立てる。

リリアは恥ずかしくていたたまれないが、エレスはリリアの歩み寄りに上機嫌だ。

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